第125話 剣聖の宿命と大賢者の願い
賢者ライゼルの言葉に、僕は静かに頷いた。
皆が僕の決意を受け止めてくれたことで、胸のつかえが少しだけ下りた。
けれど、胸の奥にはまだ不安が残っていた。
「……今回の任務が嫌なわけではありません。
ただ……僕が旅立った後、ここが襲われたらと思うと……」
リリーナやアミリアのことが心配なんです――
その言葉を、僕は口にできなかった。
すると、レイン先生が僕の胸中を見透かしたように、穏やかな笑みを浮かべた。
「ロキ君。過去を旅した君は、私の一族が負う宿命を知ったはずですね」
そう言って、レイン先生は傍らに立つリリーナの肩にそっと手を置いた。
「我が一族は、大賢者ラズウェル様との盟約により、時の巫女を守る責務を受け継いできました。
ゆえに、私はリリーナの傍を離れることはできません……」
その言葉には、長い年月を越えて受け継がれてきた使命への、静かな覚悟が込められていた。
レイン先生は、今度はアミリアへと向き直った。
「アミリアさん。
我が一族の始祖たる剣聖カグヤは、あなたのご先祖である勇者ローディン様と大賢者ラズウェル様に救われました。
それ以来、私たちは、そのお二方の志を受け継いできたのです」
レイン先生は、わずかに目を細めた。
「私は、あなたがロキ君を気遣う姿をずっと見てきました。
先の戦でも、傷ついた兵士や民を癒やし、救える命を決して見捨てようとはしなかった」
アミリアは、戸惑いながらもレイン先生を見つめ返した。
「……あなたのその優しさは、大賢者ラズウェル様を思い起こさせます」
円卓の間に、静かな沈黙が広がった。
六賢者たちは、それぞれにアミリアへと視線を向けていた。
卓越した魔力を持つとはいえ、彼女は最年少の賢者だ。
魔力の扱いも、経験も、ほかの賢者たちには及ばないところがある。
――だが、彼らは知っていた。
アミリアが傷ついた者を気遣い、目の前で苦しむ人を見過ごせないことを。
その優しさゆえに、彼女自身が危険にさらされることさえあった。
それでも、彼女は誰かを思いやる心を失わなかった。
ほかの賢者たちも、レイン先生の言葉に異を唱えることはなかった。
アミリアは、すぐには答えられなかった。
自分が、そんな大それた存在だとは思えない。
ただ、大切な人たちを守りたい。それだけだった。
レイン先生は、そんな彼女を見つめ、静かに微笑んだ。
「あなたが勇者ローディン様と大賢者ラズウェル様の志を受け継ぎ、人々を守ろうとする限り、私もまた、できることを惜しむつもりはありません」
そして、僕へと視線を移した。
「ロキ君。安心してください。
私は、アスピアの若い戦士たちに遅れをとるつもりはありませんよ」
冗談めかした口調でそう言って、レイン先生は穏やかに笑った。
その場にいた誰もが、それをただの強がりとは受け取らなかった。
先の戦で、彼の穏やかな物腰からは想像もつかない、鬼人の如き剣技を目の当たりにしていたからだ。
その言葉は、僕にとって何より心強いものだった。
アミリアの表情には、まだ戸惑いが残っていた。
それでも彼女は、真っすぐにレイン先生を見つめ、深々と頭を下げた。
「レイン様、ありがとうございます。
これまでロキを支えてくださったこと、心から感謝申し上げます。
――どうか、世界の平穏を取り戻すために、これからもお力を貸してください」
レイン先生は、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
その場にいた皆も、アミリアの言葉を静かに受け止めていた。
大賢者ラズウェルの遺志を守り続けてきたレイン先生と、その一族の忠義。
二千年の時を越えて受け継がれてきたその志は、今、新たな世代へとつながろうとしていた。
そして、子供たちが手を取り合う未来こそ、二千年前、大賢者リファーナ・ラズウェルが、魔欠けの少年を送り帰す際に託した願いだった。
――――――
こうして、ロキの長い旅が始まろうとしていた。
凶剣のガルディウス帝国。
強大な魔法の脅威を秘め、暗躍するヴァルシエル王朝。
二つの勢力が動き出した今、世界は再び大きな転換点を迎えようとしていた。
いつか剣を交えることになるかもしれない、凶剣の戦士たち。
彼の前に立ちはだかるであろう、魔獣や未知なる魔法の脅威。
そして、大賢者ラズウェルが残した古代文明に関する研究の足跡。
すべては、厄災ガイアビナスを倒すために。
それがどれほど険しく、果てしない道のりであるかは、この場にいる誰もが理解していた。
それでも――
誰も、彼の決意を無謀だと切り捨てることはなかった。
魔力を持たず、魔欠けと蔑まれながらも、幾多の困難を乗り越えてきた彼の姿を知っているからだろう。
まだ十八歳という若さで、かつて風の賢者と呼ばれた古代王朝の魔導士さえも打ち倒した実力。
その力は、今なお成長の途上にある。
修行を重ね、さらなる力を身につけたとき、彼はいつか、かつて勇者と呼ばれた剣士さえも超える領域に至るのかもしれない。
そんな予感が、円卓の間に集う者たちの胸に、かすかに芽生え始めていた。
かつて魔欠けと呼ばれた少年の決意に呼応するように、腰の剣が淡い輝きを放つ。
それはまるで、光の女神アルテミナの祝福であるかのように、円卓の間に集う者たちの心を静かに包み込んでいた。




