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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第20章 遠征――未知なる航路と商業都市
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第135話 港町の夜と戸惑い

 傭兵組合を出て、リゼットさんと並んで歩く。


 「リゼットさん、今日はありがとうございました。

  おかげで船長さんにも会えましたし、とても助かりました」


 そうお礼を伝えると、リゼットさんがこちらを見上げて微笑んだ。


 「お役に立ててよかったです」


 港町の裏通りは賑やかで、飲食店や商店が軒を連ねていた。


 そんな中、ひときわ華やかな装飾を施した建物が目に留まった。

 店先にはドレスを着飾った女性たちが立ち、通りを歩く男性に声をかけている。


 「……あれは、何のお店なんだろう?」


 僕が何気なく尋ねると、リゼットさんはそちらに目を向けた。


 「あ、あのお店ですか?」


 「ずいぶん華やかですね」


 「ええと……その……」


 リゼットさんは少し言いよどみ、頬を赤くした。


 「何ていいますか、その……親密なお時間を過ごすためのお店です」


 「………」


 「………」


 「えっ……!」


 思わず声が出てしまった。


 そういうお店だったのか。

 改めてそちらを見ると、なんだか急に目を向けづらくなった。


 「そ、そうなんだ……」


 「ロキさんは、こういうお店にご興味はないのですか?」


 「いや、興味がないわけではないけど……。

  知識としては知ってるけど、実際に見るのは初めてというか……」


 何を言ってるんだ、僕は。

 しゃべればしゃべるほど空回りする。


 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。


 「旅の殿方ですので、お詳しいのかと思っておりました」


 リゼットさんは、あたふたする僕の様子を見て、少しからかうような微笑みを浮かべた。 


 僕はごまかすように話題を変えた。


 「そうだ。案内してもらったお礼に、食事をごちそうさせてください。

  私の泊まっている宿、食事がおいしいんですよ」


 「えっ、……ご一緒してもいいんですか? 嬉しい」


 彼女は微笑んだ。頬には、ほんのりと赤みが差していた。 


 ――――――


 僕たちが宿に着くと、女将さんがカウンター越しに豪快に語りかけてきた。


 「なんだい、お兄さん! いきなり可愛らしいお嬢さんを連れ込むなんて。

  真面目そうな顔して、隅に置けないねー!」


 「ち、違いますよ! 事情があってお世話になった方に、食事だけでもと思って……!」


 隣では、リゼットさんが頬を赤くしながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいた。


 女将さんは意味ありげに僕たちを見比べると、楽しそうに笑った。


 「ま、いいさ。ちょうど席も空いてるよ。ゆっくりしていきな!」


 案内された席に着くと、僕はほっと息をついた。


 「すみません、リゼットさん。誤解されるようなことを言われてしまって……」


 「い、いえ。私は気にしていませんから」


 そう答えるリゼットさんの頬は、まだほんのりと赤かった。


 ――――ほどなくして料理が運ばれてきた。

 香ばしく焼き上げられた肉料理に、色とりどりの野菜を使った温かなスープ。

 焼きたてのパンからは、食欲をそそる香りが漂っている。


 「わあ……おいしそう!」


 リゼットさんの顔がぱっと明るくなった。


 「ごちそうになってしまって、いいんでしょうか?」


 「案内してくれたお礼なので、遠慮しないで食べてください」


 「助けていただいたうえ、ご馳走になってしまうなんて。

  ありがとうございます、ロキさん!」


 彼女は嬉しそうに微笑み、料理を口に運んだ。

 

 ―――――― 


 食事を終え、そろそろ席を立とうとしたときだった。


 「おや、もういいのかい?」


 女将さんがこちらにやってきた。


 「うちは風呂も広いからねえ。ゆっくりしていけばいいじゃないか」


 「えっ……! 何を言ってるんですか、女将さん」


 思わず声が裏返った。


 女将さんは僕の反応を見て、何か察したようにニヤリと笑った。


 「若いってのはいいねえ」


 リゼットさんは少しだけ頬を染めていたが、やがて僕をまっすぐ見つめた。


 「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


 「喜んでもらえてよかったです」


 「……あの、ロキさん」


 リゼットさんは少しためらったあと、意を決したように顔を上げた。


 「……その……お宿で、何かお手伝いできることはありませんか?」


 「手伝い?」


 「はい。旅でお疲れでしょうから……。

  女将さんが言っていたお風呂のお手伝いや、お着替えのお支度……その、お伽など……」


 最後のほうは、聞き取れないほど小さな声だった。


 「とぎ?……」


 その言葉を聞いた瞬間、以前どこかで聞いた意味が、頭の中によみがえった。

 顔から火が出そうになった。


 「えっ! い、いや! そういうわけには……」


 僕は困ったように頬をかいた。


 リゼットさんは恥ずかしそうに慌てた。


 「すみません、変なことを言ってしまって……」


 「い、いえ……」


 それ以上、何を言えばいいのかわからなかった。

 リゼットさんも気まずそうに視線を落とし、僕たちの間に沈黙が流れた。

 

 「ロキさん。今日はありがとうございました。

  また機会があったら、お会いできるとうれしいです」


 「いえ、そんな……。あ、日も暮れましたし、屋敷まで送りますよ」


 どこか気恥ずかしい空気のまま、二人で店を出た。


 ――――――


 店を出ると、夜風が頬を優しく撫でた。


 隣を歩くリゼットさんも、どこか照れくさそうにしていたけれど、やがていつもの柔らかな笑顔に戻った。


 「この時間になると、港町もずいぶん雰囲気が変わるんですね」


 「はい。夜は夜で、きれいな明かりがたくさんあって、私、この街が好きなんです」


 リゼットさんは街並みを見渡しながら、楽しそうに話してくれた。

 

 グレイス家の屋敷は港から少し離れた場所にあるらしい。


 仕事のことや、同じ屋敷で働く侍女たちのこと。

 グレイス家の令嬢が婚約したこと。

 話題は次々と移り変わり、気づけば僕も自然と笑っていた。


 「船でロキさんに助けられてから、侍女の間では、ロキさんの話題で持ち切りだったんですよ」


 そんなに話題になるようなことをしたつもりはなかった。

 なんだか照れくさくなって、また顔が熱くなる。


 「ですから、食事をごちそうになったなんて言ったら、きっと侍女の皆に恨まれてしまいます」


 「ははっ、そんな大げさな」


 そう言ってから、リゼットさんは少しだけ頬を赤くした。


 そんなたわいもない会話をしながら、僕たちはゆっくりと夜の街を歩いていった。


 「ありがとうございます。ここで大丈夫です」


 屋敷の近くで別れ、彼女は最後まで笑顔で手を振ってくれた。

 

 ――僕はひとり宿への道を歩き出した。


 リゼットさんは、貴族の侍女だけあって、色々と心得ているんだろうな。


 そんなことが、少し気になった。


 ……いや、別に何かあったわけじゃない。

 けれど、頬を膨らませてプンスカ怒るアミリアの姿が、頭に浮かんだ。


 『ロキ! どういうことよ!』


 「……アミリア、これは事故みたいなものだよ」


 誰もいない夜道で、僕はひとり言い訳を口にした。


 国を出る前、彼女を抱きしめ、口づけを交わしたときの温もりを思い出す。

 途端に、胸の奥から寂しさが込み上げてきた。

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