第155話 太陽の光
ネイラとの話を終え、僕は来た道を戻った。
ここが何のために造られた施設なのか。
リファーナさんがここで何をしてきたのか。
その一端を知ることができた。
映像とはいえ、変わらないリファーナさんの姿を見ることができて、うれしかった。
リファーナさんがここで無事に出産できたのだと思うと、安堵と喜びで心が温かくなる。
二千年も前の出来事のはずなのに、ネイラを介して彼女の話を聞くと、つい最近のことのように感じてしまう。
そして、ここで生まれたリファーナさんの赤ちゃんが、アミリアへと繋がっていたのだと思うと、不思議な感覚だった。
――僕は手元の腕輪に目を落とした。
淡い光を放っているのは、ネイラと繋がっている証だ。
どこにいてもネイラと繋がっていられる。
古代文明の技術は、本当にすごいと思った。
そして、リファーナさんの意思を継ぐネイラが、いつもそばにいてくれる。
迷ったときには、正しい道を示してくれる。
その存在は、本当に心強かった。
――――――
ただ、ネイラの言葉が耳から離れなかった。
――ユリシス殿下が狙われるかもしれない。
急いで帰って、殿下に知らせなければ。
殿下が滞在しているグレイス家にも、もしかしたらカルディナの街全体にも危険が及ぶかもしれない。
僕は足早に通路を進んだ。
――やがて、壁が左右に自動で開いた。
その向こうには、待機していたライルさんたちの姿があった。
「おっ、ロキさん!」
真っ先に声を上げたのはライルさんだった。
「いやあ、なかなか戻ってこねえから、何かあったんじゃねえかと思ったぜ」
レイスさんも、ほっとしたように胸をなでおろした。
「すみません。長くなってしまって」
ビルさんが苦笑交じりに口を開いた。
「人型の化け物どもがまた襲ってくるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてましたよ」
レイスさんが、改めて僕の顔を見つめた。
「それで、いったい何が分かったんだ?」
僕は一瞬、言葉に詰まった。
この施設のことも、ここで知ったことも、すべてを話すわけにはいかない。
けれど、今はそれ以上に優先すべきことがあった。
「詳しい話は、船に戻ってからにしましょう。
今は急いで戻りたいんです」
「どうした、そんなに慌てて」
レイスさんが怪訝そうに眉をひそめた。
「ユリシス殿下に危険が及ぶかもしれません。
殿下が滞在しているグレイス家にも、もしかしたらカルディナの街全体にも危険が及ぶ可能性があります。
何か起きる前に、急いで戻ったほうがよさそうです」
その言葉に、ライルさんの表情が変わった。
「カルディナは俺たちの街だ」
いつもの気さくな口調とは違う、真剣な声だった。
レイスさんも、ひとつうなずいた。
「よく分からねえが、とにかく戻ろう。
こんな恐ろしい場所、頼まれなくても、さっさとおさらばしたいぜ」
ほかの二人も強くうなずいた。
異論はないようだった。
直後――
壁の奥から低い駆動音が響いた。
状況を分析したネイラが、僕の意図を察してくれたようだ。
壁の一部が左右に開き、その向こうに隠されていた昇降機が姿を現した。
「な、なんだ!?」
ライルさんが驚いて声を上げた。
突然のことに、皆が一斉に身構える。
やがて、昇降機の扉が静かに開いた。
「……どうやら、入口まで戻れそうですね」
僕は何事もなかったかのように告げた。
「おいおい、勝手に動き出したぞ。
いったいどうなってんだ?」
ライルさんは警戒するように昇降機を覗き込んだ。
「古代の施設ですからね。
まだ動く仕掛けが残っているのかもしれません」
僕はそう答え、昇降機に足を踏み入れた。
「とにかく、急いで戻りましょう」
皆が乗り込もうとしたところで、レイスさんがふと足を止めた。
その表情が曇る。
「……待ってくれ」
レイスさんは、通路の奥へと目を向けた。
「せめて、ネルの遺体だけは回収させてくれ。
カルディナにいる家族のもとへ帰してやりてえんだ」
その声には、抑えきれない悲しみがにじんでいた。
「ほかの二人は、あの攻撃で吹き飛んじまった。
だが、あいつらの識別票だけは回収できたんだ」
ライルさんもビルさんも、何も言わなかった。
その願いは、僕も拒めなかった。
「分かりました。そうしましょう」
僕は頷いた。
「施設からの攻撃は止まっています。
今なら大丈夫だと思います。急ぎましょう」
レイスさんは短く頷くと、ライルさんたちとともにネルさんの遺体がある場所へ向かった。
――――――
やがて、レイスさんがネルさんの遺体を背負い、戻ってきた。
ライルさんは、まだ意識の戻らないロドルさんを背負っていた。
ビルさんも、皆の荷物をまとめて持っていた。
全員が戻ったことを確認し、僕たちは改めて昇降機に乗り込んだ。
皆が乗り込み、周囲を見回す。
その直後――
扉が静かに閉まった。
ウィーン。
低い駆動音が響いた。
「うおっ!?」
足元の床が動き出した。
「な、なんだ、これ!」
ライルさんが慌てて壁に手をつく。
昇降機は、僕たちを乗せたまま上昇を始めた。
「床が……上がってるのか!?」
「おい、どこまで上がるんだよ!」
傭兵たちは驚き、慌てて手すりや壁にしがみついた。
「だいぶ深い地下まで降りていたんですね……」
僕は上昇していく昇降機の動きを見守った。
――やがて、上昇が止まった。
目の前の壁が、ゆっくりと左右に開いていく。
その先から――
まばゆい光が差し込んできた。
外の光だ。
僕たちは昇降機を降り、光の差すほうへと歩き出した。
最後の壁を抜けた瞬間、暖かな風が頬を撫でた。
頭上には、どこまでも空が広がっている。
太陽の光が、僕たちの全身を照らしていた。
「……外だ」
誰かが、呆然とつぶやいた。
ビルさんは空を見上げ、何度も瞬きをした。
「太陽だ……もう二度と拝めないかと思ったぜ」
レイスさんはネルさんを背負ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
そして、手に握った傭兵仲間の識別票を見つめながら深く息を吐いた。
「……ネル、ジース、バズ……。
すまねぇ。俺たちだけ生き残っちまって」
ライルさんも、まぶしそうに目を細めながら空を仰いだ。
「ミスリルが埋まっていようと、こんな島は二度とご免だ……。
命がいくつあっても足らないぜ」
レイスさんとビルさんも、しみじみと頷いた。
僕たちは、しばらくの間、太陽の光を浴びながら立ち尽くしていた。
やがて、背後で壁が静かに閉じていく。
僕たちがいた古代施設への出入口は砂に覆われ、再び隠された。
僕はその場所を一瞥し、すぐに視線を戻した。
「船に戻りましょう」
安堵に浸っている時間は、まだなかった。
――――――




