第19話 その名、水の賢者アミリア
司会者が儀式の始まりを宣言し、厳かに語り始めた。
二千年前――魔導大戦と呼ばれた時代。この国は大厄災に襲われ、多くの民が恐怖におびえる日々を過ごしていました。
しかし、光の女神アルテミナは、大賢者ラズウェル様をこの地へ遣わされました。
大賢者は死闘の末、厄災を“大結界”に封じ込められたのです。
大賢者の結界は今も私たちを守り続けています。
そして、六人の偉大なる賢者がそのご意思を継ぎ、大結界の存続を保っています。
先代の水の賢者がご逝去され、結界の弱体化が危惧されましたが……光の女神は、私たちを見捨てられませんでした。
数年前、エルミナ辺境の森で凶悪な魔獣を討伐したのは、十一歳の少女。
光の女神はその少女に複数の“色”を授け、さらに魔獣を浄化する聖なる力まで授けられたのです。
――光の女神の深き恩寵を受けし御身の名は
――――――
司会者の声が大広場に響き渡る。
「アミリア様――新たな水の賢者、アミリア・カウラ様です。
皆さま、どうか新たな水の賢者に盛大な祝福を! 六賢者と共和国の民に祝福あれ!」
魔導学院の学生、魔導師団、そして国中の民が歓喜の声をあげた。
「水の賢者様に栄光を!」
「アミリア様に祝福を!」
魔道スクリーンには、威厳を保ち並び立つ六賢者と、新たな水の賢者の姿が映し出される。
火の賢者、土の賢者、雷の賢者、風の賢者、闇の賢者――そして、水の賢者アミリア。
アミリアは白と水の聖衣をまとい、手には神聖な装飾が施された長杖を携えていた。
持ち前の美しさと相まって、“聖女”と呼ぶにふさわしい神々しさをまとっていた。
――だが、アミリアに笑顔はない。
その表情は、氷のように冷たかった。
アミリアが前に進み出て、落ち着いた声でひとこと告げる。
「……エルミナの民に祝福を……」
その声は澄んでいて、広場全体に静かに、しかし確かに響き渡った。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
スクリーンの中のアミリアは、僕の手の届かないほど遠くへ行ってしまった。
だけど――その顔は、氷のように冷たく、どこか遠くを見つめているようだった。
僕の知っているアミリアは、笑うときは太陽みたいに明るくて、泣くときは子どもみたいに素直だった。
でも、スクリーンに映るアミリアは、まるで別人のように冷たく、孤独だった。
――アミリアは長杖を胸の前に掲げ、ゆっくりと目を閉じる。
その瞬間、広場の空気がぴんと張りつめた。
風が止まり、人々のざわめきが消え、世界が息を潜める。
アミリアの周囲に、淡い水色の光がふわりと立ち上がった。
六賢者が一斉に杖を掲げ、儀式の始まりを告げるように大地が低く震える。
アミリアは静かに目を開いた。
そして――長杖をゆっくりと天へ向けて掲げ、澄んだ声で詠唱をはじめた。
「清流の根源たる水の精霊よ……光の女神アルテミナの御名のもとに集い、穢れを洗い、闇を断ち、すべてを浄めよ。
我が身を依り代とし、我が祈りに応え、すべてを浄化する奔流となれ!」
――――
「――――顕現せよ、《リヴァイア・ドュオ・サンクティア》(聖水龍)!」
その瞬間、アミリアの身体から放たれた魔力が、空気を震わせるほどの衝撃となって広場に押し寄せた。
聖浄院から離れたこの大広場にまで、大地を揺らすほどの振動が伝わってくる。
「うわっ……!」
「な、なんだこの魔力……!」
学生たちがざわめき、思わず身をすくめる。
アミリアが掲げた聖杖から、巨大な水の奔流が天へと立ち上がり、
その中から――美しく、優雅で、そして恐ろしいほど荘厳な“水龍”が姿を現した。
水龍は風の加護をまとい、翼を広げるように水流をうねらせ、嵐のような突風を吹き荒らす。
「キャーーーッ!」
「風が……っ!」
大臣たちの席の周りには魔力障壁の膜が張られ、風圧を無力化した。
学生の列ではあちこちで悲鳴が上がり、皆が必死に体勢を保とうとする。
以前、アミリアに勝てると強がっていたジョシュアも、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
「な、なんだよ……あれ……」
彼は震える声で、水龍を見上げている。
風属性のエリート・エルフであるエレーナでさえ、唇を震わせながら呟いた。
「……水龍が……風をまとってる……?」
その顔は青ざめ、誇り高い彼女の瞳に恐れが宿っていた。
「……人間の領域じゃない……」
学生たちはただ呆然と、荘厳な水龍を見上げていた。




