第33話 ミール先生の告白
ミール先生は再び言葉を落とす。
「……あの時も、こうやっておんぶしたな」
歩みがわずかに止まり、先生の声が低く落ちる。
「ミース村の森――ロキとアミリア様が魔獣に襲われた森だよ」
胸の奥で、何かが弾けた。
「!!」
――そうだ。
僕とアミリアが魔獣に襲われたあと、誰かにおんぶされて村に帰った記憶が、かすかにあった。
その時、おんぶしてくれたのが――ミール先生だったのか。
「僕とアミリアの仲を裂いたのが……ミール先生って?」
ミール先生は、少しだけ目を伏せた。
「あの時、魔獣を取り逃がした三人の魔導士の一人が私だよ。その結果、アミリア様の力は魔導師団に知られることになった。
――その手はずをしたのが私だ、ロキ」
「!」
胸の奥に衝撃が走った。ミール先生は続ける。
「ロキには、そのあたりの話をしなければな……怪我が大丈夫なら、私の執務室に来なさい」
――――――
そして、僕はミール先生の執務室に招かれた。
ミール先生は静かに語り始めた。
「あの時、私は魔導師団の魔導士として、魔獣を追っていた」
その声は淡々としているのに、どこか重かった。
「前“水の賢者”の老衰により結界が弱体化し、大賢者の結界の一部に綻びが生じた。
その隙間をかいくぐり、魔獣が一匹、現世に顕現してしまったんだ」
僕は息を呑んだ――
あの日の森の空気が、胸の奥で蘇る。
「当時、魔導師団に在籍していた私は、ミース村の奥の森に逃げ込んだ奴を見つけ追い詰めた」
ミール先生の声が少しだけ低くなる。
「しかし……魔獣はすさまじく凶暴で、取り逃がしてしまった」
その瞬間、僕の脳裏に――あの日、森で聞いた爆発音がよみがえった。
ミール先生は続ける。
「そして、“森にいた少女が異界の魔獣を倒す”という、信じがたい光景を見た」
「私はその内容を師団上層部に報告した。
にわかには信じられない話だったが、森に残された魔獣の死骸を持ち帰り調査した結果……少女の魔力が本物であると確信した」
――その後のことは、僕も知っている。
アミリアが連れていかれた日。僕の手から離れていった日。
胸が痛む。
ミール先生は目を伏せた。
「すまなかったな。もう少し私がうまく立ち回っていたら、ロキとアミリア様の絆を引き裂くこともなかった。お前たちに大きな傷を負わせることもなかった。
――本当に……すまない」
ミール先生の謝罪は、本心だと感じた。
僕は心の内を正直に答えた。
「僕は、アミリアがいなくなってから、この世界が灰色に見えていました。魔法が使えない僕が、彼女の隣にいることは相応しくない……と」
胸が熱くなる。
「でも、別れる前夜……アミリアは、僕のことをずっと待ってくれると言いました。
だから、僕は必ず彼女を迎えにいくと誓いました」
涙がこぼれそうになる。
「アミリアが連れていかれてしまったことは悔しいです。……
でもそれは……自分の弱さに対してです」
ミール先生は黙って聞いていた。
「だから僕は、剣を覚えれば、魔法が使えない僕でもアミリアを守れる。
彼女を迎えにいけるのかな……って」
僕は深く息を吸った。
「ミール先生、もう一つ聞かせてください」
ミール先生は静かにうなずいた。
「アミリアは……その後どうしているのですか?」
ミール先生は、少し息を整えるようにして語り始めた。
「ミース村から連れてこられたアミリア様は、聖浄院に入られた。
私は水の魔導士として、水の賢者であるアミリア様の護衛についた」
その時、ミール先生の表情が、ほんのわずかに柔らいだ。
「アミリア様は立派だったよ。あの年で賢者としての役目を果たそうとしていた」
そして、思い出をそっと扱うように声を落とした。
「ある夜、聖浄院の警備をしていた時……アミリア様の部屋から、すすり泣く声が聞こえたんだ。
……その時、間違いなくこう聞こえた」
ミール先生は、耐えるようにゆっくりと目を伏せた。
『――“ロキ……”と』
胸が締めつけられた。
「私は思ったよ。いくら人並み外れた魔力を持っていても、賢者と祭り上げられても……この部屋にいる“水の賢者”は、十三歳の少女なんだと」
ミール先生は、言葉を選ぶように続けた。
「翌日、アミリア様と話した。今ロキに話したことと同じことをすべて」
アミリアは何も言わず、ただ聞いていたという。
そして最後に――
『……ロキが心配です。この春から学院に入る彼が、魔法が使えず、先生や同級生から意地悪されるのではないかと……どうか彼を支えてあげていただけないでしょうか』
アミリアは、涙を流しながら深々と頭を下げたという。
「私はロキとアミリア様への贖罪だと思った。……
そして魔導学院、魔工科への移動希望を出し、受理された」
ミール先生は、自嘲にも似た小さな笑みをこぼした。
「魔導師団から学院の教師。
しかも異動希望者がいない魔工科への配属希望は、すんなり受理されたよ。
はたから見れば左遷と思われているのだろうけどな……」
そして、胸の奥に沈めていた本音を、静かに口にした。
「だが、私は後悔していない。魔導師団の権力争いにはうんざりだったしな」
ミール先生は笑った。
僕も、その優しさに引かれるように笑った。
「……これが、私の知っていることのすべてだ」
――その言葉が落ちた瞬間、胸の奥にかかっていた薄い霧が、静かに晴れていくのを感じた。
「……ミール先生。話してくれて、ありがとうございます。
――アミリアとの別れを思い出すと、今でも胸が痛みます。
でも……先生が、僕たちのことをそんなに考えてくれていたなんて……そのことが、嬉しいです」
――僕は静かに立ち上がり、ミール先生の執務室を後にした。
あの日の真相と、アミリアが僕を待っていてくれることを知れて、胸の奥の重さがほんの少しだけ和らいだ気がした。
僕は、もう少し頑張れそうだ。




