第32話 おぶされた記憶
魔法障壁の授業――
ジョーンズ先生が前に立ち、低い声で告げる。
「今日は魔法障壁の発動訓練を行う。適切なタイミングで障壁を展開すれば、攻撃魔法はもちろん、物理攻撃も防げる。戦士の剣など恐れるに足らん」
ジョーンズ先生には、魔法に対する絶対的な自負がある。
生徒たちは互いに向かい合い、攻撃魔法を撃ち合いながら障壁の練習を始める。
「お前、魔欠けのロキだろ」
背後から高圧的な声がした。
振り向くと、風属性のリーフ・コルドが立っていた。
央都の名門貴族。魔法絶対主義を絵に描いたような男だ。
リーフの視線が、僕の腰の剣に向く。
「魔導学院で剣なんてぶら下げて……品位を落とす真似はやめてもらえないか?」
吐き捨てるような声音。
リーフは杖の先に風をまとわせ、僕に見せつけるように軽く振る。
「僕、魔法が使えないから……杖の代わりに帯剣していいって――先生から許可をもらってて。
昔いたドワーフの生徒も帯剣してたみたいだから――……」
言い終わる前に、リーフの口元が歪む。
「ああ、なるほどな。そういう“力任せの連中”と同じってわけか。そんなガラクタぶら下げても、魔法には勝てないんだよ」
周囲のクラスメイトもクスクス笑っている。
僕は黙って背を向けた。だが、それが癇に障ったらしい。
「無視してんじゃねぇよ、出来損ない」
――そのとき。
「やめなさい、リーフ。弱者をいじめるのは貴族の振る舞いにそぐわないわ」
赤髪の女子が割って入った。
学年トップ 火属性のリオナ・フレイ――
だが、その瞳は僕を一瞥しただけで、“同情ではなく、格下を見る目”だった。
“ 弱者”という言葉が胸に刺さる。
さらに土属性のキース・ブロストが肩をすくめる。
「武器に頼らなきゃ何もできないとか、ほんと大変だよな」
平民出身のキースでさえ、その言い方は“お前は俺たちとは違う”と告げていた。
(言い返せない。魔法が使えないのは事実だから。)
――周囲では、生徒たちが次々と障壁を展開し、互いに攻撃魔法を撃ち合っていた。
僕は避けることしかできない。
けれど、レイン先生に鍛えられた足腰には自信がある。
「ロキ、いくぞ!」
対面の生徒が魔法を放つ。
「ウォーターボール!」
水の弾丸が一直線に飛んでくる。魔法の軌道は見える。
僕は身をひねって避けた。
――その時。
ジョーンズ先生の声が飛ぶ。
「ロキ! 逃げる授業ではないぞ。魔法を“防ぐ”授業だ! 剣は飾りか?」
ジョーンズ先生は意地悪だ。僕のことを疎ましく思っている。
剣で魔法を受けられないことなんて、分かっているはずなのに。
対面の生徒が、ためらいもなく再度魔法を放つ。
「ウォーターボール!」
僕は、咄嗟に剣を構えた。
だけど──剣で魔法は防げない。
「ぐっ──!」
直撃する。視界が揺れ、地面を転がる。
周囲から小さな笑い声が漏れた。
「やっぱ剣じゃ無理だよな」
「かわいそうだよ。手加減してあげないと」
胸の奥が焼けるように痛む。
――それでも立ち上がろうとした瞬間。
「今度は私よ!」
別の女子が火の詠唱を始める。
「ファイヤー・ボール!」
火の玉が迫る。――
ドンッ!!
爆ぜる衝撃が体を包み、僕の体は大きく吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられた瞬間、意識がふっと遠のいていく。
(……悔しい……)
最後にそう思ったところで、視界が真っ黒になった。
――――――
──気がつくと、僕はミール先生におぶされていた。
背中越しに伝わる体温が、妙に安心感をくれる。
「ミール先生……?」
低く落ち着いた声が返る。
「目を覚ましたか」
そこで、胸の奥がずきりと痛んだ。
情けなさと、みじめさと、どうしようもない罪悪感が一気に押し寄せる。
魔法が使えない自分が、また迷惑をかけた──
その思いが喉につかえて、息が苦しくなる。
「すみません……僕が魔法を使えないせいで……」
ミール先生は歩みを止めず、しかし、ほんの少しだけ声を柔らかくした。
「お前は、できることをやってるよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
魔欠けの僕に、中途半端な慰めが意味を持たないことをミール先生は分かっている。
だからこそ、余計なことは言わない。
言葉を慎重に選んでいるのが、背中越しでも伝わってくる。
――それでも。
僕を心配してくれているのは、痛いほど分かった。
「…………」
――それにしてもこの光景。おぶされている感覚。
どこかで覚えがある。胸の奥で“既視感”がよぎる。
僕は意を決して口を開く。
「ミール先生……ひとつだけ聞いていいですか」
「ん?――なんだ」
「僕……先生と、どこかで会ったことある気がして。でも、それがどうしても思い出せなくて……」
ミール先生は、すぐには答えなかった。
歩みがわずかにゆっくりになる。
沈黙が、路地の影のように長く伸び、
やがて──低い声が落ちてくる。
「……そうだろうな」
さらに一拍置いて言葉を落とす。
「ロキとアミリア様の仲を裂いた張本人だからな」
「!?――――」
僕は頭が真っ白になった。
ミール先生が僕とアミリアの仲を裂いたって?
訳がわからない。胸がざわつく。――




