第153話 魔欠けに帯びた魔力
映像の中のリファーナさんは、穏やかな笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。
『あなたの時代のダンジョン――かつての私の研究所の深層へ向かって』
映像の中のリファーナさんの表情が、少し曇る。
『でも、その前に研究所へ入るための鍵を探してほしいの。
鍵は全部で三つ。
そのうち一つはこの施設にあり、残る二つも別の施設に眠っている。
ネイラをガイアビナスの浸食から守るため、彼女の"魔導連環網"は遮断されているの。
だから、鍵を使って、直接研究所へ入るしかないの。
鍵を手に入れられるのは、"デバイス"を持っているあなただけ。
どこにあるのかは、ネイラが教えてくれるはずだから、彼女の案内に従って探して』
リファーナさんは、希望を感じさせる表情で言葉を続けた。
『研究所には、古代文明の最先端の時術研究に関する資料が残されているわ。
そして、ネイラの本体である「中枢演算核」も保管されている。
少し難しい話かもしれないけれど、今ここにいるネイラは、いわば分身のようなものなの。
研究所の中枢演算核と統合すれば、ネイラは本来の性能を取り戻せる。
そして、ガイアビナスと世界中の古代兵器をつなぐ魔導連環網も遮断できるはずよ。
それが実現すれば、あなたの虹の刃が、必ずガイアビナスを倒してくれる』
そこで、リファーナさんの表情が少しだけ和らいだ。
『ネイラには、私の全ての知識を託してあるわ。
だから、あなたがどんな時代に生きていても、私はあなたのそばにいる。
そう思ってくれたら嬉しい』
リファーナさんは、そっと自分のお腹に手を添えた。
『あなたと、アミリアさんの。
そして、ローディンが遺してくれたこの子。
未来を生きるあなたたちのことを、ずっと想っているわ』
映像が、そこで途切れた。
――――――
しばらくの間、言葉が出なかった。
映像に映ったリファーナさんの姿は、あの時と変わらない。
また、彼女の姿を見ることができて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
それにしても、リファーナさんがこれほど古代文明に深く関わっていたなんて想像もしていなかった。
「リファーナさんにそんなことが」
ネイラは、ほんのわずかに間を置いてから答えた。
『はい。個体名称、リファーナ・ラズウェル。
当施設への訪問時、当該個体の知的水準は、古代最高学府ライブルの最高位学士に相当しました。
加えて、当該個体は、対ガイアビナス殲滅行動において極めて重要な遺伝子情報を有する胎児を体内に保護していました。
その胎児は、アルテミナ聖戦士団が擁する対ガイアビナス特殊戦闘員ネイ・ガイアの歴史上、最高位の戦闘能力を記録した個体――
ローディン・カウラの遺伝子を受け継いでいました。
彼は、未完成状態のデバイスでガイアビナスに致命的な損傷を与えた希少個体です。
以上の情報に基づき、リファーナ・ラズウェルを最重要保護個体に指定。
古代文明が蓄積した知識および研究成果の継承を託すに足る、古代学府ライブルの正当な継承者と認定しました。
以後、マスター・リファーナの指示およびプログラムに基づき、私が古代文明の研究目的を継承し、各地の研究施設の維持管理を継続しています』
――――――
――――――
ネイラは、僕の腰にある剣へと視線を向けた。
『それでは、鍵の引き継ぎを行います』
「鍵の引き継ぎ?」
『はい。こちらへお越しください』
ネイラに案内され、僕は施設の奥にある部屋へと向かった。
長い通路の足元には青白い光が走り、僕たちの進む先を示すように、奥へと伸びていた。
――やがて視界が開け、巨大な空間が姿を現した。
天井は遥か高く、滑らかな金属質の壁面が遠くまで続いている。
壁や床を走る管は、まるで生き物の血脈のように施設の奥へと伸びていた。
壁際には用途のわからない装置が幾重にも並び、現代の技術では考えられないような造りだった。
中央には、ひときわ目を引く円形の台座が据えられていた。
それが青白い光を放ちながら静かに回転している。
ネイラが台座の前で止まる。
『デバイスを中央の台座へ差してください』
「デバイスとは剣のこと……?」
『はい。ロキが所持するオリハルコン製の刃。
これこそが、古代文明が開発していた対ガイアビナス用デバイスです』
ネイラの声が響いた。
『オリハルコンは、ガイアビナス本体と同質の物質です。
現在確認されている限り、ガイアビナス本体を物理的に破壊できる手段は、このデバイスのみです』
――言われるまま、僕は腰から剣を抜き、台座の中央へ上から差し込んだ。
ぴったりと収まった。
すると、台座の紋様が一斉に淡い光を放った。
その直後、台座の一部が開き、小さな部品がせり上がってきた。
青緑色の光を放つ、見慣れない部品だった。
『鍵の認証を開始します』
部品がゆっくりと浮かび上がり、剣の"鍔元"へと近づいていく。
――その瞬間、この剣を仕上げてくれた鍛冶師のゴードさんの言葉を思い出した。
『この細ぇ溝よ。意匠なのか、ただの摩耗なのか……判断がつかねぇ』
伝説の名工と言われたゴードさんでさえ、正体を見抜けなかった鍔元の溝。
部品は、まるで最初からそこに収まるように作られていたかのように、ぴたりとはまった。
隙間ひとつない。
青緑色の光が溝に沿って走り、剣全体へと広がっていく。
「……あの溝はこのため……」
『はい。そこは補助装置を接合するための接続部です』
僕は、手元の剣を見つめた。
『しかし、このデバイスは完成には至っていません。
完成前にガイアビナスによって文明が滅ぼされたため、各地の研究施設は、防御機構のみを残して休眠状態にあります。
デバイスを最終形態まで完成させるには、私が中枢演算核の本体と統合する必要があります。
――そのためにも、残る二つの鍵を取得しなければなりません』
僕は、鍔元に収まった青緑色の部品を見つめた。
すると、剣に風が渦巻き、水色の光が刃を包み込んだ。
風と水――二つの魔力が、剣そのものに宿っていく。
「でも、僕は魔法を使えません……」
『ネイ・ガイアは、優れた物理的破壊能力と、高度な魔力相殺能力を有しています。
しかし、魔力相殺能力の成長速度が遅く、実用レベルに達するまでに時間を要します。
また、魔力を運用する能力――すなわち、魔法を使えないという致命的な欠点があります』
ネイラは、淡々と説明を続けた。
『そのため、攻撃対象の魔力を相殺しつつ、物理攻撃と攻撃魔法を併用できるようにすることを目的として、補助デバイスの研究が進められていました。
これにより、ネイ・ガイアの戦闘能力を飛躍的に向上させることが可能になります。
今回装着した鍵は、その補助デバイスの一つです。
魔法を扱えないネイ・ガイアを想定して造られたものであり、デバイスを介して魔力を運用することが可能になります』
僕は息を呑んだ。
――――――
『補助デバイスの動作確認を行います』
ネイラに促されて進むと、そこには壁も床も見慣れない素材で覆われた空間が広がっていた。
古代文明の訓練場なのだろうか。
『正面の壁をご覧ください』
正面には、重厚な壁がそびえている。
ネイラの声に反応し、正面の壁が重々しい駆動音を響かせながら左右に開いていく。
そして――
その向こうに広がっていたのは、果てしない大海原だった。
視界を遮るものは何もない。
どこまでも続く青い海と、その先には島への人の接近を拒む嵐があった。
「……すごい」
思わず、言葉が漏れた。
『これより、ネイ・ガイアの剣技を使用してください』
――僕は開いた壁の海側に立つ。
息を整える。
――――
腰の剣の柄を握り、剣先に意識を集中すると、鍔元に装着された補助デバイスが青緑色の光を放った。
次の瞬間――
風が吹き上がる。
僕の周囲で空気が渦を巻き、髪や衣服を激しく揺らした。
意識を向けると、その風の流れが思いのままに変化する。
さらに、海面が大きく波打った。
水面から細長い水の流れが立ち上がり、まるで生き物のように僕の周囲を巡る。
水の動きもまた、僕の意思に応えるようだった。
緑と水色の光が刀身を包み込む。
「風と水が、僕に従っている……。
魔欠けの僕の剣が魔力を帯びるなんて……夢みたいだ」
そして――
「七理の法剣――虹の刃……」
刃が七色の輝きを帯びる。
青と緑がひと際輝き、風が唸り、水が轟く。
剣を構えた僕の周囲で、荒れ狂う嵐がひとつの力へと収束していく。
『――虹閃斬!』
大きく踏み込み、剣を振り抜いた。
七色の光が弧を描き、風と水の奔流をまとった斬撃が大海原へと放たれる。
轟音。
虹の刃が海面を走り、島の先で荒れ狂う嵐を断ち切り、海が割れた。
吹き荒れていた嵐が静まっていく。
虹の刃が走った嵐の切れ間だけ、日の光が差し、青い海を照らす。
『――実験成功』
ネイラの声が響いた。
『通常剣技と、風属性および水属性の魔力併用を確認。
周囲の空気と水を直接操作する能力も発現。
残る補助装置の装着により、さらなる戦闘能力の向上が可能と推定。
なお、補助デバイスの魔力蓄積量には限界があります。
周囲の魔素を取り込んで自動回復しますが、連続使用は出来ません』
「なるほど。魔導士の魔法と同じで、魔力切れを起こすということだね」
『はい』
それでも、魔法を使えるようになったことは大きい。
魔道具のおかげとはいえ、この力はいざというとき、きっと役に立つはずだ。
刀身を包む青と緑の光は、まだかすかに揺らめいている。
その輝きを見つめていると、胸の奥から喜びが込み上げてきた。
――――――




