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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第3章 無色の烙印と魔導学院
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第15話 崩れた心を救う声

 その時――


 「どうかなさいましたか……?」


 柔らかい声が、沈んだ空気をそっと揺らした。


 顔を上げると、目の前に立っていたのは、もの腰の柔らかい男性だった。

 昼間、子どもたちを見守っていた──あの優しそうな男性。

 この施設の院長らしき人だ。


 夕暮れの光が彼の肩に落ち、その姿はどこか懐かしい温かさを帯びていた。

 ローレットさんに似た優しさが、ふっと胸を刺した。


 だけど、僕は言葉を返せなかった。


 涙が止まらず、喉がつまって、声にならなかった。

 院長は、学院の制服姿の僕を、責めるでもなく、驚くでもなく、ただ静かに見つめていた。

 その沈黙は、僕の涙を否定しない沈黙だった。


 「ここは孤児院ですが……」

 院長はゆっくりと言葉を続けた。

 「元々は教会でした。光の女神様に祈りを捧げる場所だったんですよ」


 夕暮れの光が鐘楼を照らし、その影が僕の足元まで伸びてくる。


 僕は、何かにすがりたかった。


 ――院長に案内された礼拝堂は、外の夕暮れとはまるで別の時間が流れているようだった。

 扉をくぐった瞬間、空気がひんやりと変わる。

 古い木の香り、蝋燭の淡い光、壁にかかった光の女神の紋章。

 そして──祭壇の奥に立つ女神像が僕の足を止めた。


 僕の育った孤児院の礼拝堂にあった、光の女神アルテミナの像と同じ微笑みをしている。

 院長は僕の前で静かに立ち、その柔らかい声が礼拝堂の空気に溶けていった。


 「私は、この施設の院長をしているレイン・カグヤといいます。ここは、女神様に悩みを告白する場所。あなたの心の奥にあるものを、打ち明けていい場所ですよ」


 僕は女神像を見上げた。

 アルテミナの表情は、僕の育った孤児院の像と同じ微笑みを浮かべていた。


 胸の奥がきゅっと痛む。

 堪えていた言葉が、勝手にこぼれた。


 「……僕は、魔法が使えません……女神様から“色”をもらえませんでした……」


 同級生の笑い声が頭から離れない。あの冷たい視線も、押し殺した嘲り声も。

 「……みんなに意地悪されても……誰も……助けてくれない……」

 声は震え、涙がまた頬を伝う。


 「女神に……見捨てられた僕は……告白しても……どうせ聞いてもらえません……どうせ……」


 喉が詰まり、息が苦しくなる。

 それでも、胸の奥に押し込めていた“本音”が止まらなかった。


 「僕は……光の女神なんて……大嫌いです……僕だけ、なんで……」


 涙が止まらない。悔しくて、情けなくて、どうしようもなく苦しかった。

 顔がくしゃくしゃになって、もう前がよく見えなかった。


 ――――――


 レイン院長は、ふっと息を吸うようにまぶたを伏せた。

 驚かず、否定もせず、ただ静かに僕の言葉を受け止めていた。 

 「女神様は、魔法が使える者だけを愛するわけではありません。“色”を与えることだけが加護ではない……私はそう思っています」


 僕の胸の奥で、何かが小さく揺れた。


 そして院長は、まるで当たり前のことを告げるように続けた。

 「……私も魔法は使えませんよ」


 僕は思わず顔を上げた。

 涙でにじんだ視界の向こうで、院長は穏やかに微笑んでいた。

 「しかし、魔法が使えないからといって、女神様に見捨てられたわけではありません。私はずっとそう思って生きてきました」


 レイン院長の声は、慰めではなく、“事実としての優しさ”だった。

 「魔法が使えない私でも、こうして子どもたちを守り、育てる役目をいただいています」


 僕の胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 「私でよければ……お話を聞きましょう」


 その一言は、押しつけでも、同情でもない。“話してもいい”と静かに許してくれる言葉だった。


 言いたいことはある。

 でも、言ったら崩れてしまう。

 ずっと抱えてきた痛みが、全部あふれてしまいそうで。


 それでも──この礼拝堂の空気と、レイン院長の穏やかな声が、僕の心を少しずつほどいていく。

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