第16話 弱さを告げた後の小さな光
僕は、震える声で、口を開いた。
アミリアと一緒に育った村のこと。
アミリアが“賢者”として選ばれた時のこと。
そして──魔法が使えない僕は、学院で孤独に過ごしていること。
そんな魔法社会を妬んでいること……。
レイン院長は、落ち着いた声でそっと言葉を置いた。
「あなたの置かれている環境は、とても厳しいもののようですね」
その声音には、責める色も、哀れむ色もなかった。
ただ、“僕の痛みを痛みとして認める”そんな静かなまなざしだけがあった。
僕は女神像を見上げた。
その穏やかな微笑みが、ふとアミリアの笑顔を思い出させた。
七色の糸を編んだ、あの小さな髪飾りが頭をよぎる。
――気づくと僕は、別れの夜にアミリアが口ずさんだ子守歌を口にしていた。
不安な夜に、アミリアのお母さんが歌ってくれたという子守歌。
『英知の賢者は夜道を照らし 虹の剣は勇気を示す 厄災断つは虹の刃 怖い夜でもひとりじゃない 七つの光があなたを守る……』
あの夜のアミリアの横顔が、胸の奥でそっと揺れた。
僕が子守歌を口ずさむと、レイン院長が、ふっと息を呑んだ。
その変化はほんの一瞬。
“何かを感じた”ような、そんな微かな揺れがあった。
すぐに表情を整え、静かに僕へ向き直る。
「……ロキ君」
レイン院長は、言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。
「私は、孤児院の運営の傍らで、少しだけ剣の心得があります」
その声音には、どこか揺るぎない“決意”のようなものが滲んでいた。
「魔法が使えないあなたの“心”を守る剣を……試してみるのは、どうでしょうか」
魔法がすべてのこの世界で、“剣”という言葉はあまりにも異質だった。
けれど――レイン院長は、その異質さなど気にも留めないように、まっすぐに僕へ差し出してくる。
「あなたが大切な幼馴染を守りたいのなら、あなた自身が、行動を起こさなければなりません。魔法が使えないのなら……使えないなりの道を、あなたは歩いていけばいいのです」
押しつけではない。責める響きもない。
ただ、“選ぶのはあなたです”と、そっと背中を押すような言葉だった。
気づけば、僕の口から震える声が漏れていた。
「……剣を学べば、アミリアを……迎えに行けますか」
レイン院長は、僕の目をまっすぐに見つめて答えた。
「それは、あなたの努力しだいです。けれど──あなたの努力は決して裏切りません」
その言葉は、慰めでも、希望の押し売りでもなかった。
ただ、真実だけを静かに差し出すような響きだった。
僕の胸の奥で、何かが小さく震えた。
逃げていた心の奥に、ほんのわずかだけ、温かい火が灯るような感覚があった。
その火はまだ弱くて、吹けば消えてしまいそうだけど──
それでも確かに、そこにあった。
僕は、その小さな光に、すがるように手を伸ばした。
――――――
レイン院長に案内され、僕は礼拝堂を後にした。
夕暮れの光が差し込む中、施設の裏手へと歩いていった。
広い庭では、小さな子どもたちが元気に走り回り、笑い声が弾む。
敷地の奥へ向かうと、数人の子どもたちがこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「おにいちゃん、剣やるの?」
「ねえねえ、レイン先生の剣、厳しいんだよー」
「でもね、すっごく強いんだよ! がんばってねー!」
無邪気な声が胸に刺さる。
少しだけ背中を押されるようだった。
僕はうまく返事ができず、ただ小さくうなずいた。
子どもたちは笑いながら走り去っていく。
だけど、その無邪気な明るさが、胸の奥をそっと支えてくれるようだった。
──僕も、あんなふうに笑っていた時期があった。
「あの子たちは、親がいなくてね……本当は親に甘えたい年頃でしょうに」
レイン院長の顔が、ふと陰を帯びた。
「もともと、私と妻でこの孤児院を経営していたのですが──妻は数年前に病気で亡くなり、今は私ひとりで子どもたちを見ています」
レイン院長の表情は寂しそうだった。
僕の胸が痛んだ。
アミリアと離れた自分を“世界一不幸”だと思っていた。
でも、この子たちも──もっと小さな体で、大きな不幸と向き合っている。
そんな思いが胸に広がった。




