第21話 受け継がれる鍛冶師の魂
あの日から、僕は学院での授業が終わると、毎日レイン先生の孤児院へ向かい、剣の稽古を続けている。
レイン先生は、いつも変わらぬ穏やかな表情で迎えてくれる。
だが、稽古となれば話は別だ。
その指導は、容赦という言葉を知らなかった。
毎日、数千回の素振り。
手のひらはマメだらけで、皮がめくれ、血がにじむこともある。
腕は上がらず、足は棒のように重い。
それでも――迷いが消えた。
木刀を握る手に、少しずつ“力の通り道”が分かってきた。
足の運びも、呼吸も、視線も、ほんのわずかだが、体に馴染んでいくのを感じる。
痛みよりも、苦しさよりも、前に進んでいるという実感の方が強かった。
――日曜日の朝。
稽古の後に、レイン先生がふいに言葉を落とす。
「ロキ君。今日は少し、見せたい場所があります。ついてきてください」
向かった先は、街の外れにある職人街。
“ラグ鍛冶工房”の看板が見えてきた。
「こんにちはー」
レイン先生が鍛冶工房の扉を開けると、ものすごい熱気が押し寄せてきた。
工房の奥では火花が散り、屈強そうなドワーフの男が赤熱したハンマーを振るっている。
レイン先生が紹介してくれた。
「こちらは、この鍛冶工房の親方、ラグさんです。鍛冶が得意なドワーフの中でも“名工”と呼ばれる方ですよ」
ラグ親方は豪快に笑った。
「こっぱずかしい紹介すんじゃねぇやい。堅苦しいのは性に合わねぇ」
僕も自己紹介を済ませると、工房の奥へ案内してくれた。
数人の職人が汗を流しながら魔導士の杖を作っている。
とにかく熱い。
でも、その熱気が“命を込めている”感じがした。
僕が、赤熱した杖が形になっていく様子に見入っていると、ラグ親方がふっと手を止め、こちらを見た。
そして、まるで“職人の心得”を語るように口を開いた。
「杖ってのはな、素材の温度で強度も魔力のなじみも変わる。質の高い装飾品をはめりゃ、魔力の収束効果が跳ね上がる。魔導士の魔法の威力は、半分は杖の力だ。
ラグ親方が鼻で笑う。
「実はよ、まともに魔力を収束できる魔導士なんざ多くねぇ。杖のサポートで威力が上がってるのに、それを自分の実力だと勘違いしてるやつばっかだ」
工房の奥で、別の職人が赤熱した杖を仕上げていた。
まだ完成前なのに、素人の僕でも質の高さが分かる。
レイン先生は杖を見て感心したように言葉を落とす。
「……見事な杖ですね。やはりラグさんの工房の杖は一級品だ」
職人はぼやきながらも、どこか誇らしげだった。
「魔導師団からの特注品さ。五日で作れなんて無茶言いやがる。――こちとら命かけてんだ。俺らの装備の欠陥で使用者が怪我したら、鍛冶師の名折れだ」
ラグ親方はふっと視線を落とし、低くつぶやいた。
「……だがよ。俺ら鍛冶師の神髄は“剣”の錬成だ。今じゃ戦士なんざほとんどいねぇ。剣を鍛える機会もねぇ。それが悔しくてならねぇ」
僕は正直な気持ちを言った。
「学院では、剣は魔法に勝てないって……習いました。剣術は廃れて役目を終えたって……でも……僕は悔しいです」
その言葉に、レイン先生がわずかに目を細めた。
次の瞬間、工房が揺れるほどの怒声が響いた。
「バカヤローッ!誰が剣が勝てねぇって言った!机の上の教科書だけで語るんじゃねぇ!」
火花が散る音すら止まったように感じた。
作業していた奥の職人さん達の手が一瞬止まった。
「昔の凄腕の戦士はな、魔導士相手に真正面から剣で張り合ってたんだ。達人の一撃を恐れて逃げた魔導士もいる。杖をぶった切られた魔導士なんざ、戦じゃ赤子と変わらねぇ」
その声には、怒りだけじゃなく、長い年月で積もった悔しさが滲んでいた。
しばらくして、ラグ親方は頭をかきながら言った。
「悪ぃな。剣のこととなるとムキになっちまう。……俺の家は代々鍛冶師だ。何千年も、剣を打ち続けてきた家系なんだよ」
その言葉は、怒鳴り声よりも重かった。
「俺も爺さんから聞いた話だが――大昔、異界の化け物が世界中で暴れたとき、剣で魔獣の屍の山を築いた、とんでもねえ剣士がいたって話だ……」
ラグ親方は遠くを見るように言う。
「俺の先祖の師匠は、その剣士に剣を鍛えてやったらしい。なんでも、その剣は神鋼"オリハルコン"でできてたって話だぜ」
親方は肩をすくめて続ける。
「オリハルコンなんて代物、俺も見たことねぇが、死ぬまでには拝んでみたいもんだぜ」
そして、にやりと笑った。
「まー、“剣が廃れて悔しい”なんて言うガキは初めてだ。学院の坊主にしちゃ、みどころがある。お前さんが“剣を鍛えてほしい”って言うんなら、また来な」
冗談めかしていたが、ラグ親方の表情はどこかうれしそうだった。
――ラグさんの鍛冶工房を後にすると、レイン先生は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「ラグさんのご先祖様はね、伝説の名工と呼ばれた鍛冶師のお弟子さんだったんですよ」
その言葉に、ラグ親方の豪快な笑い声が思い出される。
あの熱気、あの怒声、あの誇り。
レイン先生は、なぜ僕をラグ親方のもとへ連れて行ったのかは語らなかった。
けれど――剣が魔法に勝てないと教えられてきた僕に、火と鉄だけを信じて生きてきたドワーフの生きざま、本物の情熱、魂、それを僕に見せたかったのだと思った。
僕の胸の奥で、また一つ静かな熱が息を吹き返した。




