第143話 その島の噂
僕たちは足跡を追い、森へと足を踏み入れた。
島の中央にそびえる山を目印に、僕たちは木々の間を進んでいく。
木々の枝葉が頭上を覆い、差し込む光はまばらだ。
湿った土の匂いが漂い、遠くからは鳥の鳴き声が聞こえてくる。
しかし、しばらく進むと、獣の声が森の奥から響いた。
「キキー!」
「何か来ます!」
茂みをかき分けて現れたのは、狼に似た魔獣だった。
こちらを敵と認識したのか、低く唸りながら飛びかかってくる。
僕は一歩前に出た。
魔獣の動きを見極め、剣を抜く。
すれ違いざまに一閃すると、魔獣は短い悲鳴を上げて地面に倒れた。
攻撃も単純で、さしたる脅威ではなかった。
「先に進みましょう」
僕たちは再び足跡を追い始めた。
しばらく歩いたところで、傭兵の一人が僕に声をかけてきた。
彼の名前はライルさんという。
もう一人の傭兵は、ビルさんだ。
「ロキさんは、魔法を使わないんですね。どうして剣を?」
悪気のない質問なのだろう。
けれど、僕は少しだけ答えに詰まった。
「……私は魔法が使えないんです。
母国の学院では『魔欠け』なんて呼ばれていまして。
それで、剣を持つようになったんです」
話しているうちに、少し気まずい空気が流れた。
「そ、そうだったんですか……。でも、噂に違わぬ剣さばきでしたよ。
剣を使う、とんでもない旅の青年がいるって、ブルーシャークの人たちも、組合の酒場であなたを仲間に引き入れたいと盛り上がっていました」
ライルさんは慌てて言葉を継いだあと、照れくさそうに頬をかいた。
「実は、自分も人のことは言えないんです。
地元の魔法学校では落ちこぼれでしてね。親不孝ばかりしてきたあげく、結局、今じゃ傭兵稼業です」
そう言って、彼は苦笑した。
「でも、傭兵になってからは、魔法学校での成績なんて誰も気にしません。
魔法が得意な奴もいれば、道具を使う奴もいる。もちろん、剣だっていいんです。
大事なのは、仲間と一緒に生きて帰れるかどうかですから」
彼の言葉には、卑屈さの奥に、傭兵稼業への愛着が感じられた。
大事なのは、仲間と生きて帰ること。
学院で居場所のなかった僕にとって、その言葉は妙に心に残った。
「そういえば、この島について、傭兵仲間の間でも妙な噂があるんです。
島に近づくと必ず嵐に遭うとか……。
あと、最近だと、島の近くを通りかかった船乗りが、嵐の中で島の山が光っているのを見たとか……」
ライルさんは何かを思い出したように、続けた。
「そういえば、うちの爺さんは漁師だったんですが、この島には『竜の神様』が住んでるから、近づいちゃいかんって、よく話してましたよ。
昔の船乗りは、漁の安全を願って、この島に祈ってたそうです」
彼は肩をすくめ、苦笑した。
「まあ、そっちは年寄りの迷信でしょうけどね」
そう言ってから、彼は森の奥へと目を向け、表情を引き締めた。
「ブルーシャークも、山が光ったって話を聞いて、とりあえず山へ向かったんだと思います。
危ない橋を何度も渡ってきた奴らが消息を絶ったんです。
……山に何かあるっていう勘は、当たっていたのかもしれませんね」
――――――
――――――
僕たちは、さしたる脅威に遭遇することもなく、島の中央へと近づいていた。
森の中を進むにつれ、足元の傾斜は次第に急になっていった。
木々の間から見える斜面はさらに奥へと続いているが、その先は木々に遮られ、見通すことはできない。
僕たちはいつしか、島の中央にそびえる山の斜面へと足を踏み入れていた。
木々の間から見える山腹には、岩肌がむき出しになった場所が点在している。
斜面のあちこちで岩が崩れ、土砂とともに木々を押し倒した跡もあった。
その中に、ひときわ奇妙な一角があった。
地面が大きく盛り上がり、その周囲は崩落によって深くえぐれている。
でこぼこに崩れた岩肌の中で、盛り上がった部分だけが妙に滑らかな曲面を保っていた。
「変わった岩肌の山ですね」
ライルさんがつぶやいた。
僕たちは、木々の間から見える奇妙な岩肌を気に留めながら、斜面を登っていった。
山腹へと続く足跡を追っていた僕は、地面に点々と残る赤黒い染みに気づいた。
血だ。
周囲を見回すと、幹が黒く焦げた木々が目に入った。
中には、幹の途中から折れているものもある。
「争った跡ですかね」
ライルさんが声を上げた。
「こっちに来てください!」
呼ばれて近づくと、少し先の木の枝に包帯が引っかかっていた。
布には血が染み込んでいるが乾ききっていない。
さらにその先には、複数の魔獣の焦げた死体が転がっていた。
「……ここで魔獣とやり合ったのか」
僕はしゃがみ込み、血痕の先へと目を向けた。
足跡は、山の斜面へと続いている。
「負傷者はいるようだが、足跡はまだ続いている。
何とか先へ進めたらしいですね」
――――――
さらに山を登り続けるうちに、傾斜は次第に急になっていった。
足場も悪くなり、木々の間を縫うようにして進んでいた僕たちは、やがて山腹にある奇妙な形に盛り上がった岩肌へと目を留めた。
「あそこだけ妙な形をしていますね」
ライルさんが、盛り上がった岩肌に近づいた。
気になったのか、彼は手にした杖の先で、その表面を軽くつついた。
ぱらぱらと土が崩れ、岩肌の一部が露わになる。
その瞬間――
カン。
杖の先から、硬質な音が響いた。
ライルさんは手を止め、怪訝そうに眉をひそめた。
「何だ、これ……!」
彼は身をかがめ、土の剥がれた部分を覗き込んだ。
――――――




