第163話 共に戦う者たち
騒然としていた議場も、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。
倒れたワイス伯爵夫人と魔獣の遺体は、警備隊員たちによって運び出されていく。
負傷者の手当ても始まり、逃げ惑っていた人々も、ようやくその場に留まれるようになっていた。
「いやあ……とんでもないことになっちまったな」
レイスさんが、魔導砲を肩に担ぎ直しながら大きく息を吐いた。
ライルさんは、床に残された魔獣の爪痕を見下ろしている。
「まったくですね。
まさか、議場の中にあんな魔獣が隠れていたとは」
ビルさんも、疲れた顔で頷いた。
「皆さんのおかげで助かりました。
私一人だったら、ユリシス殿下をお守りできませんでした」
僕がそう告げると、レイスさんは首を横に振った。
「こっちの台詞だ。
兄ちゃんがいなかったら、俺たちだってどうなっていたか分からねえ」
そう言って、レイスさんは魔獣が運び出された方へ目を向けた。
「しかし、まさか目に見えない魔獣まで出てくるとはな……。
あいつは、虚影獣だろう」
「そのようですね」
「組合に報告すれば、討伐報酬も相当な額になるぞ」
「おおっ!」
その言葉に、ライルさんの目が輝いた。
ビルさんは、そんなライルさんを見て苦笑した。
すると――。
ユリシス殿下が、僕たちのもとへ歩み寄ってきた。
「皆さん。この度は助けていただき、本当にありがとうございました。
あなた方がいなければ、私は命を落としていたでしょう」
殿下は僕たち一人ひとりに視線を向け、深く頭を下げた。
隣にいたティアさんも、胸に手を添えて頭を下げる。
「私からも、お礼を申し上げます。
皆さんが守ってくださったおかげで、殿下も私も無事でいられました」
「いえ。間に合ってよかったです」
ティアさんの言葉に、ライルさんは頬を赤くした。
レイスさんが一歩前に出る。
「俺たちは傭兵ですから。
依頼人を守るのが仕事ですよ」
そう言って、少しだけ表情を緩めた。
「ただ、今回ばかりは、ずいぶんと大仕事になっちまいましたけどね」
「本当に……。
皆さんには、どれほど感謝してもしきれません」
ユリシス殿下が、改めて礼を述べた。
――そのとき。
残る議員たちが、僕たちのもとへ集まってきた。
その先頭にいたグレイスさんが、僕たちを見回して口を開く。
「君たちには、本当に助けられた。……ありがとう」
その表情には、安堵と悔恨が入り混じっていた。
「今回の襲撃について、我々も話し合わなければなりません」
オルベルト議長が、険しい表情で口を開いた。
グレイスさんも、再び表情を引き締める。
「まさか警備隊長だけでなく、ワイス伯爵夫人までラーカンクス王国の刺客だったとはな……」
オルベルト議長が、重い口調で続けた。
「我々のすぐそばにまで、敵の手が伸びていたということです。
カルディナの将来を考えれば、これまでの方針を根本から見直す必要があるでしょう。
今回の襲撃はユリシス殿下を狙ったものでしたが、決して殿下だけの問題ではありません。
我々も対岸の火事ではない。そのことを痛感しました」
議長の言葉に、グレイスさんは静かに頷いた。
「この場で話せることにも限りがあるし、明日、私の屋敷で今後の対応について話し合いたいと思う。
傭兵組合には、私から話をしておく。
ぜひ、傭兵の皆やロキ君にも参加してほしい」
ユリシス殿下も頷いた。
「皆さま、どうかよろしくお願いします」
「分かりました」
僕が答えると、レイスさんたちも頷いた。
グレイスさんは、僕たちに向き直る。
「今日は一度、ゆっくり休んでくれたまえ。
私は屋敷に戻り、明日の準備をしておこう」
「分かりました。よろしくお願いします」
こうして、明日はグレイス家の屋敷で、今後の対策を話し合うことになった。
まだ解決しなければならない問題は山積みだ。
それでも、今日ここにいる皆が無事だったこと。
そして、互いに力を合わせて危機を乗り越えられたことを、今は素直に喜びたいと思った。
――――――
夜の闇を、商業都市カルディナの街明かりが淡く照らしていた。
港には、沖に停泊する船の影がいくつも浮かんでいる。
その一角。
街の喧騒から離れた、人気のない埠頭に、一人の女性が佇んでいた。
花売りの姿をした彼女の名は、白夜。
エルミナ魔導師団――闇の隊を率いる斥候隊長である。
白夜は、手の中の通信石に意識を向けた。
その向こうにいるのは、闇の賢者ノクスだった。
「……以上が、今回の顛末です。
ラーカンクス王国の斥候は、まだ一部が街に潜伏しているものと思われます」
通信石から、ノクスの声が響いた。
「やはり、ラーカンクス王国は刺客を送り込んできたか」
「面目ありません。
警備隊長に加え、まさか評議会議員まで奴らの手の者だったとは見抜けず、護衛対象を危険にさらしてしまいました」
白夜は、悔しげに目を伏せた。
しかし、ノクスの声に責める様子はなかった。
「それはよい。悪名高いラーカンクス王国の暗殺集団だ。
奴らを相手に、殿下の命を守り切れただけでも十分だろう」
「ありがとうございます」
「ただ……ロキ・グレイシアか。
まさか、ラーカンクスの刺客まで倒すとはな」
その名を聞き、白夜はわずかに表情を曇らせた。
「私の探索魔法でも追い切れない不可視の刺客を、まるで見えているかのように捉えていました。
動きにも一切の迷いがなく……正直、理解が追いつきません」
「まあ、よい。
ラーカンクスの件に決着がつけば、そのあたりの事情もゆっくり聞き出せばよいだろう」
ノクスの声には、どこか余裕があった。
「ロキが惚れ込んでいる水の賢者アミリアが我々の陣営にいるかぎり、焦ることはあるまい」
「それは、私も同意いたします」
白夜は一度言葉を切り、続けた。
「一つ、具申してもよろしいでしょうか」
「申してみろ」
「今回の一件で、カルディナ評議会や傭兵組合は、ラーカンクス王国を強く警戒しています。
ロキ・グレイシアは、あの純粋さゆえに、意図せずとも彼らの信頼を得ているようです」
白夜は、街の明かりへと視線を向けた。
「であれば、ロキがエルミナ陣営の人間であることを明かすことで、エルミナ共和国とカルディナの間に協力関係を築き、任務の遂行も円滑になるものと考えます」
しばし、通信石の向こうが静かになった。
やがて、ノクスが口を開く。
「分かった。もとより、ロキは正規の斥候ではない。
その方が効率がよいのであれば、遊撃兵として特務に当たらせるのも悪くない。
化かし合いは、お前が影で支えてやれば問題なかろう」
「承知しました」
ノクスは続けた。
「今回の一件で、ラーカンクスの斥候もロキに目をつけているだろう。
だが、あの斥候とも思えぬ無頓着さであれば、かえって敵も警戒を緩めるというもの。
――とはいえ、余計な情報を連中に与えぬよう、お前から忠告しておけ」
「御意」
白夜が答えると、通信石の光がゆっくりと消えていった。
しばらく、彼女はその場に立ち尽くしていた。
街の明かりは、何事もなかったかのように夜の闇を照らしていた。




