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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第20章 遠征――未知なる航路と商業都市
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第132話 商業都市カルディナ

 カルディナ港に、どよめきが広がった。


 「おい、あれを見ろ!……デス・クラーケンか!?」


 港にいた人々が、沖から近づいてくる船を指差した。

 船の後方には、純白の巨大な軟体魔獣が曳航されていた。

 いくつもの触腕は力なく海面を漂い、その巨体は船を小さく見せるほどだった。


 「いったい、どこの傭兵が倒したんだ?」


 「これで、安心して漁に出られるな……」


 驚きの声が飛び交う中、漁師らしき男が安堵の息を漏らした。


 やがて船が岸壁に着くと、船員たちが慌ただしく動き始めた。

 太い綱を引き、何人もの男たちが声を掛け合いながら、デス・クラーケンの巨体を港へと引き上げていく。


 「おい、綱を緩めるな!」

 

 「そっち、もっと引っ張れ!」


 海の男たちの荒々しい叫び声とともに、ようやく魔物の巨体が岸壁へと引き上げられた。

 その圧倒的な大きさに、集まった人々から再びどよめきが上がる。


 そんな作業を横目に、乗客たちは次々と船を降りていく。


 「黒い外套のお客様はどこに?」


 船長が周囲を見回しながら、僕の姿を探していた。

 そのことに気づかず、僕はひっそりと船を降りた。


 ――――――


 商業都市カルディナ


 かつてアスピア皇国の領土だったが、ガルディウス帝国のクーデターを機に独立。

 以来、どの国家にも属さず、カルディナ評議会による自治のもと、自由都市となった。


 それを可能にしたのが、アスピア皇国の安定した統治のもとで培われた圧倒的な経済力と、世界各地を結ぶ海上交易網だ。

 大陸各国のみならず、遠方の国々とも自由に交易できるカルディナは、今や世界経済を支える重要な拠点となっている。


 船を降りた僕は、カルディナ港から街へと続く大通りを歩き始めた。

 長い船旅で疲れた身体に、潮風が心地よい。


 目の前に広がる光景に、思わず足取りがゆっくりになる。

 エルミナ共和国で過ごしてきた街とは、まるで雰囲気が違っていた。


 目に飛び込んできたのは通りを埋め尽くす人々の姿。

 商人たちが荷馬車を連ね、船乗りたちが大声で笑い合い、見慣れない衣装をまとった旅人たちが行き交っている。


 道の両側には、大小さまざまな店が軒を連ねていた。

 港町だけあって、通りのあちこちに新鮮な海産物を売る露店が並んでいる。


 魔道具屋の店先には、淡く光る魔法石や、見たこともない形をした魔道具が並べられている。

 さらに進めば、装飾品を扱う店や、異国から運ばれてきた珍しい品を並べる商店もあった。


 露店では、焼きたてのパンや串焼きの肉が売られている。

 香ばしい匂いに誘われて視線を向けると、店主が威勢のいい声を上げていた。


 「さあ、焼きたてだよ! 船乗りも傭兵も、腹が減ってるなら寄っていきな!

  観光のお嬢さんも、ここでしか食べられないよ」


 商売上手な店主の呼び声に、周囲の客たちが笑い声を上げる。

 

 歩いているだけなのに、次から次へと興味を引かれるものが目に飛び込んでくる。


 ――さすが、商業都市だ。


 僕はしばらく街並みを眺めながら歩いていたが、そろそろ宿を探すことにした。

 まずは荷物を置いて、ゆっくり休みたい。


 ガルディウス帝国に向けて出発する前に、この街で物資の調達や情報収集をしておこう。

 街をじっくり見て回るのは、明日からにすることにした。


 やがて大通りから少し外れた場所に、落ち着いた雰囲気の宿屋を見つけた。

 建物はそれなりに大きく、入口の脇には宿の名前が書かれた木の看板が掲げられている。

 扉を開けると、食事をする客たちの話し声と、料理のいい匂いが迎えてくれた。


 「いらっしゃい。お泊まりかい?」


 カウンターの向こうにいた女将が、こちらに気づいて声をかけてきた。


 「はい。しばらく滞在するつもりなのですが、部屋は空いていますか?」


 「ええ、空いてるよ。何泊するかは、あとで決めてもらっても構わないさ」


 女将は手慣れた様子で宿帳を取り出した。


 「旅の疲れもあるだろうし、食事はここで取るかい?

  うちの料理はなかなか評判なんだよ」


 そういえば、船旅の間は落ち着いて食事を取る暇もなかった。


 「せっかくですので、そうさせてもらいます」


 「はいよ。荷物を置いたら下りておいで」


 ――鍵を受け取った僕は、二階の部屋へと向かった。


 荷物を置いてひと息つくと、窓から街の様子を眺めた。

 夕暮れが近づくにつれて、通りには新たな灯りがともり始めている。


 昼間とは違う賑わいが、これから始まるのだろう。

 そんなことを考えながら、僕は部屋を出た。


 ――宿の食堂は、観光客や旅の行商人で賑わっていた。


 持ち帰り用の料理を受け取る客の姿もあった。

 この宿は、宿泊客だけでなく、一般客にも料理を提供しているらしい。


 僕は女将に案内されたテーブルに腰を下ろした。


 「この街は海産物が特産品だからね。海の幸を使った料理が売りなのさ」


 そう言って女将が運んできたのは、香ばしく焼き上げた魚と、貝の入ったスープだった。

 焼き魚からは食欲をそそる匂いが漂い、思わずお腹が鳴りそうになる。


 「お酒は飲めるんだろう? 一杯やっていくかい?」


 「では、一杯だけいただきます」


 エルミナ共和国では十八歳から成人となり、お酒も飲めるようになった。

 とはいえ、正直なところ、僕はそこまで酒に強くない。


 ただ、せっかく勧めてもらったのだから、少しだけいただくことにしよう。

 もちろん、任務に支障が出ないよう、飲みすぎには気をつけないと。

 

 料理を口に運んでいると、女将がこちらへやってきた。


 「旅のお兄さん、うちの料理はどうだい?」


 「とても美味しいです。この焼き魚は香ばしくていいですね」


 「そりゃよかった! 朝から市場で新鮮な魚を競り落としているんだよ」


 女将は嬉しそうに笑うと、ふと思い出したように続けた。


 「そうそう、今日、港にこの辺りの海の主、クラーケンが引き上げられたって話だよ。

  あれも身が引き締まっていて、焼いて"ひしお"を垂らすと、これがまた絶品なんだってさ」


 「へぇ……あれが」


 思わず、そんな声が漏れた。


 女将は気づく様子もなく、楽しそうに続けた。


 「うちでも仕入れられたら、お兄さんにも食べさせてあげるよ」


 どうやら、討伐されたデス・クラーケンは、早くも街の料理人たちの注目を集めているらしい。


 「ところで、あれを仕留めたのは、若い剣客だって話だよ」


 女将が声を潜める。


 「船が港に着いたあと、どこかへ行っちまったそうでね。船長が探し回っていたらしいよ」


 ……すっかり、船長さんのことを忘れていた。


 まぁ、今さら戻るわけにもいかないし、いいや。


 「ところで、女将さん。このあたりに旅の物資を調達できる店はありますか?」


 「それなら、通りの中央にあるルマンド商会がいいんじゃないかね。

  この街一番の大商会で、薬や食料まで何でも揃うんだ。

  旅人はだいたい、そこで買い物をするよ」


 「ありがとうございます。明日、行ってみます」


 ――食事を終える頃には、すっかり満腹になっていた。

 女将に礼を告げ、食堂を後にする。


 二階の部屋へ戻る途中、階下からは客たちの賑やかな話し声や笑い声が聞こえてきた。

 窓の外に目を向ければ、大通りにはまだ多くの人々が行き交い、店先からは威勢のいい呼び声が響いている。


 夜になっても、この街の活気は衰える気配がない。


 明日は、どんな景色が見られるだろうか。

 そんなことを考えながら、僕は部屋へと戻っていった。

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