第151話 知識の守り人
通路を進んだ先には、先ほどの部屋とは異なる一室があった。
壁面には見慣れない紋様が刻まれ、中央には椅子と机に似た設備が並んでいる。
その正面には、光を映し出す複数の画面が浮かび、島周辺の地形を描いた立体地図や、見慣れない情報が次々と表示されていた。
女性は部屋の中央で立ち止まると、僕へと向き直った。
『当施設は、今から約四億年前の文明によって建造されました。
ネイ・ガイアの時代から見れば、古代文明に属する施設です』
「古代文明……やっぱり……」
僕は息を呑んだ。
「それじゃあ、さっき僕たちを襲ってきたのも……」
『当施設は、敵対勢力が生み出したガイアビナスの殲滅を目的とした研究施設です。
ガイアビナスによる重点攻撃対象であったため、各種防御機構が構築されています』
先ほどまで戦っていた兵器の姿を思い返した。
『当施設の防御装置は、拠点防衛型魔導兵装センチネル、および白兵型魔導兵装ガーディアンなどです。
施設内には、自動迎撃型魔導装置も設置されています』
女性は淡々と答えた。
『また、当施設のある島の周辺には、水と風の魔力を応用した魔導回路が構築されています。
島への民間人の接近を抑制するため、特定の気象条件を発生させる機能も備えています』
「気象条件……?」
『はい。島周辺に嵐を発生させることで、船舶の接近を困難にしています』
僕はライルさんから聞いた話を思い出した。
この島に近づく船は、必ず嵐に遭うっていう話はそれが原因だったのか……。
「この島の山は何なんですか?
山腹に、ミスリル合金のようなものが埋まっていました。
自然にできたものには見えませんでしたが……」
『あれは山ではありません。
四億年前、当施設がガイアビナスの使役する天上攻撃型魔導兵装バルキリアの攻撃を受けた際に、迎撃し、堕ちたバルキリアの残骸が覆い被さったものです』
バルキリアは、確か、ガイアビナスが使役する古代兵器の一つ。
「そっか……巨大な残骸に、長い年月の間に土や塵が積もって、山のようになったんだ」
『はい。ミスリル合金は魔法耐性を有する硬質の物質であるため、積もった土壌の下では、今も合金が残っています』
そう考えると、島の中央にそびえる山の異様な形にも説明がつく。
「でも、どうして最近になって山が光ったんでしょう?
船乗りたちが、嵐の中で山が光っているのを見たという話がありました」
『数か月前、エルミナ地方において、ガイアビナスの一時的な復活を確認しています。
その際、ガイアビナスの指令によって、周辺の魔素が一時的に供給されたものと推測されます。
その影響により、バルキリアの残存機能が反応し、発光した可能性が高いと判断します』
四億年も前に落とされて、朽ち果てた古代兵器。
「あの時の、ガイアビナスが原因だったんだ……
バルキリアはもう動かないんですか?」
『当該バルキリアは、機能の大半を喪失しています。
現在、かつてのような攻撃能力を発揮する可能性は低いと推測されます』
「そうなんですね……」
僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
「ところで、貴重な金属ですし、削り取って持って帰るなんてことも?」
『機能の大半が停止しているとはいえ、動力回路などには、この島の周辺一帯を消滅させる程度のエネルギーは残存しています。
不用意な干渉でこれを暴発させた場合、防御結界が構築された当該施設以外、生物が生き残ることは困難です。
したがって、お勧めはしません。
また、機密情報を敵対勢力から保護するため、アクセス権限を持たない者が当施設に侵入した場合、抹殺します』
「……え?」
さらっと恐ろしいことを言われた気がした。
ライルさんには、絶対に手を出さないよう、よく言っておこう……。
――――――
「あの。ところで、僕は、ロキ・グレイシアといいます。
その、ネイ・ガイアではなく、ロキと呼んでもらってもいいでしょうか?」
『なぜですか?』
「なぜって……」
『ネイ・ガイアは、アルテミナ聖戦士団に与えられた、栄誉ある称号です。
文明において、光の女神の名を冠することは極めて重い意味を持ち、この時代の原始的文明水準から見れば、その称号は計り知れない価値を持ちます。
その称号を避けようとする思考は、理解できません』
「そう言われても……呼び慣れなくて、なんだか落ち着かないんです」
『合理的理由とは認められませんが、呼称を変更します。
以後、ロキと呼称します』
女性は間を置かずに答えた。
「ありがとうございます」
「ところで、あなたは誰なんですか?」
『私は、ガイアビナスと同時代に、魔素と自律式魔工演算核によって生成された人工知能です。
古代文明により、ガイアビナスを殲滅するための作戦統合、および各地に点在する研究施設の管理を目的として設計されました』
またしても、想像を超えた話だった。
「ガイアビナスとも戦えるのですか?」
『私の基本性能は、ガイアビナスを下回ります。
したがって、正面から交戦した場合、敗北は確実です。
また、私がガイアビナスと交戦した場合、私に蓄積された知識および技術が、ガイアビナスに統合される可能性が極めて高い状況にあります。
統合が実現した場合、ガイアビナスの総合性能は、現状の180パーセントまで上昇すると推定されます。
その場合、人類がガイアビナスを破壊することは、絶望的な状況となり、最終的には、人類の絶滅に至ります。
しかし、私が、ガイアビナスの解析、対抗作戦の支援を通じて、人類の勝率を高めることは可能です。
人類がガイアビナスに勝利するためには、私の知識および技術がガイアビナスに統合されないことが、必須条件となります』
「えっと……」
難しいことを色々と言われたが、まずい状況になることは何となく分かった。
「つまり、ただでさえ勝ち目のない厄災に、あなたが統合されてしまうと、今よりも強くなって……もっとまずい状況になるってことですか?」
『はい。したがって、私の"中枢演算核"は厳重に保護され、外部からの干渉を遮断する構造となっています』
話についていけなくなってきた。
『ただし、私は、約二千年前に当施設を訪問した人物から技術支援を受け、学習能力が向上し、進化が可能です』
二千年前……?
僕の胸がざわついた。
「リファーナさん……!?」
思わず声が出た。
『はい。マスター・リファーナは、私を『ネイラ』と呼称していました』
やっぱり、リファーナさんはずっと古代文明の謎を追っていたんだ……。
「リファーナさんは、どのようにしてこの島に?」
僕が驚きながら尋ねると、ネイラの背後に淡い光が集まり始めた。
「マスター・リファーナの遺志により、個体名称ロキ・グレイシアが当施設を訪問した際、映像記録を再生するよう命令プログラムが設定されています。
当該命令プログラムに基づき、映像記録を再生します」
――――――
――――――
光は徐々に人の形を取り、やがて一人の女性の姿を映し出した。
映し出されたのは――
リファーナさんだ。
思わず、瞳が潤んだ。
あの時のまま、凛として知的で、それでいて優しさと温もりを感じさせる姿。
懐かしさが、胸の奥から込み上げてきた。
映像の中のリファーナさんは、穏やかな笑みを浮かべて語り始めた。
「ロキ。この映像を見てくれているということは、あなたは私の足跡を追って、ここまで来てくれたのね。
あなたなら、きっとここまでたどり着いてくれると信じていたわ。
ここにいるネイラのことは、信頼してあげてね。
古代文明の叡智を蓄える彼女には、私が持つすべての知識を託してある。
あなたの力になってくれて、きっと頼りになるわ。
あなたも、色々と困惑していると思うの。
だから、順を追って話すわね。
――――
あなたが元の時代に帰ったあとも、私は、古代文明の記録を調べていたわ。
そのうち、ガイアビナスを倒すための古代文明の研究の内容が、徐々に見えてきたの。
あなたの時代にダンジョンと化した私の研究所は、まさにガイアビナスを倒すための、古代文明の最先端研究施設だった。
私は魔法工学や時術研究の秘密を解き明かすため、研究所の深層へ進もうとしたわ。
けれど――
そこには厳重な防御術式が施されていた。
私の知識と魔力でも、それを解除することはできず、その先に入るためには、鍵が必要だったの。
私は調査を続け、施設の最深層へ至るための鍵が、世界各地に点在する古代文明の施設に分散して保管されていることを突き止めたの。
そして――
その鍵の一つが保管されていた施設が、この島だった。
私は、古代兵器の残骸が埋もれるこの施設を発見し、内部へと足を踏み入れたわ。
――――――




