第138話 憂国の士
ユリシス殿下は、苦々しい表情のまま話を続けた。
「宮廷魔導士は、異端の教団ともつながっていました」
「異端の教団……」
「ええ。彼らが王に何をしたのか、確かなことはわかっていません。
ですが、王は禁忌とされる古代の遺物を掘り起こすよう命じ、あろうことか、古代呪法で起動させた兵器をエルミナ共和国へと差し向けたのです」
僕の脳裏に、あの巨大な兵器の姿がよみがえった。
「……ワルキューレ。
あれをラーカンクス王国が?」
ユリシス殿下は目を見開き、身を乗り出した。
「ワルキューレをご存じなのですか……!」
「私はエルミナ地方から来ましたので。
ジーク教のことも存じています……」
「そうでしたか……」
殿下は一度目を伏せ、静かに話を続けた。
「ジーク教の指導者が討たれたと聞き、私も、志を同じくする仲間たちと協力して、王にかけられた呪いを解く方法を探りました。
しかし、その正体を突き止めることはできず、協力してくれた者たちは次々と命を奪われました」
ユリシス殿下は一度言葉を切り、苦しげに目を伏せた。
「さらに、アスピア皇国が戦士団のクーデターによって倒れたことで、情勢は一層悪化しました。
彼らはラーカンクス王国に攻め込み、このままでは、国が陥落するのも時間の問題でしょう」
その声には、怒りと無力感がにじんでいた。
「ですが、宮廷魔導士はラーカンクス王国の未来など顧みてはいません。
あの魔導士が見据えているのは、もっと別の何かです……。
そのためなら、我が国が滅びようと構わないのでしょう」
ユリシス殿下は、僕の目をまっすぐに見つめた。
「だからこそ、私は古代の魔道具を探しているのです。
ラーカンクス王国には、カルディナ東方の島に『真実を映し出す魔道具』が眠っている、という伝承がありました」
「真実を映す魔道具……?」
僕が聞き返すと、殿下は少し困ったように表情を緩めた。
「子供向けのおとぎ話のような伝承です。
その魔道具には、目に見えないものを映し出す力があるとされています。
もし伝承が真実なら、王を操っている呪いを解く手がかりになるかもしれないと考えました」
ユリシス殿下は、膝の上で握りしめた手に力を込めた。
「しかし、宮廷魔導士の思惑を探っていた私は、やがて命を狙われるようになりました。
やむなく王国を離れ、親交のあったグレイス家を頼って亡命したのです」
そう語る殿下の表情が、ふと和らいだ。
「グレイスさんの娘さんとは、彼女がラーカンクス王国に留学されていた頃に出会いました。
共に学ぶうちに惹かれ合い、婚約したのです。
亡命後も、グレイスさんには多大な助力をいただいています」
国の未来を憂いながらも、故郷を離れざるを得なかった殿下の境遇に、胸が痛んだ。
「王宮の中では、もはや誰を信用してよいのかも分かりません。
だからこそ、国のしがらみに縛られない傭兵の皆さんに頼るしかなかったのです」
ユリシス殿下は、わずかに目を伏せた。
「おとぎ話に出てくる魔道具に頼るなど、愚かだと笑われるかもしれません。
それでも、藁にもすがる思いで依頼したのです」
笑うことなどできるはずがない。
確かな手がかりもないまま、それでも国を救う道を探し続けてきた殿下を、愚かだなどと思えるはずがなかった。
「このままでは、我が国も、民も滅びることになります。
王にかけられた呪いを解き、再び国を正しい道へと戻したい。
――これ以上、民の血が流れることなど、あってはならないのです」
ユリシス殿下の瞳に、涙が浮かんだ。
この人は、自分の国と、そこに暮らす人々を心から救いたいのだ。
――僕の中で、これまで別々に存在していた情報が一本の線につながった。
古代兵器ワルキューレ。
暗躍していたジーク教。
ガルディウス帝国との武力衝突。
それらすべてが交わる場所――ラーカンクス王国。
王を操る宮廷魔導士。
禁忌の呪法で兵器を起動させた者たち。
そして、その背後にいる存在は……。
「ヴァルシエル王朝」
僕とユリシス殿下の声が、同時に響いた。
殿下は驚いたように僕を見つめた。
「ロキさん……。あなたはいったい何者ですか?
なぜ、私たちが秘密裏に調べ上げてきた情報を、そこまでご存じなのですか?」
僕は一瞬、言葉に詰まった。
殿下はたった一人で国を救おうと奔走し、その背後にいるヴァルシエル王朝の影にまでたどり着いていた。
その孤独な戦いを思うと、胸が締めつけられた。
ここまで自らの事情を明かしてくれた殿下に、僕だけが何も話さないわけにはいかない。
それに、ユリシス殿下はエルミナ共和国にとっても、失ってはならない人だ。
「このことは、内密にしていただけますか」
ユリシス殿下は、しばらく僕の目を見つめていた。
「もちろんです」
力強く頷く殿下を前に、僕は自分がエルミナ共和国の偵察員であることを打ち明けた。
殿下は驚いた様子を見せたものの、何も言わず、僕の話に耳を傾けていた。
「私の目的も、ユリシス殿下のお考えの根底にあるものと同じです」
そう。これは、僕自身の旅の目的にもつながっている。
「これまで一人で戦ってきたユリシス殿下の思いを、おとぎ話だと笑うことはできません。
それに、熟練の傭兵たちが消息を絶った以上、何らかの脅威があった可能性は高いです。
私は、彼らが消息を絶った原因を追います」
「ロキさん……。ありがとう。
どうか、よろしくお願いします」
殿下の思いを受け止め、僕は静かに頷いた。
やがて、殿下の表情に微笑みが浮かび、その瞳にわずかな希望が宿った。




