第22話 魔獣の生態調査とミール先生
学園に入学して半年。
魔欠けの僕はクラスメイトとうまく馴染めず、相変わらず嘲笑の的だった。
けれど──あれからレイン先生のもとで剣を習い、孤児院の子どもたちと過ごす時間が増えると、少しずつ昔の自分を思い出すようになった。
目標に向かって歩いているという感覚。
誰かと触れ合える、あのささやかな温かさ。
それは大げさなものじゃなく、今の僕には十分すぎる心の支えだった。
――今日は、生態調査の実習だ。
胸の奥で、静かな熱がゆっくりと灯るのを感じながら、僕は教室へ向かった。
教室に到着し、指定された席に座る。
「今回の生態調査の授業を担当する、ミール・ロットだ。水魔法が専門だ」
ふと感じた……この先生、どこかで見たことがある気がする。
思い出せないけれど、どこかで……。
ミール先生は黒板に地図を描きながら続けた。
「今日の実習は、央都西方に広がる草原地帯で行う。主にサーチを用いた危険等級Dの生態調査が目的だ。危険度は高くないが……油断は禁物だぞ」
教室が少しざわつく。
「魔獣は縄張り意識が強い。不用意に近づいたり、挑発するような行動は絶対に避けること。勝手な行動は仲間を危険に晒すからな」
その言葉には、経験者の言葉の重みがあった。
「以上が本日の注意事項だ。準備ができ次第出発するぞ」
ミール先生は視線を巡らせ、最後に僕と目があった。
実習の説明が終わり、生徒たちがざわつきながら席を立ち始めた。
その中で、ミール先生は名簿をめくり、僕の名前のところで指を止める。
「……ロキ。こちらへ」
静かな声だった。
呼び止められた瞬間、ドキっとする。
「君が魔法を使えないことは、我々教師陣も周知している。魔力がない以上、魔導士としての戦い方は難しいだろう」
顔を上げられない……。
「しかし――」
ミール先生は、言葉を選ぶように続けた。
「魔導具の扱いなど、魔法以外にも学べることはある。魔法がすべてではない」
その瞬間、胸の奥に張りつめていた何かが、ふっと緩んだ。
思いがけない先生の言葉に、僕はゆっくりと顔を上げた。
視界が滲んでいるのに、先生の表情だけははっきり見えた。
ミール先生は名簿を閉じ、少し懐かしむように言った。
「君が剣術を学んでいることは聞いている。学院には、昔"ドワーフの学生"が在籍していた時期があってね。彼らは魔法を使えないため、“例外として”帯剣を許可した前例がある」
そして、僕の目をまっすぐ見つめる。
「今日の生態調査は、魔獣との遭遇もあり得る。丸腰では危険だし──君には、実習での帯剣を特別に許可する。これは学院長からも正式に承諾を得ている」
僕は驚きで息を呑んだ。
胸の奥に、言葉にできない温かさが広がった。
この先生からは、なぜか僕のことを“守ろうとしてくれている”ような気がする。
初めて向き合ったはずなのに、どこか懐かしいような……理由は分からない。
けれど、確かにその温かさは感じた。
僕とミール先生のやりとりを聞いていたのか、ジョシュアが鼻で笑った。
「魔導学院の生徒が剣かよ…嫌だね、魔法も使えないドワーフもどきは」
ミランダが髪を払って、あざけるように言う。
「どうせミール先生に媚び売って、特別扱いしてもらったんでしょ」
エレーナは冷たく言い放つ。
「魔法の刃があれば剣なんて野蛮な武器を持つ必要ない……嘆かわしいわね」
その言葉は、刃物のように心に刺さった。
刺さったまま、ゆっくりとねじられるように痛い。
でも──孤独だった学院で“帯剣を許された”という事実。
そのことだけが、ただただうれしかった。




