第17話 踏み込む勇気
やがて、建物の影に隠れるようにして広がる空間に出た。
そこは、子どもたちの遊ぶエリアとは隔てられた、静かな一角だった。
わらで作られた人形、踏み固められた地面。
明らかに遊び場とは違う空気をまとっている。
――ここが、剣の修練場だ。
レイン院長は建物の中へ姿を消した。
数分後――戻ってきたレイン院長を見て、僕は息を呑んだ。
先ほどまでの穏やかな院長の姿ではない。
身にまとっているのは、見慣れない“剣士の装い”。
上衣は厚手の布でできた、飾り気のない修練着だった。
動きやすさだけを考えた、素朴な衣服。
腰には、長い棒状のものが静かに揺れている。
鞘に収められた細長い線で、無駄のない形。
静かに、しかし圧倒的な存在感。
――剣だ。
レイン院長の眼差しは、さっきまでの柔らかさとは違う鋭さを帯びていた。
まるで別人のように、凛とした気配をまとっている。
レイン院長は静かに剣へ手を添えた。
「これは、私の祖国の剣です。片刃なのが特徴でね……
この国では剣術はすたれてしまったけれど、私の祖国では、剣は“心”を鍛えるものでもあった」
その声には、懐かしさと誇りが静かに混じっていた。
「今は、時間があるときに子どもたちに教える程度ですが……」
レイン院長は、まっすぐ僕を見つめた。
「君にも、ここで学べることがきっとあるでしょう」
その眼差しは、僕の弱さを責めるものではなく、僕の可能性を信じる眼差しだった。
胸の奥が、また小さく震えた。
「これから、ここに通って剣の基礎を身につけていきましょう。学院での学習と並行して行う訓練です。それは──中途半端な覚悟ではできませんよ」
静かな問いが、空気を震わせた。
「覚悟はできていますか」
厳しい訓練でもいい。痛くても、苦しくてもいい。
なにより辛いのは、このまま、何も変われないことだ。
――僕は迷いなく言った。
「……はい!」
その瞬間、レイン院長は静かに目を細めた。
満足そうに、そしてどこかうれしそうだった。
――――――
僕はレイン院長と──いや、レイン先生と向き合う。
「本格的な剣術の訓練の前に、少し基礎をやってみましょう」
その声は、僕の小さな決意を確かに受け止めてくれる声だった。
レイン先生は木刀を僕に渡し、自分は素手のまま立った。
「遠慮はいりません。あなたの思う方法で、本気で私を倒してみてください」
その眼差しは穏やかで、しかし鋭かった。
僕は木刀を握りしめ、思うままに踏み込んだ。
――その瞬間
世界がひっくり返った。
視界が逆さまになり、背中に衝撃が走る。
「……え?」
気づけば地面に倒れていた。
(投げられた……?)
逆さに見えるレイン先生が、静かに言う。
――背筋を汗がつたる。
「まだ終わっていませんよ。どんどん打ち込んで」
立ち上がった瞬間──レイン先生の姿が、ふっと消えた。
風が揺れた。
次の瞬間――
顎に衝撃が走り、視界がゆがむ。
足に力が入らない。
「徒手で軽くで突いただけですよ。しかし、鍛えた身体は、そのものが武器となる。
──魔力が切れた魔導士なら、剣などなくて倒せます」
僕は息を呑んだ。
胸の奥に、痛みとも衝撃ともつかない何かが走った。
「剣は努力、踏み込む《勇気》がそのまま強さになる。
剣の修行を始める前に、まずそれを心に刻んでください」
レイン先生の言葉が、胸の奥で静かにこだました。
魔法が絶対じゃない。強さの形は、ひとつじゃない。
レイン先生は、剣の道の心構えを教えてくれた気がした。
「明日から、本格的に剣の修行を行っていきましょう」
痛みは苦じゃなかった。
むしろ、ずっと閉ざされていた胸の奥の闇に、ひとすじの光が差し込んだ気がした。
その光は弱々しいものだったけれど、胸の奥の暗がりに触れた瞬間、なにかがゆっくりと動き出した。
逃げていた自分を、もう一度だけ前へ押し出してくれるような、そんな気持ちだった。




