第134話 傭兵組合
商会を出ると、リゼットさんが僕の隣に並んだ。
「港の管理棟までご案内いたしますね」
「お願いします。わざわざすみません」
「いいえ。私がご一緒したくて申し出たのですから」
リゼットさんはにこりと微笑むと、スカートの裾をそっとつまみ、優雅に膝を折った。
「改めまして、カルディナのグレイス家に仕える侍女をしております"リゼット"と申します。
先日は命を助けていただいて、本当にありがとうございました」
さすが貴族の家に仕える侍女、美しい挨拶だ。
「私は、エルミナ地方出身のロキ・グレイシアと申します。よろしくお願いします」
僕がそう答えると、リゼットさんは少しだけ頬を膨らませた。
「あのときは、お名前すら教えてくださらないんですもの。
少しつれないと思っておりましたわ……。
でも、今日はお名前を教えていただけて、うれしいです」
リゼットさんは満足そうに微笑んだ。
……どうやら、わりと積極的な人らしい。
「そういえば、今日は侍女のお仕事はよろしいんですか?」
「はい。今日はお暇をいただいているんです。
ですから、お時間のことはお気になさらないでください」
「そうだったんですね。それならよかったです」
そう言って、リゼットさんは笑顔で歩き始めた。
――――――
「この先の建物が、港の管理棟です。船長さんは、そこにいらっしゃると思います」
リゼットさんの案内に従って歩いていくと、やがて港の一角に、石造りの建物や大きな倉庫が立ち並ぶ一帯が見えてきた。
停泊する船からは荷物が次々と運び出され、荷車が行き交う合間を、船員や商人たちが忙しそうに歩いている。
あちこちから人々の掛け声が響き、港は活気に満ちていた。
――僕たちは、管理棟へと足を踏み入れた。
中では港の職員たちが忙しそうに行き来しており、船の入出港に関する書類を確認したり、商人たちと打ち合わせをしたりしていた。
その奥に、あの船の船長さんの姿があった。
「ああっ! あのときのお客様!」
こちらに気づいた船長さんが、ぱっと顔を輝かせて近づいてきた。
「いやあ、港で姿が見えなくなったときは、どうしたものかと思いましたよ!」
「すみません。私のことをずいぶん探していただいたと聞きまして。
お手間をかけてしまいました……」
「いえいえ、とんでもない! あなたがいなければ、我々の船は沈んでいたかもしれませんから!」
船長さんは安堵の表情を浮かべ笑った。
改めて自己紹介を交わすと、船長さんは思い出したように口を開いた。
「それで、ロキさん。傭兵組合の者たちが、あなたを探しております」
「傭兵組合ですか?」
「ええ。デス・クラーケンの討伐について、報奨金をお渡ししたいそうです。
ただ、肝心の討伐者が姿を消してしまって、困っていたようでして」
どうやら、いろいろと迷惑をかけてしまったらしい。
「傭兵組合は、この近くにあります。よろしければ、私もご一緒しましょう」
「ありがとうございます」
こうして僕は、船長さんとリゼットさんの三人で傭兵組合へ向かった。
――――――
傭兵組合は、港から少し歩いた先にあった。
頑丈そうな石造りの建物で、傭兵の一団が出入りしている。
中へ入ると、併設された酒場の喧騒が耳に飛び込んできた。
荒っぽい笑い声や、依頼について話し合う声があちこちから聞こえてくる。
商会の整然とした雰囲気とは違い、こちらはずいぶんと雑然としている。
「おっ、兄ちゃん! 来たのか!」
喧騒の中から、聞き覚えのある声が飛んできた。
振り向くと、船の上で一緒に戦った傭兵たちが、酒瓶を片手にこちらへ手を振っていた。
「おう、クラーケンをぶった斬った兄ちゃんじゃねえか!」
「船長さんとグレイスの旦那んとこの姉ちゃんも一緒か? こっち来て一杯やってけよ!」
「いや、今日はちょっと用事があって……」
「なんだよ、つれねえなあ! 一緒に戦った仲じゃねえか!」
笑いながら、傭兵の一人が僕の肩をばんばんと叩いた。
魔獣と命懸けで戦う仕事柄、一緒に戦った相手には、自然と気を許せるのだろう。
船長さんとリゼットさんは、そんな傭兵たちの豪快さに苦笑を浮かべていた。
「こちらです」
船長さんに促され、僕たちは受付カウンターへと向かった。
受付にいた職員が顔を上げる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「デス・クラーケンを討伐した方をお連れしました」
船長さんがそう告げると、受付の職員は僕の顔をじっと見つめた。
「あなたが……あれを討伐された方ですか?」
「あっ……はい。そうです……」
受付の職員は、ほっとしたように表情を緩めた。
「あの魔獣は、以前から討伐依頼が出ていたのですが、海上での戦いは難しく、なかなか手を出せずにいたのです」
そう言って、受付の職員はカウンターの下から金貨の入った袋を取り出した。
「それでは、こちらが討伐報奨金になります。どうぞお受け取りください」
差し出された袋は、ずっしりと重そうだった。
僕は思わず目を見張った。
「……こんなに?」
「はい。この街の航路を長年脅かしていた危険等級Aの魔物ですから、これくらいが相場になります」
この街の経済規模を考えれば、航路が脅かされていたことによる損害も相当なものだったのだろう。
それにしても、危険等級Aか。
そういえば、学院の薬草採取の実習で対峙したベノム・サーペントも、それくらいだったかな。
あのときは、リオナと二人、命からがら切り抜けた。
あれから数年。僕も少しは成長できたんだな。
そんな感慨にふけっていると、受付の職員が改めて口を開いた。
「ところで、よろしければ当組合に加入されませんか?
デス・クラーケンを討伐できるほどの腕前であれば、こちらとしても大歓迎ですよ」
「ありがとうございます。
ただ、今は旅をしている身なので、特定の組合に所属するつもりはないんです」
「そうですか……。それは残念です」
受付の職員は残念そうにしながらも、それ以上勧めることはなかった。
その後、必要な書類への記入と確認を済ませ、僕は報奨金を受け取った。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。危険な魔物を討伐していただき、ありがとうございました。
もしお気が変わりましたら、いつでもお声がけください」
――手続きを終えて受付を離れると、船長さんが満足そうに頷いた。
「これで肩の荷が下りました!」
「いえ、こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」
「何をおっしゃいます! この街には、しばらく滞在されるのでしょう?
カルディナはよい街ですから、ぜひゆっくりしていってください」
「ええ。ありがとうございます」
――傭兵組合を出ようとしたところ、先ほどの傭兵たちに呼び止められた。
「おい、兄ちゃん! 組合の加入の誘い、断っちまったんだって?」
「ええ。今は旅をしているので」
「そうか。実は俺たち、近いうちにちょっと大きな仕事に出発する予定でな。
腕の立つ仲間を探してたんだが……」
傭兵の一人が、残念そうに頭をかいた。
「兄ちゃんがいてくれりゃ、心強かったんだけどなあ……
まあ、まだこの街にいるなら、気が向いたときにでも声をかけてくれよ!」
「ええ、機会があれば」
僕が答えると、傭兵たちは豪快に笑った。
「おう、期待してるぜ!」
僕とリゼットさんは船長さんと傭兵たちに別れを告げ、傭兵組合を後にした。
――――――




