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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第21章 残された足跡を辿って
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第142話 荒れ狂う海

 出航から半日ほどが経過した。


 僕は、船首の甲板に立ち、水平線の彼方へと目を向けていた。

 見渡す限り、青い海が広がっている。


 追い風を帆に受け、船尾の魔工機構が生み出す推進力も安定している。

 小型船ならではの機動性を活かし、波を切り裂くように進んでいく。


 甲板では、船員たちが慣れた手つきで作業を進めていた。

 帆や索具を調整する者、周囲の海を見張る者。

 それぞれが自分の役割をこなし、船は順調に航行を続けている。


 やがて、僕は船室へと向かった。


 「ロキさん、どうです? 船の乗り心地は」


 ロイス船長が笑顔で尋ねてきた。


 「すごい船足ですね。これなら予定より早く目的地に着けそうです。

  傭兵組合も、こんなにいい船を用意してくれるなんて」


 ロイス船長は舵を取りながら、満足げに頷いた。


 「アスピア皇国の庇護を失い、自由都市となったカルディナは、商業で成り立っています。

  商人たちの交易を護衛する傭兵がいなければ、今の繁栄は維持できません。

  カルディナでは、商人と傭兵は、互いに支え合う関係なんですよ」


 なるほど。カルディナが傭兵を無碍にできない理由もわかる気がした。


 ロイス船長は、ふと窓の外へ目を向けた。

 すると、その表情がわずかに曇った。

 

 「ただ……風が湿っていましてね」


 「風、ですか?」


 「ええ。今は穏やかですが、こういう風が吹くと、大抵はひと荒れするんですよ」


 ロイス船長は窓の外を見つめたまま、続けた。


 「あの島の辺りは、普段から波が荒いんです。

  ですが、今日はいつもと少し様子が違う気がしましてね……」


 ――――――


 やがて、船長の不安が的中するように、船は次第に進みにくくなっていった。

 穏やかだった海面に小さな波が立ち始める。


 追い風だった風が、いつしか船首から吹きつける向かい風へと変わっていた。


 船体が揺れ、甲板を歩く船員たちが足元を確かめるように踏ん張る。

 空を覆う雲も、いつの間にか厚みを増していた。


 そして――


 ぽつりと冷たい雫が頬に落ちた。


 「雨か……」


 呟いた直後、風が唸りを上げた。


 ――さっきまでの穏やかな航海が嘘のようだった。

 風は強さを増すばかりで、波は次々と船体へ打ちつけてくる。


 白い飛沫が甲板にまで吹き込み、視界を遮った。

 激しい横風が船体を叩き、船が大きく傾く。


 甲板のあちこちから船員たちの怒号が飛び交い、傭兵たちも手近な支柱や縄を掴んで身体を支えた。


 ロイス船長は荒れ狂う海を睨みながら、船員たちに指示を飛ばした。


 「全員、踏ん張れ! 手を離すな!」


 ロイス船長の声が響く。


 「この船の安定性なら、そう簡単に沈むことはありません! ですが、少しばかり荒れますよ!」


 僕も手すりを掴み、揺れる甲板に足を踏みしめた。

 

 通常の帆船なら進むこともままならない向かい風が強まる中、船尾の魔工機構が唸りを上げ、力強い推進力を生み出していた。 


 荒れ狂う風と波は、まるで島への接近を拒むかのように、僕たちの行く手を阻んでいた。


 ――その一方で、僕はふと奇妙な感覚を覚えた。


 船が揺れるたび、腰の剣が脈動しているように感じた。

 僕はなぜか、その振動が島からの呼び声のように思えた。


 荒れ狂う海の向こう、雲に覆われた島影を、僕はじっと見つめた。


 ――――――


 ――――――


 荒れ狂う海を進むうち、やがて前方に島影が見えてきた。


 直径七、八キロほどはあるだろうか。

 海岸線には木々が生い茂り、島の中央にはひときわ高い山がそびえている。

 遠目には、深い森に覆われた静かな島に見えた。


 だが、海岸に近づくにつれ、僕たちは異様な光景を目にすることになった。


 岩場や砂浜には、いくつもの船の残骸が打ち上げられていた。

 砕けた船体の一部が散乱し、朽ちかけた帆が風に揺れている。

 中には、海賊船と思しきものもあった。


 「あれは?」


 傭兵の一人が声を上げた。

 皆の視線の先には、大きく傾いた一隻の船があった。


 「……ブルーシャークの船です」


 同行していた傭兵が、険しい表情で呟いた。


 僕は目を凝らした。

 比較的新しい船体は大きく損傷していたが、甲板に人影は見当たらなかった。


 彼らの消息を案じる空気が、皆の間に重く漂っていた。


 ――船員と傭兵が、小舟でブルーシャークの船を調べに向かった。


 ――――――


 しばらくすると、彼らが戻ってきた。


 「中はもぬけの空です。

  船底に穴が開いていて、嵐に襲われながらも、どうにか上陸できたようです」


 続いて、別の船員が周囲の残骸を見渡しながら口を開いた。


 「ほかの船は、かなり古いものもありますね。

  あの海賊船らしき船は、構造からして数百年前のものです。

  お宝目当てに上陸しようとして、帰れなくなったんでしょう」


 船員は朽ちた海賊船に目を向け、声を潜めた。 


 「船内には、朽ち果てた骨の欠片らしきものも残っていました。

  周囲にも人影はありません」


 船長は、傾いたブルーシャークの船を見つめたあと、静かに口を開いた。


 「彼らは上陸したようですね……」


 ――ロイス船長の指示で、船は慎重に海岸へと近づいた。


 あれほど荒れ狂っていた風と波が、嘘のように弱まっていた。


 気づけば、空はすっかり夜の色に染まっていた。

 雲の切れ間から星々が顔を覗かせている。


 だが、島から離れた海では、依然として嵐が吹き荒れていた。


 「……これ以上、船を近づけるのは危険ですね」


 ロイス船長は海の様子を確かめながら、険しい顔で告げた。


 「この船はここで待機します。上陸には小舟を出しましょう」


 僕たちは小舟に乗り換え、砂浜へと向かった。


 ――足が砂に触れた瞬間、僕は周囲を見渡した。


 波打ち際には、いくつもの足跡が残されていた。

 複数の足跡が、砂浜から草地を抜け、島の内陸へと向かっている。

 足跡はやがて木々の間へと続いていた。


 僕は、救護要員として、傭兵二人に同行をお願いした。


 「……私たちで、先を確かめてきます。

  船長と残りの方々は、ここで船を守っていてください」


 ロイス船長は心配そうに頷いた。


 「分かりました。どうか、お気をつけて」


 僕たちは、船員や護衛の傭兵たちに見送られ、島の内陸へと歩を進めた。


 ――――――

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