第31話 サキュバスのカーミラさんは毒舌だけど
五分ほど歩くと――「カーミラ魔法薬店」に到着した。
扉を開けると、紫色の髪をした長髪のサキュバスの女性がカウンターに座っていた。
「おー、来たかミール。先公が様になってきたじゃないか」
センコウ?
美人なのに、口が悪い。
ミール先生を“先公”呼ばわりするあたり、なかなかクセが強い。
(この人……大丈夫かな)
僕たちは同じことを思った。
珍しくミール先生が焦ったように、僕らに釈明するような口調で紹介を始めた。
「彼女はカーミラさん。サキュバスだが、昔――腕利きのテイマーに調教され、悪事から足を洗ったんだ」
カーミラさんは肩をすくめて笑う。
「昔は魅惑魔法でちょいと悪さもしたけどね。今は真面目に働いてるよ」
ミール先生が続ける。
「持ち前の魔力量と、エルフ顔負けの調合スキルを活かして、今ではこの国屈指の魔法薬士だ。口は悪いが腕は確かだぞ」
カーミラさんは鼻で笑い、少しだけ目を細めた。
「お高く留まったエルフと並べるんじゃないよ。あいつら、自分たちが男に一番人気だと思ってる、いけ好かない連中さ」
毒舌なのに、どこか本音で生きている感じがした。
その率直さは、むしろ清々しい。
「ま、それはさておき、あんたら学生の面倒くらいは見てやるよ。ミールの頼みだしね」
その言葉に、僕たちは少しだけ安心した。
カーミラさんは店の中を案内してくれた。
ハーブの香りがふわりと鼻先をかすめ、回復薬や解毒薬、調合途中の瓶が棚にきれいに並んでいる。
言葉は荒いのに、手仕事は驚くほど繊細だった。
カーミラさんは、どこか誇らしげに目を輝かせて言った。
「私はね、伝承にある“エリクサー”を作りたいんだけど……これだけは失敗続きさ。
でも、もし完成したら、魔法医学の常識がひっくり返るよ」
その言葉には、職人としての夢と執念が滲んでいた。
「あたしの爺さんが言ってたんだけどね――」
カーミラさんは、どこか懐かしむように語り始めた。
「大昔、あたいの故郷で、それはそれは狂暴な人間の剣士が大暴れしたらしいさね。
魔族が総がかりで、やっとこさその剣士を追い詰めたって時に……
あんたらが崇めてる大賢者ってのが、エリクサーを使って復活させちまったみたいさね」
カーミラさんの声が、少しだけ低くなる。
「それで魔族や魔獣の屍が山になったって話さ。大賢者ってのも、ろくなことしないねー」
歴史の教科書にはそんな話は載っていない。
そういえば、鍛冶工房のラグさんも同じようなことを言っていた。
カーミラさんは、果実の香気を閉じ込めた小さな“結晶”を手のひらにのせて見せてくれた。
「これは魔法薬っていうより、ちょっとした贈り物の紹介だけどね。
この結晶は、果実やハーブを調合して作る“香”だよ。疲れた時や心が弱ってる時に、好きな果実やハーブで作った香を焚けば、体も心も少し癒される」
ニールとルミは知っているようで、にこにこと頷いている。
「恋人とか家族とか、大切な人への贈り物として人気なんだよ」
カーミラさんは胸を張って言った。
「うちの店のは特別さ。私が魔力を混ぜるから、癒し効果に加えて、
“あなたを大切に思ってる”って気持ちが、ほんの少しだけ伝わる。
魅了の一種だけど、相手の意思を操るほどじゃないよ。ただ、送り主の想いをそっと添えるだけさ」
アミリアも知っているのだろうか。
アミリアが好きだったレッドベリーの“香”を送ったら喜んでくれるだろうか……
胸の奥が、そっと締めつけられた。
――説明が終わり、皆が店を出ていく。
僕も扉から離れようとしたが、ふと足が止まった。
アミリアのことがふと胸に浮かび、気になって胸がざわついた。
さっき見せたカーミラさんの柔らかな笑顔が、僕を振り返らせた。
カーミラさんのもとへ歩み寄る。
「……カーミラさん。今度、僕にも“香”を作ってもらえますか」
カーミラさんは一瞬だけ驚いたように瞬きをしたが、すぐに、毒気の抜けたとても優しい目でこちらを見た。
「調合は簡単さ。学校が休みの日にでも来な。田舎の母さんにでも送るのかい?」
「……そんなところです」
本当は違う。でも、今は言えなかった。
――そのやり取りを、ミールがそっと見守っていた。
その目には、ロキの胸の奥にあるものを静かに察したような影が、かすかに揺れていた。




