第136話 消息を絶った傭兵
――それから三日後
僕は街に滞在しながら、ガルディウス帝国に関する情報を集めていた。
北方の帝国方面から来た商人によれば、クーデターを起こしたガルディウス帝国は、アスピア地方の東方で、他国と大規模な衝突を繰り返しているらしい。
ただ、耳に入ってくる情報は断片的なものばかりで、詳しい状況まではわからなかった。
帝国が何を目的に動いているのか。
東方で何が起きているのか。
もう少し情報を集めたいところだが、これ以上この街に留まっていても、大した収穫は得られそうにない。
そろそろ、ガルディウス帝国方面へ向かうべきか……。
そんなことを考えていると、女将さんが僕の姿を見つけて、心配そうな表情で声をかけてきた。
「お兄さん。聞いたかい?」
「どうかなさいましたか?」
「なんでも、組合の傭兵連中が、仕事に出たまま帰ってこないんだと。
この辺りじゃ腕利きの連中で、今まで連絡が取れなくなるなんてなかったみたいだからね。
あんたも旅に出るなら気をつけな」
彼らが依頼を受けたことは知っていた。
確か、大きな仕事になるらしく、仲間を探している。
そんなことを言っていた。
「心配ですね……。
彼らとは、ここへ来る途中の船で一緒だったので、傭兵組合の様子を見てきます」
「そうかい。無事だといいんだけどね」
女将さんの表情には、心配の色が浮かんでいた。
僕は宿を後にし、傭兵組合に向かった。
気さくな彼らの、豪快な笑顔が脳裏に浮かんだ。
何事もなければいいのだが。
――――――
傭兵組合に到着すると、建物の中は慌ただしかった。
受付の職員たちは忙しそうに動き回り、傭兵たちも何人か集まって、真剣な表情で話し込んでいる。
笑い声が飛び交っていた以前の雰囲気とは、明らかに違っていた。
僕は受付へと向かった。
「傭兵の方々が戻らないとお聞きしました。大丈夫ですか?」
「あー、ロキさん」
組合の受付を担当する男性、リグナさんは、額の汗をぬぐった。
どこか困り果てた様子で、助けを求めるような視線を僕に向けてくる。
「そうなんですよ。うちの古参の傭兵が、依頼に出たきり消息を絶ってしまいまして。
レイスさんという方が率いる『ブルーシャーク』という5人組のパーティーなんですが……」
「どこに行かれたんですか?」
「カルディナ港から東の海へ、船で一日ほど進んだところにある小島です。
そこに古代の魔道具が眠っているという話で、その発掘依頼だったんです。
ここだけの話、他国の身分ある方からの依頼だったんですよ。」
リグナさんは困惑した表情で続けた。
「ブルーシャークは通信石も持っているはずなんですが、こちらから呼びかけても応答がありません。
あの人たちと連絡が取れなくなるなんて、今まで一度もありませんでした」
リグナさんは言葉を切り、奥にいる組合員たちへ視線を向けた。
「今、現地を調べるための調査隊を編成しているところなんですが……」
リグナさんは困ったように眉を寄せた。
「腕の立つ傭兵たちは別の依頼で出払っていて、残っているのは、経験の浅い者ばかりなんですよ。
まして、ブルーシャークが連絡を絶つような危険な案件に、彼らを向かわせるわけにもいかず……」
組合も対応に苦慮しているらしい。
僕は少し考えてから、口を開いた。
「もし、私でよければ、協力させてください」
リグナさんが驚いたように目を見開いた。
「消息を絶った彼らとは、船旅の途中で知り合いました。
流れ者の私にも気さくに話しかけてくれた人たちですから、放ってはおけません」
リグナさんは言いよどんだものの、すぐに思い直したように僕を見た。
「デス・クラーケンを討伐したロキさんなら、心強い……。
ぜひ、お願いします。報酬もきちんとご用意しますので」
「わかりました。ただ、海を渡るとなると、船や必要な装備を調達しないといけませんね」
「その点はこちらで手配します。
ただ、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
僕は頷いたものの、まだ気がかりなことがあった。
「準備が整う前に、依頼主の方とお話しさせていただくことは可能ですか?」
「依頼主と、ですか?」
「ええ。魔道具が眠っているという話でしたが、具体的にどのようなものなのか。
依頼の経緯も含めてお聞きしたいんです」
古参の傭兵たちが消息を絶つような依頼。
何の情報もないまま向かうのは、あまりに危険だ。
僕はリグナさんの目を見て、続けた。
「少しでも情報を得ておきたいんです」
リグナさんは納得したように頷いた。
「そうですね……。
――依頼主は現在、この街の自治評議会の一員であるグレイスさんのお屋敷に滞在されています。
これは本来、秘密にしておくべき情報なのですが、ロキさんに危険な依頼をお願いする以上、お話ししないわけにはいきませんので」
リグナさんは、少し声を潜めて続けた。
「以前、ロキさんが組合にいらしたとき、ご一緒だった侍女の方が仕えている貴族のお屋敷です」
「ああ、リゼットさんの……」
「はい。依頼主は、旧アスピア皇国――現在のガルディウス帝国の東方に位置するラーカンクス王国の王族で、傍系ながら王位継承権をお持ちの方です。
かねてより親交のあったグレイス家のお嬢様と婚約されているのです」
そういえば、先日リゼットさんを屋敷まで送った際、令嬢が婚約したという話を聞いた気がする。
「状況が状況です。依頼主とグレイス家には組合から話を通してみましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
――――――




