第137話 浮かび上がる陰謀
――傭兵組合を出た僕は、グレイス家の屋敷へと向かった。
港町の中心部から少し離れた場所に、その屋敷はあった。
高い塀に囲まれた敷地の中には、手入れの行き届いた庭園が広がっている。
奥にそびえる屋敷も大きく、白い壁と重厚な装飾が、名家にふさわしい風格を漂わせていた。
門番に用件を伝えると、すぐに中へと通された。
玄関で待っていたのは、身なりの整った年配の執事だった。
「ようこそお越しくださいました。ロキ様ですね。
旦那様より、お話は伺っております」
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
僕が頭を下げると、執事は穏やかに微笑んだ。
「こちらへどうぞ。応接室へご案内いたします」
執事の後について、広い廊下を歩いていく。
壁には美しい絵画が飾られ、窓から差し込む陽光が、磨き上げられた床を照らしていた。
さすがは、この街でも名の知れた貴族の屋敷だ。
そんなことを考えながら歩いていると、廊下の向こうから数人の侍女がやってきた。
その中に、見覚えのある顔があった。
「あっ……ロキさん!」
リゼットさんだ。
彼女は、驚いたように目を見開いた。
「どうしてこのお屋敷に?」
「リゼットさん。先日はありがとうございました」
「い、いえ! こちらこそ、ご馳走になってしまってありがとうございました」
彼女が嬉しそうに微笑むと、隣にいた侍女たちが不満を漏らす。
「リゼットばかりずるいわ」
「ねえ、リゼット。こちらの方が、船で助けてくださったお方なの?」
相変わらずの侍女の皆さんの元気さに面食らった。
すると案内の執事が静かに咳払いをした。
「皆さん。お客様に失礼ですよ。仕事に戻りなさい」
その一言で、侍女たちはぴたりと動きを止めた。
「す、すみません……」
皆、そろって肩を落とし、持ち場に戻っていった。
そんな彼女たちを見送り、執事は小さく息をついた。
「まったく……。無作法で申し訳ありません」
「いえ、皆さん生き生きとしていらっしゃいますね。どうか、叱らないであげてください」
僕がそう答えると、執事は少し意外そうに目を瞬かせ、それから穏やかに頭を下げた。
――――――
僕は案内された応接室へと入った。
室内には、ゆったりとしたソファーと立派なテーブルが置かれていた。
窓の外には庭園が広がり、穏やかな風に木々の葉が揺れている。
しばらくして、リゼットさんがお茶を運んできた。
「どうぞ」
彼女がカップをテーブルに置く。
ふと目が合うと、小さく微笑んでくれた。
僕も軽く頷き返す。
それだけのやり取りだったけれど、なぜか少し心が和んだ。
――やがて、応接室の扉が開いた。
「待たせたね」
入ってきたのは、船旅の途中で出会った、あの貴族だった。
グレイスさんという名の人物だ。
その隣には、身なりの良い若い男性が立っていた。
年齢は僕より一回り上くらいだろうか。
その眼差しには、若さに似合わない落ち着きがあった。
グレイスさんは僕の顔を見るなり、驚いたように目を見開いた。
「おや、君はあのときの青年か。
まさか、また会うことになるとはな」
愉快そうに笑いながら、グレイスさんは向かいのソファーに腰を下ろした。
「やはり、我が家の護衛でも務めたくなったのかね?」
僕は苦笑しながら頭を下げた。
「今日は傭兵組合への依頼の件について、お話を伺いたくて参りました」
僕がそう告げると、グレイスさんは少しばかり表情を改めた。
「なるほど。込み入った話になりそうだな。
君には世話になったことだし、この部屋は自由に使ってくれたまえ。
私は席を外そう。ゆっくり話すといい」
そう言って、グレイスさんは応接室を出ていった。
彼と入れ替わるように、隣にいた男性が口を開いた。
「傭兵が消息を絶ったと……」
男性は声を落とし、僕をまっすぐに見つめた。
その表情には、隠しきれない不安がにじんでいた。
「失礼。私はラーカンクス王国のユリシス・サルマと申します。
現王の弟の長男で、国王の甥に当たります」
そう名乗ったユリシス殿下は、静かに頭を下げた。
僕は失礼を承知で、率直に疑問をぶつけた。
「王族のユリシス殿下が、なぜ、わざわざ他国の傭兵に魔道具の発掘を依頼されたのですか?」
ユリシス殿下はすぐには答えず、膝の上で静かに手を握りしめた。
「私が魔道具を探しているのは、ラーカンクス王国の未来が懸かっているからです」
その声には、焦りを押し殺すような硬さがあった。
「詳しくお聞かせいただけますか?」
僕が促すと、ユリシス殿下は重い口を開いた。
「我が国は今、深刻な問題を抱えています。
国を守るべき王が、何者かに操られているのです」
僕は思わず表情を引き締めた。
「……操られている?」
「はい。ラーカンクスは小国ですが、貴重な鉱石資源に恵まれています。
かつては、それを狙う大国の傀儡となっていました。
しかし、現在の王の代になってからは、各国との和睦を進め、友好関係を築きながら平和な国を目指してきたのです」
そこで、ユリシス殿下は悔しそうに唇を結んだ。
「ところが、軍を指導するために招かれた宮廷魔導士が宮殿に入ってから、状況が一変しました。
王は得体の知れない魔力に精神を支配されたかのように、まるで別人になってしまわれたのです。
以前は信頼していた家臣たちを遠ざけ、ファロ王子の横暴さえ咎めなくなりました。
そればかりか、叔父上と共に進めていたアスピア皇国との和平や、鉱石をはじめとする資源の供給についても、突然態度を変え、アスピア皇国に敵対するようになったのです。
国の行く末を案じているとは思えない行動でした」
ユリシス殿下は、苦悩をにじませながら続けた。
「私は何度も王に進言しました。
あるとき、王は一瞬だけ、以前の叔父上に戻られたのです。
まるで、何かを伝えようとしているかのように……。
しかし、その直後、王は激しい苦痛に襲われ、再び元の状態に戻ってしまわれました」
「それで、呪いだと?」
「はい。調査を進めるうちに、王の身の回りを世話していた侍女の噂を耳にしました。
ある日、部屋の掃除をしていた彼女が、ふと鏡に目を向けると、そこには王の姿が映っていました。
しかし、その背後には、見たこともない異形の何かが立っていたというのです。
驚いて振り返っても、そこには誰もおらず、もう一度鏡を確かめたときには、異形の姿は消えていたそうです」
「その侍女は、どうなったのですか?」
「ひどく恐ろしかったのでしょう。
ほどなく宮仕えを辞め、故郷へ帰りました。
私は彼女の居場所を突き止め、直接会って話を聞いたのです」
ユリシス殿下は、わずかに間を置いてから言葉を継いだ。
「その証言から、王の背後には何か異形の存在がいるのではないかと考えました。
そして、宮廷魔導士がそれに関わり、王を呪術で操っているのではないかと……」
――――――




