第145話 未知の脅威
身体に浮かんでいた赤い光も、いつの間にか消えている。
「……止まったのか?」
ライルさんが、息を切らしながら振り返った。
僕たちは警戒を解かないまま、慎重に足を進めた。
その先に、崩れた壁があった。
瓦礫のそばに、人が倒れている。
「……っ!」
僕は思わず足を止めた。
同時に、ライルさんが、かすれた声でつぶやいた。
「……ネルさんだ」
足には、魔獣に噛みつかれたような傷跡が残っている。
ここまで続いていた血痕は、彼のものだったのだろう。
そして、脇腹には焼きえぐられたような傷があった。
とても助かるような傷ではない。
「負傷した足で、逃げきれなかったんだ……」
ライルさんが、悔しそうに唇を噛んだ。
「ネルさんは、ブルーシャークの支援魔法担当です。
いつも怪我をした仲間を真っ先に治療してくれる、いい人だったんですよ……」
彼はそれ以上、言葉を続けられなかった。
僕たちは、ネルさんの死体を前に、しばらく言葉を失っていた。
やがて、僕は意を決して口を開いた。
「……他の四人は、先に進んだようですね。
今は、前に進むしかありません」
二人も、黙ってうなずいた。
もはや、引き返すという選択肢はなかった。
僕たちはネルさんの死体を背に、再び通路の奥へと進んでいった。
――――――
通路を抜けた先には、広々とした空間が広がっていた。
天井は高く、ところどころに太い柱が立ち並んでいる。
壁や床は通路と同じく、鈍い光沢を帯びた金属のような素材で造られていた。
そのとき――
空間の奥で、何かの物体が動いた。
中央に開いた筒状の穴が、こちらを向く。
次の瞬間、赤々と燃える火球が飛んできた。
「危ないっ……!」
火球は、僕たちのすぐ脇を通り過ぎ、背後の床に激突した。
轟音とともに、床が砕け散る。
「今度はなんだ!?」
ライルさんが叫ぶ間にも、次々と火球が放たれた。
一発や二発ではない。
まるで雨のように、火球が立て続けに飛来する。
轟音が絶え間なく響き、床が砕け、柱の表面が次々とえぐられていく。
「くそっ!」
ビルさんが杖を構え、僕たちの前に魔法障壁を展開した。
半透明の壁が、飛来する火球を受け止める。
だが、あまりの連射に、障壁が激しく揺らいだ。
バキンッ!
ひびが走ったかと思うと、魔法障壁はあっけなく砕け散った。
「くそっ、なんて数だ……!」
「受けきれない! 逃げろっ!」
僕たちは火球を避けながら、柱の陰へと走った。
しかし、連射は止まらない。
柱の陰に身を隠しても、火球がすぐそばの床を砕き、破片が頬をかすめていく。
このままでは、まともに身動きも取れない。
「いったい、何が攻撃してきてるんだ!?」
ライルさんが叫んだ。
僕は火球の飛んできた方向に目を向けた。
そこには黒銀色の物体があるだけで、人影は見当たらない。
それでも、火球は正確に僕たちを狙い、容赦なく撃ち込まれてくる。
「化け物でもいるってのかよ……!」
ライルさんが悪態をついた。
――――――
僕たちは隙を見て走り、どうにか壁際へとたどり着いた。
そのとき――
頭上で、かすかな羽音のようなものがした。
「――上だ!」
ビルさんが叫ぶ。
はっと顔を上げると、鳥が飛び回っていた。
鳥は翼を広げることもなく、空中で不自然に静止したかと思うと、こちらへ向かって急降下してくる。
その嘴の先に、青白い光が走った。
「鳥の魔獣か!? 雷魔法を使うぞ!」
ライルさんが杖を振るう。
放たれた魔法が鳥を捉えた。
金属の身体が火花を散らしながら、床へと落ちていく。
だが、すべてを撃ち落とせたわけではなかった。
一羽が、ライルさんの頭上へと迫っていた。
「危ない!」
僕は剣を抜き、ライルさんの頭を狙う鳥へと踏み込んだ。
ザシュ!
剣が閃く。
鳥は真っ二つに裂け、床へと落ちた。
僕たちは、落ちた鳥を見下ろした。
「……なんだ、こいつは?」
ライルさんがつぶやいた。
その鳥に羽毛はなく、身体は硬質な金属で形作られていた。
その内部からは、生き物の血肉ではなく、青白い光が漏れ出している。
「魔道具、なのか……?」
ビルさんが、戸惑ったようにつぶやく。
僕は、落ちた鳥を見つめながら、ここへ来るまでに目にしたものを思い返していた。
山を覆っていた、あまりにも不自然な岩肌。
地中に埋もれていた、ミスリル。
そして、目の前に転がる、金属でできた鳥。
どれも、この世界の常識からはかけ離れている。
――いや、違う。
僕は、かつて似たようなものを見ている。
エルミナやアスピアの禁則地で戦った、古代兵器だ。
形こそ違う。
だが、どこか雰囲気が似ている。
生き物ではないのに、まるで意思を持つかのように動き、こちらを攻撃してくる。
そう――
リファーナさんが話していた。
二千年前、彼女から聞いた、古代遺跡のダンジョン。
そこに仕掛けられた罠は、外部からの侵入者を防ぐための防衛装置だという。
「ここは、古代文明の遺跡……」
自然と、言葉が漏れた。
嵐の中、漁師が見た光る山。
竜の神様にまつわる迷信。
そして、ユリシス殿下が語っていた、おとぎ話に登場する魔道具。
まだ、分からないことだらけだけど。
バラバラだった言い伝えは、全てつながっている気がした。
この奥には、まだ何かがある。
――――――




