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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第21章 残された足跡を辿って
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第156話 街を守る決意を胸に

 島での探索を終え、僕たちは再び船へと戻った。


 小舟に揺られながら、砂浜を離れる。

 波が寄せては返す音も、潮の香りも、どこにでもある海の風景だ。


 けれど、古代文明の光が明滅する空間を歩き続けたせいか、こうした何気ない自然の景色が、ひどく懐かしく感じられた。


 海面に浮かぶ船の残骸を避けながら進むと、沖に停泊していた船が見えてきた。


 甲板では、待ち続けていた船員たちがこちらを見つけ、次々と身を乗り出してくる。


 やがて、僕たちの姿を見つけたロイス船長が、安堵の声を上げた。


「皆さん、ご無事でしたか!」


 ロイス船長は、ほっと胸を撫で下ろした。


 船員たちの視線が僕たちに向き、笑顔が広がる。


「ずっと戻ってこないので、何かあったのではないかと心配しましたよ。

 ……本当に、よかった」


 その声には、心からの安堵が滲んでいた。


 ――船に乗り込むと、足元から伝わる馴染みの揺れに、ほっと息をついた。


 傭兵組合が用意してくれたこの船は、いつの間にか、住み慣れた我が家のように感じられる場所になっていた。


 ライルさんが、深々と息を吐く。


「もう二度と、こんな島には近づきたくねえよ」


 レイスさんも疲れ切った顔で頷いた。


「ああ……。大金積まれたってお断りだ」


「命がいくつあっても足らねえよ」


 ビルさんの言葉に、傭兵たちはそろって顔を曇らせた。


 ロイス船長や船員たちも、何も言わずに頷いていた。


 負傷したロドルさんを船内のベッドに寝かせ、やがて、ネルさんの遺体が慎重に船へと運び込まれた。


 それを見届けたロイス船長が、静かに尋ねる。


「……ほかのお二人は?」


 レイスさんはドッグタグを握りしめ、うつむいた。


「だめだった……。

 回収できたのはネルの遺体だけだ……」


「そうでしたか……」


 ロイス船長は、それ以上何も尋ねなかった。


 皆、ネルさんの変わり果てた姿を見つめていた。

 そして、誰もそれ以上、何も言わなかった。


 ――――――


「……とりあえず出航しましょう。

 組合の皆も心配しているでしょうし、今出れば、明日の朝にはカルディナに着けるはずです」


 その声に、船員たちが動き始める。


 係留していた小舟が引き上げられ、帆が張られていく。

 船尾の魔工機構が低い駆動音を響かせ、船体がゆっくりと動き出した。


 ――船は向きを変え、島を離れ始める。


 遠ざかっていく島を見つめながら、僕はようやく探索が終わったのだと実感した。


 けれど、安堵するにはまだ早かった。

 進行方向の先には、あの嵐が待ち構えていた。


 島の周囲だけは穏やかだった海も、少し離れれば様相を変える。

 黒い雲が空を覆い、荒れ狂う風と波が行く手を阻んでいた。


 ロイス船長が険しい顔で前方を見据える。


「あの嵐を、もう一度越えなければならないのか……」


 船長の声には、隠しきれない疲労が滲んでいた。


 僕もまた、吹き荒れる嵐を見つめた。


 そのとき――。


 僕の腕輪が、淡い光を放った。


「……ん?」


 不思議に思って目を落とした、その直後だった。


 前方を覆っていた黒い雲が、ゆっくりと形を変え始めた。


 ――風が弱まる。


 船体を揺さぶっていた波も、次第に穏やかになっていった。

 まるで、僕たちの進む道だけが、嵐から切り離されたかのようだった。


「これは……? なんで嵐が収まったんだ?」


 ロイス船長が、驚いた様子で前方を見つめている。


 ……まさか、ネイラ?


 僕は腕輪を見つめた。


 ネイラの力によって、島を取り巻く気象装置が一時的に停止しているのだろう。

 僕たちの船が通り過ぎる間だけ、嵐を鎮めてくれているらしい。


 こんなことまでできるのか……。


 古代文明の技術も、それを扱うネイラの力も、僕の想像をはるかに超えている。


 ――本当に、すごいな。


 そのとき、隣にいたライルさんが、空を仰ぎながらぽつりと呟いた。


「……やっぱ、女神様が?」


 ライルさんは手を胸の前で組み、祈るように目を閉じた。


「子供の頃、教会で隠れて弁当食ったり、学校サボって昼寝してすみませんでした」


 その言葉に、僕は思わず苦笑した。


 腕輪は、相変わらず淡い光を放っていた。


 ――――――


 島周辺の海域を抜けると、海は次第に穏やかさを取り戻していった。


 船体を揺らす波も小さくなり、甲板にはようやく安堵した空気が流れ始めていた。


 ロイス船長も、前方の海を見渡してほっと息をつく。


 そんな中、レイスさんが腕を組み、僕に視線を向けた。


「……それで、兄ちゃん。あの島の奥で何があったんだ?」


 僕は少し考えてから、口を開いた。


「あそこは、古代遺跡でした」


「古代遺跡?」


 皆が驚いたように目を見開く。


「僕は、剣の修行をしながら、古代遺跡の調査をしています。

 今回、偶然、傭兵組合とユリシス殿下の依頼でブルーシャークの皆さんを追ってあの島に入りましたが、島の内部が現代の技術とはかけ離れた構造をしていたことで、その疑いが強まりました」


「なんで兄ちゃんは、そんなもんを追ってるんだ……?」


 レイスさんの問いに、僕はわずかに視線を落とした。


「訳あって、詳しい旅の目的についてはお話しできません。すみません」


 そう告げると、レイスさんは腕を組んだまま、しばらく僕を見つめた。


「そうか。まあ、誰にだって話せねえ事情の一つや二つあるだろうさ。

 傭兵稼業をやってる俺らだって、依頼主から口止めされることは珍しくねえ。

 無理に聞き出すつもりはねえよ」


 その言葉に、胸のつかえが少し下りた。


「そう言っていただけると助かります」


 僕が頭を下げると、レイスさんはにっと笑った。


「なに、ここにいる皆、兄ちゃんには助けられたんだ。

 兄ちゃんが悪い人間じゃねえってことくらい、分かってるさ」


 そう言って、レイスさんは僕の全身を改めて眺めた。


「あの剣の腕を見りゃ、ただもんじゃねえってことは分かる。

 それでわざわざ、あんな危ねえ場所に首を突っ込んでるんだ。

 何かやばい事情を抱えてるってことは、傭兵の勘でわかるさ」


 レイスさんは自信ありげに笑った。


 すると、ライルさんも思い出したように笑い声を上げた。


「あの島で、ロキさんに水路から行こうって言われたときは、どうしようかと思いましたぜ」


「まったくだ……。思い出すだけで、まだ体が震える」


 ビルさんも苦笑しながら、自分の腕をさすった。


 あのときの恐怖がよみがえったのか、二人の表情には苦笑いの中にも緊張の名残があった。


 それでも、周囲にいた船長や傭兵たちは、僕に温かな眼差しを向けていた。


 ――――――


 レイスさんは、思い出したように尋ねた。


「ところで、ユリシスの旦那が探してた『真実を映す魔道具』ってのは見つかったのかい?」


「いえ。ユリシス殿下が求めていた、魔道具そのものは見つかりませんでした」


 レイスさんは、残念そうに表情を曇らせた。


「そうか……」


「ですが、遺跡の奥で得られた情報から、ラーカンクス王国にも古代遺跡が眠っていることが分かりました」


「ラーカンクスにも、古代遺跡が?」


 皆の表情が変わった。


 ライルさんが、あからさまに嫌そうな顔をする。


「あんな恐ろしいところ、絶対に行くのはごめんだからな」


 ビルさんも、しみじみと頷いた。


「ラーカンクス王国は、その古代遺跡を巡って、東方の魔法大国とガルディウス帝国との争いに巻き込まれているようです」


 それを聞いたレイスさんは、険しい顔で考え込んだ。


 ユリシス殿下からラーカンクス王国の内情は、ある程度聞いているのだろう。


「どんどんきな臭くなってきたな……」


 レイスさんは何かを思い出したように、ふと顔を上げた。


「そういえば、傭兵仲間から聞いた話じゃ、ガルディウス帝国には血の刃(ブラッド・エッジ)とかいう剣を使う六人組の部隊がいるらしい。

 そいつらに、ラーカンクス王国軍がなすすべもなく蹂躙されてるって話だ」


 血の刃(ブラッド・エッジ)。


 もとはアスピア戦士団の精鋭部隊、六駒(ろっく)。


 レイン先生から、絶対に戦ってはいけないと言われている六人組。


 レイスさんの表情が険しさを増す。


「地獄みてえな有様らしいぜ。

 ラーカンクス王国領の街も、いくつか奴らに滅ぼされちまったらしい。

 王都の住民たちも震え上がってるそうだ……」


 その話を聞いたとき、僕の腕輪が、かすかに青白い光を放った。


 ――アスピア戦士団のたどった末路に、ネイラも思うところがあるのだろうか。


 僕は腕輪に目を落としたが、その光はすぐに消え、何も語ることはなかった。


 僕は、顔を上げる。


「ラーカンクス王の解放に動いているユリシス殿下も、大国にとっては邪魔な存在です。

 刺客を差し向けられる可能性があります」


 レイスさんが目を見開く。


「それと、殿下が身を置くグレイス家や、カルディナの街全体が戦禍に巻き込まれるおそれもあります」


 その言葉に、周囲の空気が一変した。


「俺たちの街が……?」


 誰かが、呆然と呟いた。


 ロイス船長の表情も険しくなった。


「カルディナは、アスピア皇国の庇護がなくなり、治安も軍備も十分とは言えません。

 街を守るうえで傭兵たちの力に頼るところが大きい。

 しかし、今はベテランの傭兵たちも各地へ出払っています。

 街に残っているのは、まだ経験の浅い若い者たちばかりです」


 船長の言葉に、皆が沈黙した。


「……急いでカルディナに戻らねぇと」


 レイスさんが、低い声で言った。


 ――――――


「最大船速で帰ります!」


 ロイス船長は舵を握り直し、進路を確かめる。


 船長の声に、船員たちが気合の入った返事をした。


 重くなった空気を和らげようとしたのか、ライルさんが頭を掻きながら口を開く。


「……こりゃあ、ラーカンクスの殿下やグレイスさんから、たんまり報酬をもらわねえと割に合わねえな」


 皆が呆れた表情をしたものの、張り詰めた空気が少しだけ和らいでいた。


「……俺たちの街を、よそ者に好き勝手させねえ」


 レイスさんの言葉に、皆が頷いた。


 ――――――


 船は波を切り、穏やかな海を進んでいく。


 甲板に立つ皆が、遠くの水平線を見渡していた。


 その先には、いつもと変わらない海が広がっている。


 けれど、その穏やかな海の向こうで、僕たちを新たな波乱が待ち受けていることを、このときの僕たちはまだ知らなかった。


 僕たちを乗せた船は、カルディナの街を目指して進んでいった。

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