第27話 目標は高く持ちなさい
ジョシュアたち三人は反省文を書かされていた。
机に向かう背中は三つとも固く、紙の上に落ちる影はどれも重かった。
ミールは腕を組み、冷たい声で言い放つ。
「独断行動がどれほど危険か、身をもって理解しただろう。C等級の魔獣は“弱い”わけではない。少しの油断が命取りになるんだ」
雨の冷たさとは違う、もっと刺すような緊張が部屋に満ちていた。
ジョシュアは唇を噛み、ミランダは悔しそうに眉を寄せ、エレーナは震える指でペンを握っている。
三人の表情には、魔獣の恐怖、生還した安堵、実技の失点への焦り、ロキへの苛立ち──それらが複雑に交錯していた。
――――
僕は実習を終え、いつものように一人で帰ろうとしていた。
――そのとき。
治療を終えたルミが、濡れた制服のまま小走りで僕のところへ来た。
髪の先から落ちる雫が、頬をつたって光っている。
「ロキ……君」
小さな声。けれど、迷いのない響きだった。
ルミは胸の前で両手を軽く組み、短く息を整えてから言った。
「助けてくれて……ありがとう」
その笑顔は、豪雨の中で泣きじゃくっていたときとはまるで違う。
柔らかくて、温かくて──静かな優しさがあった。
ルミは続けた。
「……あのね、私……ロキ君が意地悪されてるとき、傍観してて……」
言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。
「だから……悪いことしたなって」
濡れた睫毛がわずかに揺れ、ルミは小さく唇を噛んだ。
「でも……皆が逃げてるのに、ロキ君は迷わず助けてくれたでしょ。
あんなに怖い魔獣だったのに……」
そして、まっすぐ僕を見た。
「お礼言わなきゃって思って――。ありがとう」
その声は、飾り気がなく、まっすぐで、静かに胸へ落ちてきた。
この日を境に、ルミは僕に話しかけてくれるようになった。
雨は止み、夕焼けが雲の隙間から差し込んでいた。
――――――
胸の奥が、少しだけ誇らしかった。
レイン先生に、褒めてもらえるかもしれない。
そんな期待を抱きながら、僕は今日の出来事を報告した。
レイン先生は静かに聞き終えると、ほんの一瞬だけ目を細めた。
その仕草に、わくわくする。
……が。
「ロキ君。トカゲを切ったくらいで満足してはいけませんよ」
その言葉は、夕焼けよりも冷たく、雨よりも鋭く胸に刺さった。
期待が、音もなく崩れ落ちる。
「君の目標は、トカゲ退治ではないでしょう」
レイン先生は紳士だ。
けれど、穏やかな声の奥には、鋼のように固い価値観があった。
「レインリザード程度で浮かれているようでは……まだまだですね」
――僕は言葉を失った。
学院ではじめて感謝されて、嬉しくて、
少しだけ自信が芽生えて──
その全部を、レイン先生は一瞬で吹き飛ばした。
「君が目指す場所は、もっとずっと高いところです。……目標は高く持ちなさい」
その言葉は、叱責でもなく、失望でもなく──
“本気で期待している者の言葉”だった。
でも、褒められることを期待していた今の僕には、ただただ痛かった。




