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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第20章 遠征――未知なる航路と商業都市
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第130話 近海の主

 目を凝らすと、船の進路の先で、波が不自然にうねっていた。


 まるで海そのものが蠢いているかのようだった。

 その水面の下には、巨大な何かが潜んでいる。


 ――その瞬間。


 船内に、けたたましい警告の鐘が鳴り響いた。


 カン、カン、カン!


 突然の警告音に、船内の乗客たちが一斉に顔を上げる。


 「な、何事だ!」


 優雅に食事を楽しんでいた貴族の一人が、声を荒らげた。


 直後、船が大きく揺れた。


 「きゃああっ!」


 貴族の令嬢や複数の侍女(メイド)たちから悲鳴が上がる。

 急な面舵によって船体が揺さぶられ、テーブルの上に並んでいた酒瓶や料理が次々と床へ滑り落ちる。


 船の進路を塞ぐように、海面が大きく盛り上がった。


 次の瞬間、白い巨体が海中から姿を現す。

 それは、巨大な軟体の胴体から、幾本もの長大な触腕を伸ばした異形の魔獣だった。


 純白の肌は、かえって禍々しさを際立たせていた。

 無数の吸盤が並ぶ触腕がうねり、海面を這うたび、周囲の波が大きくうねった。


 その巨体を目の当たりにし、船内の喧騒が一瞬、静まり返る。


 直後、船内放送から船長の切迫した声が響いた。


 『――乗客の皆様に緊急連絡。本船前方に、海洋性の大型魔獣が出現しました。

  乗客の皆様は、ただちに安全を確保してください! 繰り返します――』


 「どうやって安全を確保しろというんだ!」


 商人の一人が、たまらず大声を上げた。


 「おい、まさか、このまま何もできないというんじゃあるまいな!」


 別の場所では、貴族の男が船員に詰め寄っていた。


 「こちらは安くない船賃を払っているんだぞ! さっさとあれを始末しろ!」


 身勝手な怒声が飛び交うなか、放送が終わる前に、護衛の一人が魔導砲を構えたまま、険しい表情で海上の巨体を見据えた。


 「……あれは、デス・クラーケン。この近海の主だ」


 その声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。


 「近年は出没情報すらなかったはずだが……。くそっ、こんなところで遭遇しちまうとは!」


 護衛は魔導砲を握る手に力を込めた。


 「奴にかかったら、この大きさの船とて無事では済まんぞ……!」


 ――――


 警備要員たちが、慌ただしく武器を手に取り、左舷からデス・クラーケンに狙いを定めた。


 それぞれ魔獣に向けて構えを取るものの、その動きにはどこか硬さがあった。

 海上にそびえる白い巨体を前に、顔を強張らせている。


 心配ない――そう言い切るには、あまりにも頼りない、腰が引けた構えだった。


 直後、船内放送から再び船長の切迫した声が響いた。


 『船内の魔導士や傭兵の方にお願い申し上げます。

  船の防衛に協力できる方は、乗務員の指示に従い、迎撃態勢への参加をお願いします!

  繰り返します――』


 その呼びかけに応じ、貴族や商人に雇われた護衛たちも、次々とデス・クラーケンへ向き直った。

 それぞれ武器や魔導具を構え、迎撃態勢を取る。


 護衛の魔導士が杖を振るうと、火球が放たれた。


 それがデス・クラーケンの三角形の頭部に直撃する。


 ――海戦の火ぶたが切られた。


 しかし、火球は白い巨体をわずかに焦がしただけだった。

 海水によって威力が減じたのか、目立ったダメージは見られない。

 それでも、護衛の魔導士たちは攻撃の手を緩めなかった。


 炎が弾け、雷撃が走り、幾筋もの魔法が次々とデス・クラーケンへと放たれる。

 魔法の連撃がその進路を塞ぎ、船への接近を押しとどめていた。


 その間に、警備要員たちも船槍を発射する。


 鋭い音とともに放たれた槍が海上を走ったが、巨大な胴体をかすめるにとどまり、そのまま海中へと消えていった。


 「これなら、どうだ! とびきりの一発をお見舞いしてやる!」


 魔導砲を携えた護衛が、砲身を両腕で支えるように構えた。


 砲口の奥で魔力が渦巻き、まばゆい光が一点へと収束していく。


 次の瞬間――。


 ドッガァァァン!!


 轟音とともに、砲口から放たれた魔力弾がデス・クラーケンを直撃した。


 「うぎゃああああっ!!」


 海上に、魔獣のけたたましい悲鳴が響き渡る。


 「おおっ!」


 「すげえ威力だ!仕留めたか!」


 乗客たちから歓声が上がった。


 ――これが最新の魔導砲か。確かに、すごい威力だ。


 先ほどまで船内を覆っていた恐怖が、わずかな希望へと変わり始めていた。


 魔導砲の発射によって巻き上がった煙が、ゆっくりと晴れていく。


 だが――


 そこにデス・クラーケンの姿はなかった。

 海面には、砲撃の余波で乱れた波だけが広がっている。


 「……奴はどこに?」


 「今のでくたばったか……?」


 乗客たちが海面を見回した、その直後だった。


 ――ドォンッ!!


 船底から突き上げるような衝撃が走り、船体が大きく揺れた。


 「うわああっ!」


 悲鳴が上がり、甲板にいた者たちがよろめく。


 「船の真下だ!!」


 「旦那様、お嬢様! 危険です。船内へ避難してください!」


 侍女の一人が貴族とその令嬢を庇うように促した。


 その直後――


 船尾すれすれの海面から、デス・クラーケンの巨体が姿を現した。


 異変に気づいた者たちが、一斉に船尾へ振り向く。


 吸盤の並んだ、ぬめるように白い触腕が甲板へと伸び、獲物を探すように這い回る。


 そして、その一本が――


 侍女の華奢な身体に絡みついた。


 「きゃあっ!」


 抵抗する間もなかった。


 触腕は侍女の身体をいとも簡単に捕らえ、そのまま宙高く持ち上げる。


 「いやぁぁぁ!!」


 貴族や他の侍女たちの悲鳴が甲板に響き渡った。

 目の前で起きたあまりの惨事に、誰もが恐怖に顔を引きつらせ、身を震わせる。


 宙に吊り上げられた侍女が、デス・クラーケンの刃物のような牙が並んだ口元に引き寄せられる。


 「食われるぞ!」


 護衛たちの叫び声が響く。


 「まずい……!」


 僕は咄嗟に腰の剣を握りしめた。


 ――――

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