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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第19章 動き始めた時代と帝国の狼煙
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第126話 新たな約束

 聖浄院――水の賢者の階層。


 会議を終えた僕は、アミリアの居室に招かれた。


 向かい合って腰を下ろすと、アミリアは少し寂しそうに微笑んだ。


 「こうして、ロキを見送るなんて、不思議な気分。

  ミース村で過ごしていた子供の頃は、まさかこんな日が来るなんて、夢にも思わなかった」


 「僕もだよ」


 短く答えると、アミリアは澄んだ瞳で僕を見つめた。


 「本当は……私も一緒に行きたいのだけれど」


 僕は首を横に振った。


 「君には大結界を守る大切な役目があるんだ。僕がその分まで頑張ってくるよ」


 そう言うと、アミリアは小さく息をついた。


 「それに、さっきも話したけど……僕も今年は学院を卒業する年だし、君の役に立てるような仕事がしたかったんだ。

  だから、今回の任務を任せてもらえたことは、本当にうれしいんだよ」


 アミリアはしばらく僕を見つめていた。


 やがて、その頬にほんのりと赤みが差した。


 「……ロキ、本当に大きくなったね」


 「え?」


 「子供の頃は、私と同じくらいだったのに。

  前に会ったときよりも、もっと背が伸びた……」 


 アミリアは少し照れたように微笑んだ。


 「それに……ロキはこんなふうに国を代表する人たちに見送られるようになったんだね……」


 アミリアは、目の前のロキに、幼い頃の面影を重ねるように目を細めた。


 言いたかったのは、身長のことだけではない。


 かつては誰にも認められず、それでも決して歩みを止めなかった大切な幼馴染が、今では多くの人々に認められ、送り出されようとしている。


 再び別れる寂しさや不安を感じる一方で、胸を張りたくなるほどの誇らしさを覚えていた。


 ――その時。


 見つめ合う僕たちの横から、じーっと視線を感じた。


 「二人とも、またお顔が赤い」


 無邪気な声が響いた。


 リリーナだ。


 机の横から、ひょっこりと顔を覗かせている。


 「リリーナちゃん……。いつからそこにいたの?」


 アミリアが恥ずかしそうに声を上げた。


 「二人が見つめ合ってた時からいたよ?」


 リリーナは、無邪気な様子で、僕とアミリアを交互に見つめている。


 「お祭りのときも、二人は私がいるのに気づいてなかったね?」


 アミリアは困ったように頬を赤らめた。


 そんな僕たちの様子を楽しそうに眺めていたリリーナは、やがてアミリアのそばへ駆け寄った。


 「ロキお兄ちゃんは、もうすぐ旅に出ちゃうんだよね?」


 「うん。準備ができたら出発するつもりだよ」


 「そっか……」


 リリーナは少し寂しそうに呟くと、アミリアの腕にそっと寄り添った。


 「でも、アミリアお姉ちゃんがいるから大丈夫!

  レインおじちゃんもすごく強いから、お姉ちゃんも心配ないよ」


 「ふふっ、そうね」


 アミリアは微笑みながら、リリーナの頭を優しく撫でた。


 六賢者の配慮で、レイン先生とリリーナは、この水の階層で暮らすことになった。


 剣聖の末裔であるレイン先生。


 いつ帝国が攻めてくるとも知れない情勢の中、その剣技と見識は、魔導師たちとは異なる立場から、ガルディウス帝国――アスピア戦士団に対抗するうえで、欠かせない存在となるだろう。


 六賢者もまた、その力を認め、レイン先生を聖浄院に迎えた。


 時の魔力を持つ幼いアスピアの姫巫女、リリーナを守るうえでも、レイン先生がそばにいることには大きな意味があった。


 そして、レイン先生がそばにいてくれることは、リリーナにとっても心強いはずだ。

 

 孤児院の子供たちも、魔導師団の保護施設で生活の面倒を見てもらい、学院の協力で初等教育を受けられることになった。


 戦争の気配が濃くなる中、安心できる環境を整えてもらえたことは、ありがたかった。


 「私もね。リリーナちゃんがいてくれるから、うれしいの。妹ができたみたいで」


 アミリアは、リリーナに向けて柔らかな笑みを浮かべた。


 普段、賢者たちの前で見せる凛とした姿とは違う。

 今のアミリアは、年相応の少女らしい表情をしていた。


 「ずっとここにいると、さすがに退屈なの。雷の賢者様は堅物だし、火の賢者様は口が悪いし、土の賢者様は無口すぎるし……。闇の賢者様は、すごく怖いの……」


 「アミリア、そんなことを思っていたんだ……」


 僕は思わず苦笑した。


 いつも落ち着いていて、賢者たちを前にしても物怖じしないアミリアが、こんなふうに愚痴をこぼすなんて。


 「だって、本当のことだもの」


 アミリアは悪びれる様子もなく言い切った。


 その隣では、リリーナが楽しそうに笑っている。


 どうやら二人は、すっかり仲良くなったらしい。

 リリーナがアミリアのことを慕っているのはもちろん、アミリアにとっても、心が和む、かわいい妹のような存在になりつつあるようだった。


 聖浄院から出られず、大結界を守り続けるアミリア。

 そんな彼女のそばに、癒しを与える存在がいる。

 それが分かって、僕の胸にも少し温かなものが広がった。


 すると、リリーナはすっと立ち上がり、小さな胸を張った。


 「私はレディだから、ちゃんと心得てるよ。

  ロキお兄ちゃんとアミリアお姉ちゃん、二人の時間を邪魔したりしないもの!」


 僕は思わず声を上げた。


 「ちょっと待ってよ、リリーナ……! どこでそんなことを……」


 アミリアの頬が、みるみる赤くなっていく。


 けれど、リリーナはそんな僕たちの反応など気にも留めず、得意げに微笑んだ。


 「ふふん。レディのたしなみだよ! お母さまから教わったもの」


 リリーナは小さな胸を張ると、くるりと踵を返した。


「それじゃあ、二人とも。またね!」


 そう言って扉を開けると、軽やかな足取りで駆け出していった。


 ――――


 ――扉が閉まる。


 途端に、部屋の中は静けさに包まれた。

 さっきまでの賑やかさが嘘のようだった。


 僕とアミリアは、しばらく何も言えずにいた。


 やがて、アミリアがそっと口を開いた。


 「……必ず、無事に帰ってきてね」


 その声は、いつもより少しだけ小さかった。


 「ああ。約束する」


 アミリアは僕の手を取り、そっと小指を差し出した。


 そして、懐かしそうに微笑んだ。


 「……新しい約束……。ゆびきり」


 子供の頃、僕はアミリアのもとへ行くと約束した。

 そして今、こうして彼女の前に立っている。


 あの頃の約束は、果たしたのだ。

 だから今度は、もう一つの約束を交わそう。


 必ず、無事に君のもとへ帰ってくる。


 ――僕たちは小指を絡めた。


 指をほどいても、アミリアは僕の手を離さなかった。

 僕も、その手を握り返した。


 もう、子供の頃のように小さな手ではない。

 それでも、こうして触れ合うと、あの頃の気持ちが胸によみがえる。


 いつまでも、この時間が続けばいいのに。

 そんなことを思ってしまうほどに。


 「……ロキ」


 アミリアが僕を見つめる。

 その瞳には、寂しさと、それでも僕を送り出そうとする決意が宿っていた。


 僕は彼女に近づき、そっと抱きしめた。


 アミリアも、僕の背中に腕を回す。


 腕の中に、彼女の温もりがあった。


 頬が触れそうなほど近くに、アミリアの顔がある。

 衣服越しに伝わる柔らかな温もりに、僕の胸は落ち着かなくなった。


 彼女の髪から、ほのかな香りが漂い、抱きしめる腕に少しだけ力がこもった。


 アミリアもまた、僕を離すまいとするように、背中に回した腕にそっと力を込めた。


 その仕草がとても嬉しくて、愛おしい。

 けれど、もうすぐ離れなければならないことが、どうしようもなく寂しかった。


 しばらく、言葉はなかった。


 ただ、互いの温もりを確かめるように、僕たちは抱きしめ合った。


 やがて、アミリアが顔を上げた。

 すぐ目の前に、彼女の瞳があった。

 

 そっと顔を近づける。

 

 彼女は何も言わず、ただ離れまいとするように、僕の服をそっと掴んだ。

 そして、静かに目を閉じた。


 ――唇が、そっと触れ合った。


 柔らかな感触に、胸が大きく跳ねた。

 ほんの一瞬のはずなのに、時間が止まったように感じた。


 離れたくない。

 もう少しだけ、このままでいたい。


 そんな想いが込み上げて、僕は彼女を抱く腕に、そっと力を込めた。


 アミリアも、僕の胸元に添えた手を離さなかった。


 もう一度、唇を重ねる。


 今度は、すぐには離れなかった。


 互いの愛を確かめるように、僕たちは口づけを続けた。


 ――――


 ――――


 愛おしさが、胸いっぱいに込み上げてくる。


 唇が離れたあとも、アミリアは僕の胸元に顔を寄せたままだった。


 僕も彼女の髪に頬を寄せ、その温もりを確かめる。


 腕の中にいる彼女を、今はまだ離したくなかった。


 「……待ってるから」


 胸元から聞こえた声は、いつもより少し小さかった。


 「ああ。必ず帰ってくるよ」


 僕はもう一度、彼女を抱きしめ、彼女の温もりを、胸に刻み込む。

 

 この手を、もう一度握るために。

 この笑顔に、再び会うために。


 僕は、必ず帰ってくる。

 

 そう、心に誓った。


 ――聖浄院の澄んだ空気の中、静かな時間が流れていた。


 水の階層を流れる水の音だけが、穏やかに響いている。

 まるで、このひとときを優しく包み込むように。


 ――――

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