第159話 紛れ込んだ刺客
僕とレイスさんは、式典会場へ向かって走った。
その途中、前方から数人の警備兵が駆けてくるのが見えた。
彼らは僕たちとすれ違うと、市場のある方向へと走っていく。
「……まずいな」
レイスさんが、険しい顔で振り返った。
「市場の騒ぎに警備兵が向かってる。
これじゃ、式典会場の警備が手薄になるぞ」
その言葉に、僕ははっとした。
「まさか……鋏甲魔獣は、警備兵を市場に引きつけるためのおとりなのか」
「クソッ……!」
レイスさんが悔しそうに吐き捨てる。
僕たちはさらに速度を上げた。
――――――
会場に足を踏み入れると、式典はまだ続いていた。
評議会庁舎前の広場には多くの参列者が集まり、すでに市場で起きた騒ぎは、会場にも伝わっているようだった。
参列者たちは落ち着かない様子で、時折、市場のある方向へ視線を向けている。
カルディナ評議会議員のグレイスは、周囲の様子を窺いながら呟いた。
「市場の方で何かあったようですな……」
隣にいたワイス伯爵夫人も、不安げな表情を浮かべた。
「心配ですね。何ごともなければいいのですが……」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
参列者の中には、ユリシス殿下とティアさんの姿があった。
ティアさんは不安そうに、ユリシス殿下の腕を握っている。
――僕たちは人混みをかき分け、二人のもとへ急いだ。
「クソッ、人混みが邪魔だ!」
レイスさんが苛立たしげに声を上げる。
「おい、君たち! 何をそんなに強引に――」
僕たちに押しのけられた参列者の男性が、文句を言いかけた。
だが、今は構っている余裕などない。
僕たちはその声を無視し、ユリシス殿下のもとへと急いだ。
そのとき――
参列者たちが市場の方を気にしている中、一人だけまっすぐユリシス殿下へ向かっていく者がいた。
――警備兵だ。
周囲の人々は、誰も気に留めていない。
その警備兵は、ユリシス殿下のすぐ近くまで歩み寄ると、静かに声をかけた。
「ユリシス殿下……」
呼び声に、ユリシス殿下が振り向く。
その瞬間――。
警備兵の手の中に、黒い闇が凝縮した。
それは鋭い刃となり、ユリシス殿下へと向けられる。
「ユリシス、覚悟!」
「――っ!」
刺客だと気づいたユリシス殿下は、とっさにティアさんを突き飛ばした。
だが、闇の刃はすでに振り下ろされていた。
間に合え――!
僕は地面を蹴った。
次の瞬間、ユリシス殿下の目前に割り込む。
――キィンッ!!
鋭い金属音が響いた。
咄嗟に抜いた僕の剣が、闇の刃を受け止めた。
「なっ……! 何だ、貴様!」
警備兵の目が見開かれる。
僕は相手の刃を押し返し、体勢を崩させた。
「くっ……!」
しかし、警備兵もすぐに立て直し、今度は僕に向かって斬りかかってきた。
僕はその刃を受け流し、相手の懐へ踏み込む。
そして――
勢いのまま剣を振り抜いた。
刃が警備兵の身体を捉えた。
「ぐあっ……!」
警備兵は短い呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
ほんの一瞬の出来事だった。
だが、次の瞬間には、会場の空気が一変していた。
「な、何だ!?」
「警備兵がやられたぞ!」
誰かの叫びをきっかけに、広場に悲鳴が広がる。
逃げようとした人が転倒し、その周囲で人々が足を止める。
右往左往する者もいれば、何が起きたのか分からず、その場に立ち尽くす者もいた。
――――――
「ユリシス殿下、お怪我はありませんか?」
僕は剣を構えたまま、ユリシス殿下へと声をかけた。
「ロキ……さん……ですか?
私はかすり傷だけです」
そう答えたユリシス殿下のシャツには、わずかに血がにじんでいた。
「ユリシス様……! お怪我は?」
ティアさんが慌てて駆け寄り、ユリシス殿下の身を案じる。
その一方で、周囲では参列者たちが悲鳴を上げ、我先にと逃げ出していた。
ひとまず殿下の無事を確認し、僕は安堵の息をついた。
すると、ユリシス殿下が驚いたように僕を見つめた。
「どうして、ここに……?」
「ユリシス殿下が狙われるかもしれないという情報を聞いたんです。
それで、急いで戻ってきました」
ユリシス殿下とティアさんの視線が、足元に倒れている警備兵へと向いた。
二人の顔から、さっと血の気が引く。
つい先ほどまで自分たちのすぐそばにいた警備兵が、今は血を流して倒れている。
その光景に、二人は改めて襲撃の恐ろしさを実感したようだった。
「おかげで、助かりました……」
「いえ。間に合ってよかったです」
そのとき、レイスさんが僕たちの会話に割って入った。
「話は後だ。
まだ敵がいるかもしれねえ。
殿下を安全な場所へ移動させた方がいい」
その言葉に、僕は周囲へ視線を走らせた。
逃げ惑う参列者たちの間では、警備兵たちが声を張り上げ、混乱を抑えようとしている。
しかし、混乱は収まらない。
そのとき――。
「何事ですか!?」
こちらへ駆け寄ってきたのは、警備隊長だった。
倒れている警備兵とユリシス殿下の姿を一目見ると、すぐに状況を察したようだった。
「刺客ですか……!」
「ああ。刺客は警備兵に紛れ込んでいたようだ」
「何てことでしょう……!」
警備隊長は険しい表情を浮かべた。
だが、すぐに顔を上げると、周囲の警備兵たちへ指示を飛ばした。
「殿下と評議員の皆さんを最優先で避難させます!
第一班は殿下と評議員の皆さんを庁舎へ!
第二班は避難経路を確保し、参列者を誘導せよ!
残りは広場の警戒に当たれ!」
「了解!」
「刺客は警備兵の制服を着ている可能性がある!
制服だけで信用するな!」
警備隊長の迅速な指示に、警備兵たちは一斉に動き出した。
その直後だった。
「おーい! 無事か!」
人混みの向こうから、ライルさんとビルさんが駆けてきた。
「はさみの魔獣を片づけてきたぜ!」
二人は会場の異様な空気に気づいたのか、すぐに表情を引き締めた。
「……何があったんですか?」
レイスさんが倒れている警備兵を顎で示す。
「刺客だ。ユリシス殿下が狙われた。
兄ちゃんが間一髪のところで防いでくれたが、危ないところだったぜ」
「そうだったんですか……」
「お前らも、ひとまず参列者を庁舎の中へ誘導してくれ。
あそこは軍事侵攻に備えて造られた建物だ。
魔獣が襲ってきても、簡単には突破されないはずだ」
「分かりました!」
ライルさんとビルさんも、すぐに避難誘導へ加わった。
評議会議員や商会関係者に続き、市場の騒ぎから逃れてきた商人や露店の店主たちも、我先にと庁舎へ駆け込んでいった。




