第28話 二年生の春
共和国歴1996年。
僕は魔導学院の二年生に進級した。
学院での学習を終えれば、レイン先生のもとで剣の修練をする──
そんな日々が、もう当然のように続いていた。
二年生から、学院は“専攻課程”に分かれる。
魔法科では、火・水・雷・風・土・闇──それぞれの属性に応じて魔法の研鑽を積むことになる。
そして、“色”(魔力)を持たない僕は、必然的に魔工専攻を選ぶことになる。
魔工専攻は“魔欠の行き先”とされ、学院では出来損ないの集まる分野だと見なされている。
だが、魔力があっても、あえて魔工専攻を選ぶ変わり者もいる。
魔工専攻課程──いわゆる魔工科では、魔道具の製作や魔法薬の生成を学ぶ。
修了すれば“魔工士”と呼ばれるが、魔導士に比べれば地位は高くない。
それでも魔工科が廃止されずに残っているのは、大昔、“大賢者の弟子”だったと言われる学院の創始者が、魔工科を特別な位置づけにしていたからだという。
そのため、魔工科の廃止は創始者の意思に反するとされ、今でも“触れてはならない話題”になっているらしい。
理由は分からない──
でも、そのおかげで、魔法が使えない僕にも居場所ができた。
ほとんどの生徒が学ぶ魔法科の教室は本館にあるが、魔工科の教室は裏の別棟。
魔工科の評価が、そのまま建物の配置に表れていた。
魔工科へ進級したのは、僕を含めて3名だけ。
小柄でブロンドショートのルミ。
健康的に日焼けした姉御肌のニール。
そして僕を入れて三人だった。
ルミは水魔法、ニールは土魔法が得意だ。
あの事件で打ち解けたルミが魔工科を選んだのは意外だった。
てっきり魔法科で水魔法を磨くのかと思っていた。
ルミと目が合うと、向こうから微笑んでくれた。
「ロキ君。よろしくね」
その柔らかい声に背中を押されて、僕は率直に聞いた。
「ルミはどうして魔工科を選んだの?」
ルミは少しだけ視線を落としてから、まっすぐ僕を見て言った。
「私、もともと魔法薬に興味があったの。お母さんも魔法薬師なんだ」
その言葉は飾り気がなくて、まっすぐだった。
ニールはひょうひょうとしていた。
「私は魔道具いじりが好きなんだよ。土属性と相性いいし、魔道具を作ってる時が一番幸せなんだ」
職人気質なんだと妙に腑に落ちた。
――教壇に立ったのは……
よく知っているミール・ロット先生だった。
「魔工科は私が担当する。よろしくな」
その声を聞いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。
大雑把で少し不良っぽいが、気さくで、根はとてもいい人だ。
一年生のときから僕を理解してくれた先生が、そのまま担任になってくれたことに、自然と安心した。
……ただ、ひとつだけ引っかかる。
なぜミール先生は水魔法が専門なのに、魔工科の担任なのだろう。
それと──
やはりどこかで会った気がする。
思い出せそうで、思い出せない。そんなもどかしさが胸の奥に残った。
ミール先生が説明を始めた。
「2年生のカリキュラムは、共通学習と専攻課程がある。
共通学習は、魔法史、魔法体系など学年全員が共通して学ぶ授業だ。
専攻課程は、この教室や、街の職人さんの工房で実習を行う」
淡々とした声が教室に広がる。
その言葉を聞いているうちに、胸の奥で、またひとつ灯りがともった気がした。
剣術、そして魔道具。
魔法が使えない僕にはどちらも必要なもので、どちらも僕を前へ押してくれる。
胸が少し高鳴った。
――――――
昼のチャイムが鳴り響いた。
昼食の時間だ。
大食堂では、全課程の学生が同じ場所で食事をとる。
その日の献立を各自で受け取り、好きな席に座る仕組みだ。
料理は豪華で、味も評判だ。
栄養バランスも考えられていて、学生の胃袋を満たすように工夫されている。
前の方で、食堂のおばちゃんがある生徒に怒鳴った。
「野菜を残すんじゃないよ!」
「人参嫌いなんだよ……」
男子生徒はしぶしぶ皿を受け取っていた。
きっと、あのおばちゃんも学生のことを思って言っているんだろう。
僕たち魔工科の三人は同じテーブルに座った。
一年生の時は一人で黙々と食べていたから、こうして誰かと並んで座るだけで、食堂のざわめきが、いつもより少しだけ優しく聞こえた。
――今日の午後は、先生たちの職員会議で、特別に休校だった。
授業が終わり、僕たち三人は並んで寮へ向かった。
昼下がりの校庭には、いつもよりゆったりした空気が流れている。
自習している生徒、街へ出かける生徒、それぞれが思い思いの“金曜の午後”を過ごし始めていた。
僕たちは、そんなざわめきの中を肩を並べて歩いた。
気さくなニールは、いつもの調子で話しかける。
たわいもない雑談なのに、その声があるだけで、空気がふわりと柔らかくなる。
男子寮と女子寮の前で別れるとき、ニールがからかうように言った。
「ロキ、女子寮が隣だからって、風呂のぞくなよ?」
「の、のぞくわけないだろ!」
顔が熱くなる。
僕をからかってくる時のアミリアの姿が、ふと頭をよぎった。
……気づけば、並んで歩く足音が、少しだけ心地よかった。




