第26話 初の討伐と安堵の帰路
――ザシュッ!!
振り下ろした刀身が雨を裂き、レインリザードの胴体がまっぷたつに切り裂かれた。
黒緑の体から鮮血が飛び散り、雨に混ざって地面へ落ちる。
――戦場のすべての音が止まった。
ミール先生も、ジョシュアも、ミランダも、
倒れたエレーナも──
何が起きたのか理解できなかった。
(もう一体……)
感じる……豪雨の中を高速で動くレインリザードの気配。
奴の狙いは──僕だ。
見える。この半年間、レイン先生の剣の動きを必死に追い続けた日々。
その中で鍛えられた動体視力が、雨の幕を切り裂くようにレインリザードの軌跡を捉える。
そして──鍛えた足腰が、地面を蹴る瞬間に迷いを許さない。
――最後の一匹のレインリザードが飛びかかる。
同時に、僕も地面を蹴り上げた。
ザシュッ!!
振り上げた刀身が、雨ごと空気を裂き、レインリザードの首を胴体から切り離した。
黒緑の体がよろけ、首を失った下半身が数歩ふらつき──
泥の上に沈黙した。
豪雨の中、全ての魔獣の気配が消え、世界が静まり返った。
ジョシュアは腰を抜かし、その場に座り込み、ミランダとエレーナは口を開けたまま声が出ない。
ミール先生が、ゆっくりと僕の姿を見る。
豪雨の中、剣を構えたまま立つ僕を見て、ミール先生はかすれた声でつぶやいた。
「ロキ……」
その声には、驚きと、信じられないという色が混ざっていた。
けれど──なぜか僕は落ち着いていた。
胸が高鳴るわけでも、手が震えるわけでもない。
むしろ、体の奥底に沈んでいた“何か”が静かに目を覚ましたような感覚だった。
体に染み込んだものが、動くのが当然であるかのようだった。
僕は、雨に流れ落ちていくレインリザードの赤い血を、ずっと見ていた。
――――――
豪雨の中での戦闘を終え、僕たちは学院へと戻った。
全員ずぶ濡れで、学院の玄関ホールに入った瞬間、暖気が肌を包み、思わず息が漏れた。
外の豪雨で冷え切っていた身体が、ゆっくりと溶けていく。
女子は教師からタオルを受け取り、肩や長い髪を押さえるようにして水気を拭っている。
ルミは腕を押さえながら、痛みに顔をゆがめていた。
校舎に入ると、レナー先生がすぐに駆け寄ってきた。
「ルミ、こちらへ」
治癒魔法が専門の女性教師だ。
レナー先生の手が淡い光を帯び、ルミの傷口に触れる。
「大丈夫よ……すぐに痛みは引くわ」
光がルミの腕を包み、裂けた皮膚がゆっくりと閉じていく。
ルミは小さく息を呑み、僕の方をちらりと見た……
「…………」
何かを言いたげな瞳だった。
――――――
その頃、ミールは学院長室へ呼び出されていた。
重厚な扉が閉まると同時に、室内の空気がひやりと冷えた。
学院長レイモンド・クラウスは書類を机に置き、静かだが鋭い声で告げる。
「学生が独断行動することなど、当然に想定しておくべきことだ。状況がどうであれ、責任は指導者にある」
淡々とした口調にもかかわらず、その言葉は部屋の空気を重く沈めた。
ミールは深く頭を下げる。
「……申し訳ありません。全ては私の監督責任です」
学院長は書類の一枚を指先で軽く叩いた。
「だが、君がいなければ死者が出ていた」
ミールの表情がわずかに揺れる。
学院長は書類をめくり、ある名前の上で指を止めた。
「問題は──ロキ・グレイシアだ」
ミールの瞳がかすかに動いた。
「剣でレインリザードを仕留めたようだな。しかも雨で覚醒した個体を三体もだ。偶然でできることではない」
学院長は目を細め、ミールをじっと見据える。
「学院で剣を良く思わない教師も多いが……
君の要望どおり、帯剣を許可した判断は正しかったようだな」
淡々とした声の奥に、わずかな重みが潜む。
ミールは静かにうなずいた。
「……はい」
学院長は椅子にもたれ、低く続ける。
「……なぜ、君はロキ・グレイシアにこだわる」
ミールはわずかに口を開きかけ──
しかし、言葉を飲み込んだ。
その沈黙に、言いたくないという気配がにじむ。
学院長はその様子を見て、ふっと息を吐いた。
「……まあいい。いずれ聞かせてもらうとしよう」
ミールは静かに頭を下げた。
学院長はその“おもむき”を受け止めるように、ゆっくりと目を閉じた。
重い沈黙が落ちる。
やがて扉が開き、ミールが学院長室を後にした。
廊下には、雨の匂いが静かに漂っていた。




