第154話 見通す光
僕は、ネイラに尋ねた。
「リファーナさんの研究所の深層に入るための、残る二つの鍵はどこにあるんですか?」
「一つ目は、ここアスピア大陸から東方、この島の海を更に東に越えた先にあるデナン大陸。
その南方域の砂漠地帯に眠る古代学府の施設に保管されています。
二つ目は、同大陸の北方山脈の雪原地域にある施設に保管されています」
「そんな遠い大陸に……」
思わず、声が漏れた。
「アスピア大陸からデナン大陸へ赴くには、商業都市カルディナから船で東方へ渡るか、北方のラーカンクス王国を経由し、大陸をつなぐ陸路を通って東へ向かうことになります」
ネイラは淡々と説明を続けた。
「デナン大陸南方の施設は、砂漠都市デナンムーアの近郊にあります。
一方、北方の施設は北方山脈の奥地にあり、ヴァルシエル王朝の勢力圏内です」
「ヴァルシエル王朝……」
その名を聞いて、僕は眉をひそめた。
「北方の施設の周辺には、ガイアビナスの古代兵器を製造するための施設も確認されています。
このため、調査には極めて高い危険が伴います」
「なるほど……」
「このため、デナンムーア側からの調査を推奨します。
砂漠地帯にはキャラバンなども存在するため、物資の調達や休息も比較的容易に行えると考えられます」
ネイラの言うことは理解できた。
ただ、僕には今、優先して取り組まなければならない任務がある。
エルミナ共和国からは、ガルディウス帝国の調査を任されている。
それに、ユリシス殿下からは、精神干渉を受けているラーカンクス王を救うため、その干渉を解く手掛かりとなる古代の魔道具を発掘してほしいと依頼されていた。
――僕は、ラーカンクス王と宮廷魔導士を巡る問題や、殿下から古代の魔道具の発掘を託された経緯をネイラに説明した。
「ラーカンクス王国内にも、ガイアビナスの兵器製造施設が眠っています」
「……えっ?」
思いもよらない情報に、僕は驚いた。
「そうすると、ヴァルシエル王朝がラーカンクス王国を乗っ取ろうとしているのも、そのためなんですか?」
そこまで口にして、僕はあることに気づいた。
「そっか……。
昔からラーカンクス王国と戦ってきたアスピア戦士団――今のガルディウス帝国も、そのことに気づいているんだ!」
「その可能性は高いと考えられます。
ラーカンクス王国内の施設は、アスピア大陸側の侵攻・制圧目的に造られた施設です。
ヴァルシエル近郊の施設に比べ規模は小さいものの、古代兵器に関わる技術や設備は、各勢力にとって大きな価値を持ちます」
ラーカンクス王国は、両勢力の争いに巻き込まれているのだろう。
「アスピア皇国の戦士団は、もとはネイ・ガイアの系譜に連なる存在でした。
しかし、その系譜に属する者たちが本来の任務から大きく逸脱したことは、損失です。
これにより、対ガイアビナス殲滅作戦の成功率が大きく低下したことは否めません」
ネイラの声に、怒りや悲しみはなかった。
ただ、事実を淡々と受け止めているようだった。
その平坦な口調が、かえって失われたものの大きさを感じさせた。
「ラーカンクス王の呪いを解く方法について、何か手掛かりはない?」
「現時点では、原因を特定できていません。
したがって、解除方法についても判断できません」
「でも、真実を映し出す魔道具が、この島に眠っているという言い伝えがあるんだ。
それがあれば、目に見えない、王の呪いを解くことができるかもしれない。
ネイラは、何か知らない?」
「呪いを解くと言った魔道具の存在は、私の記録にはありません」
ネイラが知らないということは、やはりユリシス殿下が語っていた話は、単なるおとぎ話なのだろうか。
そんな考えが頭をよぎったとき、ネイラが口を開いた。
「ただし、マスター・リファーナは過去に"観測環"を用いて、ラーカンクス王国をはじめ、各地の調査を行っています」
「観測環……?」
聞き慣れない言葉に、僕は首をかしげた。
すると、ネイラが手をかざした。
台座が音もなくせり上がり、その上に『腕輪』のようなものが現れた。
「これが観測環です。
私の保有する知識を応用し、マスター・リファーナが開発した魔道具です。
私とマスターが、ガイアビナスからの干渉を受けない『閉じた環境』で、相互通信するために作られました」
また、難しい言葉が出てきた。
「魔導連環網は、ガイアビナスだけでなく、ネイラにとっても力の源となるものです。
魔素の網を介せば、遠く離れた施設や端末から情報を取得・解析したりできます。
また、兵器群などに思念を送り、命令したり、その機能に干渉することもできます」
ネイラは淡々と説明を続けた。
「ですが、古代学府で開発が進められていたネイラの魔導連環網が、性能で上回るガイアビナスに乗っ取られれば、ネイラも支配される危険があります。
そのため、ネイラの本体である中枢演算核は、魔導連環網から切り離し、外部からの干渉を受けないよう厳重に保管することにしたのです」
……頭が追いつかない。
「ネイラの分体である私は、基礎機能しか持ちません。
そのため、基本性能では本体の中枢演算核に及びません。
ですが、マスター・リファーナから受け継いだ知識と、その後の改良によって、古代文明でも実装できなかった高度な学習能力を備えています。
したがって、私と本体の中枢演算核が融合すれば、ネイラの性能はガイアビナスに迫ることができるのです。
そのためにも、一刻も早く鍵を取得する必要があります。
――観測環は、そうした隔離技術を応用し、開発されたものです」
……ごめんネイラ。
色々説明してくれたけど、ほとんど分からなかった。
「原理は、今の世界の魔導士が用いる探索魔法や通信石に近いものですが、性能は比較になりません」
ネイラに促され、僕は腕輪を手に取った。
腕にはめると、腕輪から淡い光が投射された。
「ここに来たとき、僕の剣を調べていたのも、その光ですね」
「はい。投射した光を介して対象の情報を取得し、私が解析していました。
詳細な解析によって、通常では見抜けない構造や異常、隠された情報まで明らかにできます」
「リファーナさん、すごすぎる……」
思わず感嘆の声が漏れた。
「当然です。マスターは、魔法工学においても卓越した知識をお持ちでした。
観測環は、その知識と技術の結晶です」
ネイラの声に、わずかな誇らしさがにじんでいた。
どうやら、リファーナさんへの評価については、一切の迷いがないらしい。
「マスターは観測環を用いて各地の遺跡を調査し、数々の隠された事実を明らかにしました。
そうした功績から、いつしか大賢者と呼ばれるようになったのです。
なお、マスターが私に付けてくださった"ネイラ"という名は、古代語で『水鏡』を意味します。
私の半透明の疑似姿と、真実を映す水鏡のような知識の性質にちなんで、そう名付けてくださいました。
マスターの行動を目撃した人々の証言が後世に伝わり、それがいつしか『真実を映す魔道具』という伝承に変化したのかもしれません」
「なるほど……。島に伝わる竜の神様の話といい、ありえないことじゃないんだな」
僕は、手元の腕輪を見つめた。
「こんな大切なものを、僕がもらってもいいんですか?」
「ロキは、マスター・リファーナと同等のアクセス権限を取得しました。
そのため、観測環を扱うことが可能です。
今後の調査は、観測環を介して私が支援します」
思いがけない話に、僕は腕輪を見つめたまま、しばらく言葉を失った。
「ネイラ、ありがとう。すごく心強いよ……」
『マスターのご遺志です』
短い返答だったが、そこにはリファーナさんの意志を受け継ぐという、ネイラの揺るぎない姿勢が感じられた。
僕は、手首にはめた腕輪を改めて見つめた。
見た目は、シンプルな腕輪だ。
これが古代文明の技術の結晶だとは、誰も思わないだろう。
けれど、この腕輪があれば、ネイラと直接やり取りしながら、目の前の物を観測し、解析してもらえる。
ラーカンクス王の呪いについても、何か手掛かりを見つけられるかもしれない。
ネイラが思考を巡らせるのに合わせ、腕輪が淡く光る。
『ラーカンクス王国がどちらかの勢力の支配下に入った場合、ガイアビナスを封印しているエルミナ共和国も危機的状況に陥ると予測されます。
したがって、ラーカンクス王の解放を最優先事項と判断します。
――その過程で、ガルディウス帝国の行動目的を把握できる可能性があります』
「まずは、王を解放することだね」
「はい。ただし、懸念が一点あります」
「懸念って?」
「ラーカンクス王の解放に動いている個体名称ユリシスは、王を支配下に置いているヴァルシエル王朝の攻撃対象となる可能性が極めて高いと判断されます。
一刻も早い保護措置を推奨します」
「ユリシス殿下が、狙われる……?」
僕は思わず息を呑んだ。
「急いで戻らないと……」
ラーカンクス王を救うことは、エルミナ共和国を守ることにもつながる。
ユリシス殿下を危険から遠ざけるためにも、早くカルディナに早く戻らないと。
進むべき方向が見え、僕は淡い光を放つ腕輪を見ながら気を引き締めた。




