第158話 市場を襲う蟹の魔獣
僕とレイスさんたち生還した傭兵一行は、傭兵組合へ戻り、島での出来事を報告した。
僕たちの帰還を心配していた傭兵たちも集まり、テーブルを囲んだ。
ネイラやリファーナさん、古代文明の研究について、すべてを話すわけにはいかない。
僕は、島が古代遺跡だったことや、探索中に僕たちが目にしたものなど、皆が知っている範囲の情報を選びながら説明した。
ライルさんが、椅子の背にもたれ、深く息を吐く。
「……命が惜しかったら、あの島には絶対に行っちゃいけねえ」
ビルさんが続ける。
「笑い事じゃねえよ。あそこは、まともな場所じゃねえ」
ライルさんたちの声に、周囲の傭兵たちも重々しく頷いた。
やがて、受付のリグナさんが静かに口を開く。
「……ネルさんたちは、残念でした」
その言葉に、場の空気が沈む。
レイスさんは識別票を握りしめ、しばらく黙っていた。
「悪いが……家族のもとに帰してやってくれ」
「わかりました。早急に手配します」
リグナさんは、いつもより少しだけ声を落として頷いた。
僕はリグナさんに向き直る。
「リグナさん。もしよろしければ、私への報酬はいりません。
その分を、ご遺族への支援に充てていただけませんか」
「えっ……ですが、それではロキさんの報酬が」
「いいんです」
僕は首を振った。
「私だけが報酬を受け取るわけにはいきませんから」
レイスさんが顔を上げ、深々と頭を下げた。
「兄ちゃん……あんたには、何から何まですまねえ」
「いえ。僕にできることをしただけです」
少しの沈黙が流れた。
その沈黙を破るように、僕は口を開いた。
「……ところで、ユリシス殿下が心配です」
リグナさんが、はっと顔を上げる。
「そうでした。今日はカルディナ自治記念式典です。
評議会庁舎前の自由公園に、グレイスさんたち評議会議員が参列しているはずです」
「ユリシス殿下も、そちらに?」
「おそらくは。ティアさんもご一緒かと」
胸の奥がざわついた。
「……急いだほうがいい」
僕は椅子から立ち上がった。
「殿下が狙われているのなら、何か起きるかもしれません。
僕は式典会場へ向かいます」
「待て、兄ちゃん」
レイスさんもすぐに立ち上がる。
「俺も行くぜ。
ユリシスの旦那には、話しておかなきゃならねえことがある」
「俺たちも行く」
ライルさんが腰を上げ、ビルさんも頷いた。
「ロキさんには、散々助けてもらったからな」
「今度は俺たちも力を貸すぜ」
さっきまで疲れ切っていた傭兵たちの顔に、少しずつ力が戻っていた。
リグナさんが、僕たちを見つめる。
「お願いします。
どうか、皆さんお気をつけて」
僕たちは急いで組合を後にし、自治記念式典の会場へと向かった。
――――――
カルディナ自由公園
カルディナ港を望む、街の中心に位置するその公園は、市民の憩いの場として親しまれている。
芝生の周囲には花が飾られ、木々の間には色鮮やかな旗が掲げられている。
中央には、カルディナが自由都市として歩み始めた歴史を刻む記念碑がそびえていた。
公園の正面には、かつてアスピア皇国の総督府だった建物を転用した、カルディナ評議会庁舎が建っている。
今日は、アスピア皇国内で起きたクーデターを機に、皇国の統治下から離れて自治都市となったカルディナの自治記念式典が開かれていた。
大国であるアスピア皇国の庇護を失ったカルディナにとって、自治都市としての歩みは決して平坦なものではない。
それでも、商人の街らしく前へ進もうとするカルディナの意志を示すように、式典の広場には大勢の人々が集まっていた。
石造りの評議会庁舎を背に、評議会議員たちが式典に参列していた。
評議会議員のグレイスや、ラーカンクス王族のユリシス、その婚約者であるティアの姿も見られた。
周囲にはルマンドたち商会の代表や街の名士が集まり、自治記念の日を祝っていた。
――――――
僕たちは式典会場へ向かって、街中を走っていた。
そのとき――
前方から、轟音が響いた。
直後、建物の向こうで爆発が起こり、黒煙が空へと立ち上る。
「なんだ!」
ライルさんが驚いた声を上げる。
爆発のあった方向から、人々の悲鳴が聞こえてきた。
通りを歩いていた人々が、我先にと逃げ出してくる。
「市場のほうか……?」
レイスさんが険しい顔で煙を見つめた。
ただの事故とは思えない。
市場で起きた爆発が、ユリシス殿下と無関係だとは思えなかった。
――市場は、普段の賑わいが嘘のような有様だった。
露店の屋台はなぎ倒され、魚介類が地面に散乱している。
商品を並べていた木箱は砕け、魚を売っていた店主が倒れた荷車の陰に身を潜めていた。
その中央で、一体の魔獣が暴れていた。
鋏甲魔獣
巨大な甲殻に覆われた身体。
左右に大きく張り出した鋏を振り回し、逃げ遅れた人々へと襲いかかっている。
「うわっ、こっちに来るぞ!」
逃げ惑う人々の悲鳴が響く。
ライルさんとビルさんが、すぐさま前に出た。
ライルさんが杖を向ける。
放たれた火球が、魔獣の甲殻に激突した。
轟音とともに炎が弾け、魔獣が大きく身をよじる。
「おっちゃん! さっさと逃げろ!」
倒れた露店に足を挟まれた店主に、ライルさんが声を張り上げた。
「傭兵さんがた、すまねえ!」
「気にすんな。早く行け!」
店主は何度も頷くと、よろめきながらも走り出した。
ライルさんとビルさんは、魔獣に向き直って杖を構える。
ビルさんが叫んだ。
「ここは俺たちが引き受けます!
ロキさんとレイスさんは、会場の方へ!」
レイスさんが振り返り、声を張る。
「分かった!
鋏には気をつけろ。掴まれたら真っ二つにされるぞ!」
「分かってますよ!」
ビルさんが答える。
ライルさんは魔獣に杖を向けたまま、口元を吊り上げた。
「来やがれ、鋏の化け物!
焼いて食ってやるぞ!」
――僕とレイスさんは、二人に後を任せ、式典会場へ向かって走り出した。




