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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第4章 遠くの君を迎えに行くために
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第21話 受け継がれる鍛冶師の魂

 あの日から、僕は学院での授業が終わると、毎日レイン先生の孤児院へ向かい、剣の稽古を続けている。


 レイン先生は、いつも変わらぬ穏やかな表情で迎えてくれる。

 だが、稽古となれば話は別だ。


 その指導は、容赦という言葉を知らなかった。


 毎日、数千回の素振り。

 手のひらはマメだらけで、皮がめくれ、血がにじむこともある。

 腕は上がらず、足は棒のように重い。


 それでも――

 迷いが消えた。


 木刀を握る手に、少しずつ“力の通り道”が分かってきた。

 足の運びも、呼吸も、視線も、ほんのわずかだが、体に馴染んでいくのを感じる。

 

 痛みよりも、苦しさよりも、前に進んでいるという実感の方が強かった。


 ――日曜日の朝


 稽古の後に、レイン先生がふいに言葉を落とす。


 「ロキ君。今日は少し、見せたい場所があります。ついてきてください」


 向かった先は、街の外れにある職人街。

 “ラグ鍛冶工房”の看板が見えてきた。


 「こんにちはー」


 レイン先生が鍛冶工房の扉を開けると、ものすごい熱気が押し寄せてきた。

 工房の奥では火花が散り、屈強そうなドワーフの男が赤熱したハンマーを振るっている。


 レイン先生が紹介してくれた。


 「こちらは、この鍛冶工房の親方、ラグさんです。

  鍛冶が得意なドワーフの中でも“名工”と呼ばれる方ですよ」


 ラグ親方は豪快に笑った。


 「こっぱずかしい紹介すんじゃねぇやい。堅苦しいのは性に合わねぇ」


 僕も自己紹介を済ませると、工房の奥へ案内してくれた。


 数人の職人が汗を流しながら魔導士の杖を作っている。


 とにかく熱い。

 でも、その熱気が“命を込めている”感じがした。


 僕が、杖の芯に使われる金属が赤熱しながら形を整えられていく様子に見入っていると、ラグ親方がふっと手を止め、こちらを見た。


 そして、まるで“職人の心得”を語るように口を開いた。 


 「杖ってのはな、素材の温度で強度も魔力のなじみも変わる。

  質の高い装飾品をはめりゃ、魔力の収束効果が跳ね上がる。

  魔導士の魔法の威力は、半分は杖の力だ。


 ラグ親方が鼻で笑う。


 「実はよ、まともに魔力を収束できる魔導士なんざ多くねぇ。

  杖のお陰で威力が上がってるのに、それを自分の実力だと勘違いしてるやつばっかだ」 


 工房の奥では、別の職人が杖の先端に淡い光を宿した装飾をはめ込んでいた。

 金属の芯に魔力が流れ込むたび、杖の表面に刻まれた紋様がかすかに震える。


 まだ完成前なのに、素人の僕でも“魔力が呼吸している”ような質の高さ が分かった。


 レイン先生は杖を見て感心したように言葉を落とす。


 「……見事な杖ですね。やはりラグさんの工房の杖は一級品だ」


 職人はぼやきながらも、どこか誇らしげだった。


 「魔導師団からの特注品さ。五日で作れなんて無茶言いやがる。

  こちとら命かけてんだ。俺らの装備の欠陥で使用者が怪我したら、鍛冶師の名折れだ」


 ラグ親方はふっと視線を落とし、低くつぶやいた。


 「……だがよ。俺ら鍛冶師の神髄は“剣”の錬成だ。

  今じゃ戦士なんざほとんどいねぇ。剣を鍛える機会もねぇ。それが悔しくてならねぇ」


 僕は正直な気持ちを言った。


 「学院では、剣は魔法に勝てないって……習いました。

  剣術は廃れて役目を終えたって……でも……僕は悔しいです」


 その言葉に、レイン先生がわずかに目を細めた。


 次の瞬間、工房が揺れるほどの怒声が響いた。


 「バカヤローッ!誰が剣が勝てねぇって言った!机の上の教科書だけで語るんじゃねぇ!」


 火花が散る音すら止まったように感じた。


 作業していた奥の職人さん達の手が一瞬止まった。


 「昔の戦士はな、魔導士相手に真正面から剣で張り合ってたんだ。

  達人の一撃を恐れて逃げた魔導士も大勢いる。」


 その声には、怒りだけじゃなく、長い年月で積もった悔しさが滲んでいた。


 しばらくして、ラグ親方は頭をかきながら言った。


 「悪ぃな。剣のこととなるとムキになっちまう……。

  俺の家は代々鍛冶師だ。何千年も、剣を打ち続けてきた家系なんだよ」


 その言葉は、怒鳴り声よりも重かった。


 「俺も爺さんから聞いた話だが――

  大昔、魔獣や古代の化け物を、ただ一振りの剣で屍の山に変えた、とんでもねぇ剣士がいたらしい……」


 ラグ親方は遠くを見るように言う。


 「俺の先祖の師匠は、その剣士に剣を鍛えてやったらしい……

  なんでも、その剣は神鋼(オリハルコン)でできてたって話だぜ」


 親方は肩をすくめて続ける。


 「オリハルコンなんて俺も見たことねぇが、死ぬまでには拝んでみたいもんだぜ」


 そして、にやりと笑った。


 「まー、“剣が廃れて悔しい”なんて言うガキは初めてだ。

  学院の坊主にしちゃ、みどころがある。

  お前さんが“剣を鍛えてほしい”って言うんなら、また来な」


 冗談めかしていたが、ラグ親方の表情はどこかうれしそうだった。


  ――ラグさんの鍛冶工房を後にすると、レイン先生は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。


 「ラグさんのご先祖様はね、伝説の名工と呼ばれた鍛冶師のお弟子さんだったんですよ」


 その言葉に、ラグ親方の豪快な笑い声が思い出される。

 あの熱気、あの怒声、あの誇り。


 レイン先生は、なぜ僕をラグ親方のもとへ連れて行ったのかは語らなかった。


 けれど、その横顔にはどこか懐かしさのようなものがあった。

 まるで、遠い昔に同じ光景を見たことがある人のように。


 剣は廃れたものと教えられてきた僕に、火と鉄だけを信じて生きてきたドワーフの生きざま。


 本物の情熱、魂、それを僕に見せたかったのだと思った。

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