第13話 夕暮れの孤児院
授業終了の鐘が鳴った。
教壇の前で、コレッタ先生の落ち着いた声が響く。
「今日はここまで。来週から本格的に授業がスタートしますので、寮の荷物などの整理をこの週末にしっかり済ませておくように。」
周囲がざわめき、椅子が動く音が広がる。
けれど――僕は、まわりを見ることができなかった。
視線を上げれば、誰と目が合うのか分からない。その怖さが、胸の奥で固まっていた。
――寮に帰ろう。
廊下には、新入生の明るい声が満ちていた。
「あなたどこの出身?」
「あ、私と隣の町ね」
みんな、自然に輪をつくっている。
笑い声が重なり、廊下の空気が温かく揺れていた。
でも――その輪のどこにも、僕の居場所はなかった。
誰も僕に話しかけない。目が合っても、すぐにそらされる。
出身地の話も、自己紹介も、僕の周りだけ、ぽっかりと空白になっていた。
声は届くのに、僕だけが本当に“色のない透明”になったみたいだった。
胸の奥が、じんわりと痛む。
――――――
寮は学校から歩いて五分ほどの場所にある。
男子寮と女子寮が並んでおり、その間には、男女共通のラウンジや自習室が設けられていた。
周囲には小さな商店や食堂も多く、生活には困らなさそうだ。
敷地全体が、魔法の学習に最適化されているのが分かる。
この国が魔法教育をどれほど重んじているのか――その空気は、建物の隅々にまで染み込んでいた。
けれど――その整った環境の中で、僕だけが“無色”なのだと思うと、胸の奥がまた少し沈んだ。
身支度を整え、日用品の買い出しのために街へ出ることにした。
寮の玄関を出ると、夕方の光が石畳を淡く照らしていた。
新しい生活の始まりなのに、足取りはどこか重かった。
買い出し袋を片手に歩いていると、ふと視界の端に、どこか“懐かしい”雰囲気の建物が入ってきた。
――孤児院だ。
広い敷地の向こうに、子どもたちの姿が見える。
はしゃぐ声が風に乗って響き、夕方の光が揺れる影を長く伸ばしていた。
その中で、五十代から六十代ほどの《優しげな男性》が、子どもたちを静かに見守っていた。
この施設の院長なのだろう。
建物の奥には、古い教会の鐘らしきものが見えた――もとは修道院だったのだろうか。
その空気を吸った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
(……村の孤児院に帰りたいなんて思ってはいけない)
買い出しの袋が、手の中で少しだけ重くなる。
笑い声が風に乗って届く。懐かしいのに、どこか遠い。
あの頃の僕が――まだ“魔法が使えない”という事実を知らなかった頃の僕が、この敷地の向こう側にいるような気がした。
夕暮れの光に照らされた孤児院を見つめていると、アミリアと過ごした日々が、呼び戻されるように蘇ってきた。
小さな庭で、二人で摘んだ花。
アミリアが笑いながら、僕の袖を引っ張った感触。
礼拝堂の隅で、こっそりおやつを分け合ったこと。
アミリアの声は、いつも明るくて、僕を世界の中心に引き戻してくれた。
あの時間はもう戻らない……
――――――
長い一日だった。
胸の奥がずきずきして、まるで心そのものが疲れ果ててしまったみたいだった。
寮の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした瞬間、全身の力がふっと抜けた。
枕に顔を埋めると、今日あったことが、ひとつひとつ、静かに沈んでいく。
僕は、そのまま深い眠りへ落ちていった。――




