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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第7章 ミール先生の影とアミリアへの贈り物
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第34話 カーミラさんの手のひらの光

 今日は土曜日。

 剣術の訓練を終えた僕は、汗と埃にまみれたまま、しばらく深呼吸をした。


 レイン先生の指導は日に日に厳しくなっていく。

 体は傷だらけで、服も砂埃で白くなっている。

 それでも、不思議と嫌じゃない。

 無我夢中に剣を振っている間だけは、胸の痛みを忘れられるからだ。


 ……それにしても、ひどい格好だ。


 孤児院を出た僕は、カーミラさんの魔法薬店へ向かうことにした。

 以前、カーミラさんが話していた“大切な人への贈り物として人気の香”のことが、ずっと頭の片隅に残っていた。


 相手が好きだった果実をもとに作り、そこへ自分の思いを添える香り。


 森で摘んだレッドベリーを二人でほおばり、無邪気に願い事を言い合った頃を思い出す。

 

 アミリアはレッドベリーが好きだったから、贈り物ができないか考えていた。


 ミール先生の話を聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 『アミリア様は、ロキのことを心配していたよ』

 その言葉が、ずっと消えなかった。

 だから、アミリアに、僕の色褪せない気持ちを送りたかった。


 ――カーミラさんの店へ向かう道すがら、街角で黒衣をまとった人々が、静かに祈りの言葉を唱えていた。

 最近、この手の“布教活動”をよく見かけるようになった。

 けれど、今の僕の足は止まらなかった。


 ―――カーミラさんの魔法薬店に着いた。

 ノックして中に入ると、カーミラさんがカウンターに気だるそうに座っていた。


 「いらっしゃい……

 あー、学院の生徒か。ロキって言ったかい? 買い物でもしたいのかい?」


 そう言ったあと、カーミラさんは目を大きく見開き、僕の全身を見回した。険しい顔つきに変わる。


 「汚いねぇ。それに傷だらけじゃないか」


 僕は焦って埃まみれの姿を釈明する。


 「す、すみません! 剣の稽古の帰りで……」


 カーミラさんは立ち上がり、僕に告げた。


 「こっちにきな」


 店の裏手、外の作業場に案内される。


 ――カーミラさんは軽く指を鳴らし、僕に水魔法をかけた。

 簡易詠唱とともに、水の泡がふわりと僕を包む。

 ひんやりして、でも心地よい。


 泡は全身の汚れをさらい落とし、そのあと弱い炎魔法の応用だろうか、温かい風が衣服を乾かしていく。


 「これで綺麗になったね。……

 ここは魔法薬を作る場所なんだから、衛生的にしないと」


 僕は自分の軽率さを恥じた。


 カーミラさんはやれやれという顔で続ける。

 「全身も傷だらけじゃないか」


 そして――


 カーミラさんはそっと指を鳴らし、静かに息を整えると、


 「……光よ、癒し給え」


 その祈りのような声が、空気を震わせた。

 柔らかな光が僕を包み、傷がゆっくりと癒えていく。


 カーミラさんは魔族の眷属であるサキュバス。

 本来、魔族は光の女神の加護に由来する魔法を扱うことはできない。

 カーミラさんが癒しの光を使えるということは、光の女神の加護を受けているということを意味する。


 「手がひどいね」


 剣術の稽古で豆だらけの手を見て、手のひらの回復を強めてくれる。

 すっかり痛みが引いた。


 口では毒舌なカーミラさんだが、面倒見がよく、根はすごく優しい。


 「それで今日はどうしたんだい?」


 カーミラさんはぶっきらぼうな声のまま、けれどどこか気にかけるようにこちらを見た。

 

 僕は少し息を整えた。

 「前に、カーミラさんが“香”を紹介してくれたので、それで、ひとつ作ってほしいなと思ったんです」


 「贈り物かい?」


 「はい。渡せるかわからないけど……離れ離れになってしまった幼馴染に送りたいんです。

 彼女はレッドベリーが好きだったから、それで作れないかなと思って」


 僕の表情を見て、カーミラさんの目元がふっと和らいだ。


 「いーじゃないか。いいのを作ってあげるよ」


 その顔は優しさに満ちていた。


 「でも、渡せるかわからないって……どこか遠くに行っちまったのかい?」


 僕は視線を落とし、言葉を探した。


 「近いけど……ある意味、遠くかもしれません」


 ――僕は、カーミラさんにアミリアとのことを話した。


 幼馴染が新しい水の賢者アミリアであると知ると、カーミラさんはすごく驚いた。

 それでも、優しく微笑みながら口を開く。


 「あんた……とんでもない女を狙ってるね。でも任せな。色恋はサキュバスの本領だよ。

 ロキの思いがしっかり伝わるよう、とびっきり気合い入れて作ってあげるよ」


 僕はカーミラさんの飾らない明るさに、思わず笑顔になった。


 「お願いします」


 カーミラさんは、いたずらを思いついた子どものように口元をゆがめた。


 「だけど、あんたの恋が成就したら……うちの店の魔法薬を使ってくれるよう、賢者に口利きするんだよ」


 カーミラさんはちゃっかり注文をつける。


 ――カーミラさんは魔法薬の調合台に僕を案内した。

 レッドベリーと、疲労回復と癒し効果のあるハーブを調合し、やがて淡い赤色の小さな結晶がひとつ生まれた。

 手のひらにのせると、微かに果実の香りが立つ“香”だ。


 カーミラさんは満足げに目を細めた。


 「ここからが、うちの店の“ひと手間”さ。――ロキ、私と手のひらを重ねな。

 そして、その人に伝えたい思いを強く念じるんだ」


 僕は目を閉じ、胸の奥に沈めていた気持ちをそっと掬い上げた。


 ――アミリアが笑っていられますように。


 カーミラさんと重ねた手が、温かく光った。

 「これで完成だよ。香を焚けば、ロキのその娘への思いが伝わるはずだよ」


 胸の奥がじんわり熱くなる。

 「……ありがとうございます」


 ――店を出ようとしたとき、カーミラさんが声をかけてきた。


 「ミールは元・魔導師団の“水魔導士”さね。ミールに頼めば、あんたの幼馴染を護衛してる水魔導士の一人や二人、知り合いがいるだろうさ」


 カーミラさんはやわらかく目を細めた。


 「小さな贈り物を渡すくらい、口利きしてくれるんじゃないか。相談してごらん」


 その言葉は、僕の背中をそっと押してくれるようだった。


 「あと、これも持ってお行き」


 カーミラさんは小瓶を数本、僕の手に握らせた。


 「生成の質が悪くて売り物にはできなかったけど、あんたの傷を治すくらいはできるよ。

 怪我したら放置するんじゃなくて、これを使いな」


 ――回復薬。


 カーミラさんの優しさが、瓶の重みよりも強く胸に響いた。


 店を出るとき、僕の心は温かく満たされていた。

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