第165話 さらわれた婚約者
翌日――
僕たちは、グレイス家の屋敷に集まっていた。
会議室には、当主のグレイスさんをはじめ、ユリシス殿下、カルディナ評議会の関係者、そして傭兵組合からレイスさんたちが顔をそろえている。
重苦しい沈黙が漂う中、オルベルト議長が静かに口を開いた。
「ワイス伯爵夫人がラーカンクス王国の手の者だったこと。
そして、カルディナの自治を認める式典そのものが、襲撃の標的となっていたこと。
これは、もはやユリシス殿下だけの問題ではありません」
議長の声には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
グレイスさんも険しい表情で頷く。
「ラーカンクス王国は、カルディナの商業圏にまで手を伸ばそうとしているようだな」
「まさか、ワイス伯爵夫人がラーカンクスの手の者だったとは……。
ワイス伯爵は、結婚されてから間もなく亡くなられた。
まさかとは思いたくないが、伯爵の死にも何か関係があったのでは……」
議長はそこまで話すと、苦々しげに顔をしかめた。
「そうなると、ラーカンクスは相当前から、この街に工作員を潜入させていたことになりますな」
その言葉に、ジェシーヌさんがハッと顔を上げた。
彼女は、震える指を胸元で握りしめる。
「私……ワイス伯爵夫人に、慈善事業のことで何度も相談していたんです。
支援を必要としている人たちのことや、各地の施設の状況も……」
ジェシーヌさんの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「それに、ワイス伯爵夫人は、街の人たちのお噂にも詳しかったんです。
婦人会のお茶会を通じて、街の有力者のお金まわりや、誰が不貞を働いているかといったことまで……。
いつもあの方の周りには、ご婦人方が集まっていて……」
彼女は言葉を詰まらせた。
会議室に、重い沈黙が落ちた。
――その言葉を受け、ユリシス殿下が静かに口を開いた。
「彼らは王家直属の暗殺部隊――九蛇です。
表には出せぬ、暗殺や潜入、諜報などを担っています。
それだけのことを成し遂げても、何ら不思議ではありません。
そして、彼らを動かせるのは、ラーカンクス王か、あるいはその嫡男であるファロ王子のみ……」
ユリシス殿下の言葉に、会議室の空気がさらに重くなる。
しばらく沈黙が続いた後、オルベルト議長が今後の方針について話を切り出した。
「今後の対策だが、街の防衛を強化するのは当然として、それだけでは根本的な解決にはならない。
いつまた、暗殺集団がこの街を襲ってくるか分からんからな」
議長の言葉を受け、ユリシス殿下が表情を曇らせた。
「王は、宮廷魔導士が宮殿に来てから、以前とは別人のように変わられてしまいました。
私は、奴が王に何らかの呪いをかけたのではないかと疑っています」
殿下は一度言葉を切り、傭兵たちへと視線を向けた。
「そのため、傭兵の皆さんには、呪いを解く手がかりとなる、魔道具の発掘を依頼していたのです」
――その言葉を聞き、僕は昨日、白夜さんから届いた手紙のことを思い返した。
手紙には、僕の身分を明かすことを許可する旨が記されていた。
ラーカンクス王国への対処は、エルミナ共和国にとっても利益となる。
そのため、六賢者からも承認を得られたという。
共和国としても、ラーカンクス王国への対処を最優先事項とし、僕にも特務剣士として、カルディナの人々と協力して行動するよう指示が出されていた。
僕は、皆の視線が戻るのを待ってから、口を開いた。
「その件で、皆さんにお話ししたいことがあります」
会議室にいた全員の視線が、僕へと向けられる。
「実は、私はエルミナ共和国に所属する内偵員です。
特務剣士として、ガルディウス帝国のクーデター以降、混乱が生じている各地の調査を行っています」
突然の告白に、会議室がざわめいた。
僕は皆の反応を見渡してから、話を続けた。
「これまで明かせずにいましたが、今回、共和国から自由都市カルディナと協力し、ラーカンクス王国の問題に対処するよう指示がありました」
ラーカンクス王国がカルディナの街を制圧すれば、エルミナ共和国にとっても看過できない事態となる。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
やがて、オルベルト議長の表情が安堵に緩む。
「それは、我々にとっても願ってもない話です。
アスピア皇国の後ろ盾を失った今、六賢者を擁するエルミナ共和国と協力関係を築けるのは、実に心強い」
議長の言葉に、ユリシス殿下も表情を和らげた。
「私も同じです。
エルミナ共和国が支援してくださるのであれば、八方塞がりだった状況にも光明が差します」
ライルさんが、感心したように僕へと目を向けた。
「どうりで。
ロキさんの剣の腕を見て、ただ者じゃないとは思ってましたよ」
レイスさんやビルさんも、腕を組んだまま大きく頷いていた。
――――――
僕は、ユリシス殿下へと視線を向けた。
「ところで、ユリシス殿下。
ラーカンクス王国には、古代遺跡があるという情報を聞きました」
ユリシス殿下は小さく頷いた。
「はい。たしかに、王国内には今も古代の遺物が残されています。
そして、その中には直系の王族しか立ち入ることのできない場所もあります」
僕は少し考えてから、話を続けた。
「宮廷魔導士やガルディウス帝国は、その遺跡に眠る何かを狙っているのではないでしょうか」
ユリシス殿下は眉を寄せ、難しい表情を浮かべた。
「その可能性はあります。
ただ、正直なところ、私自身も、そこに何が眠っているのかは知らないのです」
「双方が手を伸ばしている以上、そこには相応の価値があるのでしょう。
もし、その力がどちらかの手に渡れば、周辺諸国にとっても大きな脅威となる可能性があります」
ユリシス殿下は僕の言葉に、険しい表情で頷いた。
「おっしゃるとおりです。
そのためにも、一刻も早く王の呪いを解かなければなりません」
王を捉えているのが何なのか。
それは、実際に行ってみなければ分からない。
でも、ネイラなら、それが何なのか分かるかもしれない。
僕はそう考えながら、腕輪へと意識を向けた。
そのとき――
コンコン。
会議室の扉がノックされた。
グレイスさんが扉の方へ顔を向ける。
「どうした。取り込み中だ」
扉の向こうから、慌てた様子の侍女の声が聞こえてきた。
「も、申し訳ありません。
それが……ティアお嬢様のお姿が見当たらないのです。
皆様がお越しになる前までは屋敷にいらしたのですが、その後、どこにもお姿が見えず……。
屋敷中を探しましたが、見つかりませんでした」
報告を聞いたグレイスさんが、椅子から立ち上がった。
「最後に姿を確認したのは、いつだ?」
「一時間ほど前です。
それと、使用人の一人が、同じ頃に屋敷の前を見慣れない馬車が走り去っていくのを目撃したそうです」
その報告を聞いた瞬間、グレイスさんの顔から血の気が引いた。
「まさか……ティアが、その馬車に?」
会議室にいた全員が息を呑んだ。
ティアさんが、何者かに連れ去られたのかもしれない。
会議室に、張り詰めた緊張が走った。




