第146話 絶体絶命の広間
ライルさんは、険しい表情で足元に転がる金属の鳥を見つめていた。
やがて、僕へと顔を向ける。
「ロキさん。さっき、古代文明の遺跡ってつぶやきましたか?
――いったい何なんですか、それ?」
ライルさんの声には、戸惑いが滲んでいた。
僕は少し考えてから、口を開いた。
「私も、詳しく知っているわけではありません。
ただ、はるか昔、今とは比べものにならないほど高度な魔法体系や魔工技術を持っていた文明があったようです。
訳あって、私はその遺物を調べているんです」
僕は、壁の一部から突き出した筒状の魔導装置へと目を向けた。
「ここも、おそらく……」
確証があるわけではない。
けれど、これまで目にしたものを考えれば、その可能性は高いだろう。
ライルさんは、顔を引きつらせながら周囲を見回した。
額には脂汗が浮かんでいる。
「……おっかねぇ。俺らの手に負える仕事じゃねぇよ、こんなの」
ビルさんも、青ざめた顔で頷いた。
「あんなとんでもねぇ魔法を連射してきて、化け物みたいな鳥までいる。
この先、もっと恐ろしいものが待ち構えているかもしれねぇ」
無理もない。
僕も、リファーナさんと過ごした時間がなければ、目の前の光景を理解することさえ難しかっただろう。
それでも、ここまで追ってきた以上、引き返すわけにはいかなかった。
「……恐ろしいのは分かります。
でも、今から戻っても、生きて帰れるとは限りません。
今は前に進みましょう」
僕は二人を見つめた。
「……そうですね」
二人は顔を引き締め直した。
そのとき――
「うわああああっ!」
通路の奥から、男の叫び声が響いた。
僕たちは、はっと顔を上げた。
「今の声……!」
ライルさんが息を呑んだ。
「ブルーシャークの連中か……? 声は遠くない!」
しかし、飛び出せば、魔導装置の餌食になる。
どうする……
冷や汗が頬をつたる。
そのとき――
部屋の脇に、水路があるのが目に入った。
水面は暗く、底は見えない。
光の届かない黒々とした水が轟音を立てて流れており、かなりの深さがあるようだった。
おそらく、巨大な施設に流れ込んだ雨水などを排出するための水路だろう。
水路の先は見通せないが、声のした方向へと続いている。
けれど、水の中なら、身を隠しながら進むことができる。
ほかに道はない。
「水路を進みましょう」
僕が告げると、ライルさんが驚いたように目を見開いた。
「水の中を行くんですか? 息が続きませんよ!」
――これが使える。
僕は鞄から、水中呼吸用の魔道具を取り出した。
「組合のリグナさんが、用意してくれたものです」
漁師が水中で呼吸するために使う魔道具だ。
「効果は五分ほどですが……あの攻撃の中、走って切り抜けるよりはましだと思います」
僕は二人に魔道具を渡した。
ライルさんとビルさんは、轟音を立てて流れる水路を不安げに見つめていたが、やがて覚悟を決めたように頷いた。
「……分かりました。それしか手はなさそうですね」
僕は魔道具を口にくわえ、使い方を確かめた。
ライルさんとビルさんも魔道具をくわえ、水路の奥を覗き込む。
ライルさんが、胸の前で手を組み、祈るように目を閉じた。
「どうか、水の中まで、化け物どもがいませんように……」
その言葉に、僕も思わず水面を見つめた。
水の中がどうなっているのかは分からない。
何が潜んでいるのかも、水路の先がどこにつながっているのかも分からなかった。
それでも――
ここで立ち止まるわけにはいかない。
僕たちは互いに顔を見合わせ、意を決して水路へ飛び込んだ。
――――――
バシャッ!
冷たい水が全身を包み込んだ。
飛び込んだ勢いのまま、水中へと引きずり込まれる。
――想像以上の流れだった。
身体が一気に押し流され、視界が激しく揺れる。
僕はとっさに腕を伸ばした。
指先が壁面をかすめる。
なんとか体勢を立て直し、流れに逆らわないよう、身体を前へ向けた。
魔道具のおかげで呼吸はできる。
これがあってよかった。
だが、視界は悪い。
水面から差し込む青白い光も、すぐに暗闇へと溶けてしまう。
僕は二人の姿を確かめながら、水路の奥へと進んでいった。
どれほど進んだだろう。
やがて、前方にかすかな光が見えた。
水路の先が、急に開けている。
――出口だ!
僕たちは流れに押されながら、光の差す方へと進んだ。
水路の出口を抜けると、そこには足をかけられる段差があった。
僕は必死に手を伸ばし、縁をつかむ。
足をかけ、どうにか水路から這い上がった。
続いて、ライルさんとビルさんも這い上がってくる。
三人とも床に倒れ込むようにして、荒い息を吐いた。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、僕は背後を振り返った。
魔導装置の追跡はない。
――切り抜けられた。
そう思った途端、全身から力が抜けそうになった。
――――――
そこは、天井の高い円形の広間だった。
壁面には金属の板が幾重にも組み込まれ、青白い光を放つ線が網目のように走っている。
床には幾何学模様が刻まれ、広間の中央には、用途の分からない巨大な装置がそびえ立っていた。
何に使うものなのかすら分からない。
その異様な光景に目を奪われかけた。
そのとき――
ドドドドドド!
激しい音が響いた。
ライルさんが、今にも泣き出しそうな声で叫んだ。
「今度はなんだよぉ!」
広間の奥で、二つの人影が何かと戦っている――
二人の前に立ちはだかっていたのは、金属質の人型の何かだった。
しかし、やはり生き物ではない。
あれも魔導装置?
しかし、今までの装置とは異なり、自ら動いている。
魔導の仕掛けで動く兵器なのだろうか。
全身を金属の装甲で覆い、頭部には顔らしきものがない。
人間に似た四肢を持ちながら、その動きには一切の無駄がなかった。
人型の魔導兵器が腕を持ち上げる。
その先端に、青白い光が収束した。
「くそっ、また来るぞ!」
一人が叫ぶ。
直後、人型兵器の腕から光が放たれた。
轟音とともに、凄まじい勢いで魔力の奔流が押し寄せる。
一人が咄嗟に魔法障壁を展開した。
だが――
バキィンッ!
障壁に亀裂が走り、一瞬で砕け散った。
「ぐあっ!」
二人の身体が衝撃に吹き飛ばされ、床を滑る。
それでも、一人はすぐさま体勢を立て直した。
「まだだ……!」
掲げた手に握られた魔導砲に、魔力が集まっていく。
次の瞬間――
ドガーン!!
男の放った魔導砲が人型兵器を直撃した。
爆発が起こり、人型兵器が後方へと吹き飛ばされる。
だが、人型兵器は一体だけではなかった。
広間の奥には、さらに何体もの人型兵器が立っている。
絶え間なく人型兵器が二人に迫る。
「くそっ、数が多すぎる……!」
男の声が震えた。
もはや、立っているのがやっとのようだった。
逃げ場はない。
人型兵器が、二人へと照準を合わせる。
「ちくしょう……ここまでかよ」
光が膨れ上がった。
男は、迫り来る死を覚悟したように、静かに目を閉じた。
――――――




