第139話 託された願い
ユリシス殿下との話を終え、僕たちは応接室を後にした。
廊下へ出ると、グレイスさんがこちらを振り返った。
「ロキ君だったかな。話は終わったかね」
「はい。お時間をいただき、ありがとうございました」
グレイスさんは満足そうに頷いた。
「……ユリシス君は、かわいい娘が選んだ相手だからね。
私にできることがあるのなら、遠慮なく言いたまえ」
尊大な物言いは相変わらずだったが、その言葉に嘘はないように感じられた。
亡命した王族との婚姻であっても、気前よく受け入れてしまうあたり、娘には甘いのだろう。
でも根は悪い人ではなさそうだ。
そんなグレイスさんの隣には、淡い水色のドレスを着た若い女性が立っていた。
失礼とは思ったが、父親とは似ていない、おとなしそうで優しげな面立ちは母親譲りだろう。
彼女は胸の前でそっと手を重ね、少し緊張した面持ちで僕に向き直った。
「私はグレイス家の長女、ティアと申します。
どうか、ユリシス様のお力になって差し上げてください」
「はい。私にできる限りのことをさせていただきます」
そう答えると、二人は安堵した表情を浮かべた。
ユリシス殿下はティアさんの肩をそっと抱き寄せた。
ティアさんは頬を赤らめながらも、嬉しそうに殿下を見上げている。
その様子から、二人が心から愛し合っていることが伝わってきた。
――――――
グレイスさんの屋敷を出た僕は、カルディナ港へと向かった。
喧噪から離れ、人影がないことを確認し、懐から"通信石"を取り出した。
やがて、石の表面が淡く輝く。
『こちら、白夜。どうぞ』
斥候隊長の白夜さんの落ち着き払った声が返ってきた。
危険な任務を幾度もこなしてきた諜報員らしい、無駄のない応答だった。
――僕は、街や傭兵ギルドで得た情報と、ユリシス殿下から聞いた話を順に伝えた。
ラーカンクス王国の現状。
宮廷魔導士と現王を巡る問題。
そして、殿下が古代の魔道具を探していた理由。
白夜さんは途中で口を挟むことなく聞いていた。
一通り報告を終えたあと、僕は続けた。
「おとぎ話に出てくる魔道具の調査など、怒られるかもしれませんが、どうしても気になって……。
知り合った人たちを見捨てることもできません……。
だから、調査に向かいたいと思っています。
――それと……すみません。
ラーカンクス王国のユリシス殿下に、僕の身分を明かしてしまいました。
あの人は……エルミナにとって、失ってはいけない人だと……そんなふうに感じて……」
言葉にすると、胸の奥にわずかな重みを感じた。
諜報員として、身分を明かすことには慎重であるべきだった。
それでも、殿下は自分の立場も、国を救いたいという思いも、包み隠さず僕に話してくれた。
そんな殿下に、僕だけが嘘をつき続けることはできなかった。
『分かりました。
ノクス様からは、あなたの意思を尊重するよう仰せつかっています。
六賢者には、その旨を報告しておきます』
白夜さんの返答は、いつもどおり淡々としたものだった。
咎めるでもなく、判断を褒めるでもない。
ただ、必要な事実として受け止めている。
『引き続き、現地での対応をお願いします。
こちらでも、報告内容を踏まえて対応を検討します』
「了解しました」
通信が途切れ、石の輝きが消えた。
――僕は通信石を懐にしまい、東の海を見つめた。
そして――
二千年前のあの日、リファーナさんとの別れを思い出した。
『もし、あなたが道に迷ったときは、私の足跡を追って』
あのときの言葉が、胸の奥によみがえる。
今回のユリシス殿下の願いを、おとぎ話だと切り捨ててはいけない気がした。
世界各地に残された遺跡には、今も解き明かされていない謎が眠っている。
大賢者リファーナ・ラズウェルは、いつも誰も見向きもしないような古代の記憶を追っていた。
だから、その謎を一つずつ解き明かしていけば、彼女が遺してくれた足跡にたどり着けるはずだ。
その島には、一体何が待ち受けているのだろうか。
――――――




