第140話 交錯する思惑
聖浄院 円卓の間
荘厳な会議室に、六賢者が集まっていた。
その場には剣聖レインの姿もあり、彼にくっついてきたリリーナも、ちょこんと座っていた。
円卓の中央には通信石が置かれ、白夜からの報告が届けられていた。
『以上が、ロキ・グレイシアから受けた報告です』
通信石から響いていた声が止む。
しばしの沈黙が、会議室を満たした。
やがて、雷の賢者ライゼルが口を開いた。
「ワルキューレの発掘にラーカンクス王国が関与していたことは把握していた。
だが、王が呪いを受け、支配されているという話は、どこまで信用できるのだろうか」
闇の賢者ノクスが応じた。
「諜報員の報告によれば、アスピア皇女は、ラーカンクス王国と関係を築こうと水面下で動いていたようだ」
その言葉を受け、リリーナが静かに口を開いた。
「お母さまがね、あの国とは仲良くしないといけないって言ってました。
大事なものもあるって。でも、わたしにはよくわからなくて……」
皆の視線がリリーナに集まる。
リリーナは少し考えるように首を傾げ、それから言葉を続けた。
「それで、王様がアスピアの宮殿に来たときは、とても優しかったです」
"時の巫女"であるリリーナの表情には、大好きだった母の言葉を大切にしようとする、まっすぐな思いがにじんでいた。
ライゼルはしばし考え込んだあと、静かに頷いた。
「なるほど。ロキ・グレイシアの報告とも矛盾しない。
王が本来の意思に反して動かされている可能性は、十分にありそうだ」
火の賢者イグナが腕を組んだ。
「ジーク教とのつながりを考えれば、宮廷魔導士はヴァルシエル王朝と関係のある人物と見てよさそうだな。
だが、なぜ両国は、ラーカンクスのような小国にこだわる?」
レインはリリーナに目を向けてから、口を開いた。
「私が開戦の日、リリーナ姫の母君である故エレオノーラ殿下とお話しした際、殿下はすでにアスピア戦士団をラーカンクス王国へ派遣し、調査を進めておられました」
その言葉に、賢者たちの表情が変わる。
「今の状況を踏まえれば、ラーカンクス王国には、いまだ明らかになっていない何かが眠っていると考えるべきでしょう」
イグナは低く唸った。
「ヴァルシエルの連中はワルキューレを発掘したあとも、ラーカンクスに留まり、ガルディウスも住民の命など顧みず、容赦なく攻め込んでいる。
どいつもこいつも、あの国に執着して、よほど大事なものがあるんだろうな」
ライゼルが憂慮をにじませた。
「ガルディウス帝国とラーカンクス王国は、激しい戦闘を繰り広げており、そのどちらかが国を掌握したとしても、世界にとって危険な事態になりかねない」
ノクスが頷いた。
「もう一つ懸念がある」
皆の視線が集まる。
ノクスは円卓に置かれた地図へと目を落とした。
「ユリシス殿下が身を寄せているカルディナにまで、ヴァルシエル王朝が手を伸ばせば、ガルディウス帝国も黙ってはいない。
戦禍はさらに拡大するだろう
カルディナは大きな経済力を持ち、各地を結ぶ交易路の要でもある。
あの街をどちらかの国に押さえられれば、エルミナ共和国も危険な状況に置かれることになる」
賢者たちは地図へと視線を落とした。
カルディナを失うことが、自国にどれほどの影響を及ぼすか。
それは誰の目にも明らかだった。
ノクスは一同を見渡し、話を続けた。
「ロキ・グレイシアがユリシス殿下に素性を明かしたことは、諜報員として感心できるものではないが、ラーカンクス王国の独立を果たそうとするユリシス殿下の狙いは、エルミナの国益とも合致している」
ノクスは地図上のラーカンクス王国とカルディナを順に見た。
「ラーカンクス王国と、巨大な経済力と交易路を持つ商業都市カルディナ。
それを結ぶ人物がユリシス殿下だ。
この双方と協力関係を築くことができれば、ガルディウス帝国とヴァルシエル王朝の両方に対抗するうえで、大きな力となるだろう」
そして、ノクスは結論を告げた。
「ロキ・グレイシアには、このままユリシス殿下との協力関係を保たせ、ラーカンクス王の解放を支援させるべきだろう」
ライゼルが頷いた。
「異論はない。
それにしても、ここまで先を見据えていたとしたら、ロキ・グレイシアには内政の才があるのかもしれんな」
賢者たちは、感心したように顔を見合わせた。
だが、その空気を打ち破るように、レインが口を開いた。
「いえ、彼はそんな難しいこと、考えていませんよ」
あまりにもあっさりと言い切るレインに、賢者たちは一斉に目を向けた。
「……そうなのか?」
ライゼルは困惑したように眉をひそめた。
その隣で、アミリアが苦笑を浮かべていた。
――ひとまず話がまとまると、ライゼルはふと思い出したように話題を変えた。
「ところで、"真実を映し出す魔道具”とは何なのだ?」
ノクスは静かに首を横に振った。
「そのような魔道具は聞いたことがない。
単なるおとぎ話なのか、それとも何らかの魔道具が実在するのか……。
現段階では判断できぬな」
ライゼルはレインへと視線を向けた。
「レイン殿はどう思う?」
レインは少し考えてから、口を開いた。
「私には、魔道具のことは分かりません。
ただ――私は、ロキ君の意思を尊重したい。
彼は大賢者ラズウェル様と二千年前を共に過ごし、その遺志に触れた唯一の人物です。
私たちには見えない何かを感じ取ることもあるでしょう」
その声には、ロキへの確かな信頼が込められていた。
賢者たちは静かに頷いた。
アミリアも、安堵したように微笑んでいる。
ノクスは円卓の中央に置かれた通信石へ目を向けた。
「白夜。引き続きロキ・グレイシアの調査結果を待ちつつ、ラーカンクス王国の内情を探れ。
万が一に備え、カルディナにいるユリシス殿下への警戒も怠るな」
『御意』
通信石から白夜の返答が響いた。
それぞれの思惑が交錯するなか、事態は少しずつ、しかし確実に動き始めていた。
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