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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第4章 遠くの君を迎えに行くために
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第20話 荘厳なる水龍、それでも前へ

 天へと昇った水龍は、アミリアが振り下ろした長杖の軌跡に従い、使役された従魔のごとく鋭く、迷いなく急降下を始めた。

 

 向かう先は――聖浄院の奥の院、結界の間。

 ここは、かつて大賢者ラズウェルが厄災を封じた大結界を張った場所。

 

 アミリアの聖なる水龍は、大賢者ラズウェルの結界の干渉を受けることなく、まるで“許されている”かのように結界へと吸い込まれていった。


 次の瞬間――


 「ギャイイイイイイイイイイ!!」


 奥の闇の向こうから、幾重もの魔獣の断末魔が響き渡った。

 アミリアの放った水龍が、大結界の縁で顕現を狙っていた魔獣たちを次々と浄化していく。


 水龍の咆哮と魔獣の悲鳴が交錯し、空気が震え、大地が低く唸った。

 やがて――すべてが嘘のように静まり返った。


 アミリアはゆっくりと杖を下ろし、無表情のまま、六賢者の列へと静かに戻っていく。

 賢者就任の儀は終了し、大賢者の間との通信も切断された。


 アミリアの魔力を目の当たりにした学生たちは、全員が放心していた。

 同年代の少女が、自分たちとは桁違いの魔力を操り、国を守っている。

 その事実が、学生たちの自尊心を容赦なく打ち砕いた。


 学校へ戻る道中、誰ひとりとして口を開かなかった。

 普段は高圧的な男子生徒も、高飛車な女子生徒も、顔色を失い、ただうつむいて歩いていた。

 その背中には、“自信”という言葉が跡形もなく消えていた。


 一方、臨席していた国の大臣や魔導師団の幹部は誇らしげに話している。

 「穢れどもめ。我らが賢者の力を思い知ったか。」


 ――だがその頃、異界の奥底では、アミリアの魔法が触れた痕跡をなぞるように、魔素の海の深層で、光る眼がゆっくりと開いた。

 まるで、時が訪れるのを、虎視眈々と待っているかのように。


 ――――――

 

 アミリアの就任の儀式が終わった。

 午後は休校だが、寮に戻っても、どうにも落ち着かなかった。


 短い時間であったとしても、アミリアの姿を見られたことが嬉しかった。

 でも――アミリアに会いたくて仕方がなかった。

 それなのに、隣に立つ資格がないと思うほど、胸の奥がざわついて仕方がなかった。


 僕は、いてもたってもいられず、気がつけば孤児院を訪れていた。

 扉をノックすると、いつもの穏やかなレイン先生が出てきて、中へ招いてくれた。

 「どうしたんだい、ロキ君。今日は水の賢者の就任儀式だったでしょう。」


 僕はうつむき、何も言えなかった。

 アミリアの姿を思い出すだけで、心が締めつけられる。


 レイン先生は、僕の焦りを察したようだった。

 「私も儀式を拝見しました。彼女の魔力は本物です……」


 その横顔は、アミリアが背負っているものの重さを理解している目だった。

 「今日の儀式を見て、規格外の天才に自信を砕かれた学生は多いでしょう。」


 レイン先生は、言葉を選ぶように続けた。

 「この世界は理不尽です。同時に、それは人が成長する上で必要な原動力にもなります。」


 一拍置いて、僕を見つめる。

 「大事なのは、悲観することではない。――あなたに何ができるかということです。」


 僕は唇を噛みしめた。胸の奥が熱くなる。

 「レイン先生……僕、アミリアの隣に立てるように強くなりたいです……」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥に押し込めていた想いが、堰を切ったようにあふれ出した。

 レイン先生は、しばらく黙って僕を見つめていた。

 責めるでも、慰めるでもなく。

 ただ、僕の溢れる思いを真正面から受け止めるように。


 ――そして、静かに息をついた。

 「これから一緒に稽古していきましょう。――厳しくいくので、覚悟してくださいね。」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 

 ―――――― 


 レイン先生の稽古は、容赦がなかった。

 木刀の構え、足運び、呼吸、視線。

 一つ一つが鋭く、正確で、逃げ場がない。


 けれど不思議と、苦しさよりも嬉しさの方が勝っていた。

 僕はレイン先生の厳しい訓練が、なぜか待ち遠しかった。

 剣を振っていると安心する。

 アミリアに近づいていると思えるから。


 孤児院に吹く夕暮れの風が、少しだけ暖かかった……


 ――――――


 ロキが帰った後、レインは礼拝堂の地下にいた。


 戦時中の避難壕を利用して作られたその部屋は、石畳の床と厚い扉に囲まれ、外界の音を一切寄せつけない厳重な部屋。

 部屋の書庫には、丁重に保管された一冊の古文書がある。


 レインはその背表紙へと静かに手を伸ばした。

 表紙はひび割れ、今にも崩れそうなほど古い。

 それでもレインは、大切なものに触れるように、そっと指を置いた。


 そして、誰にも聞こえないほどの声でつぶやく。


 「……ローディン様……」


 部屋の奥には、ひと際厳重な封印術式が施された一本の"棒状のもの"があった。

 長い年月で蓄積された錆と汚れに覆われ、価値などないように見える。


 だがその奥底では、今もなお何かを求めるように、“鈍い黒光り”を放っていた――

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