第124話 勇者の証
――レイン先生は続ける。
「しかし、二千年という月日の中で、魔導の民はいつしかその理念を忘れ、驕り、高ぶり、魔力を持たぬ者を魔欠けの劣種として蔑むようになった」
その声音には、受け継がれるべき理念が歪められ、忘れ去られてしまったことへの、静かな憤りが滲んでいた。
「ここにいるロキ君もまた、魔力を持たぬというだけで、幼い頃から不遇な扱いを受け、心に深い傷を負いながら生きてきました……」
レイン先生の視線が、僕へと向けられた。
「それでも――
彼は挫けることなく、この数年、ひたすらに剣を磨いてきた……
そして、その努力の根底には、アミリア様を守りたいという想いがあった」
――アミリアの胸に熱いものがこみ上げる。
あの日、大切な幼馴染であるロキと離れ離れになった日。
彼は今、この瞬間まで、どれほどの苦悩を抱え、どれほどの想いで剣を磨き続けてきたのだろう。
いつか再び会う日を信じて、彼が一人で剣を振るう姿を、アミリアは何度も想像していた。
その剣に込められていた想いは、幼い日に交わした自分との約束……
彼はずっとそれを守り続けてくれていたのだ。
アミリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
――――――
レイン先生は、僕の腰にある剣へと視線を移した。
「彼の腰に輝く剣こそ、かつて勇者ローディン様が振るい、数多の魔を祓い、かの厄災すら退けた神鋼の刃」
その言葉に、皆の視線が一斉に僕の腰の剣へと注がれた。
「その剣を持つことこそ、過酷な運命に立ち向かい、勇者の意志を継ぐにふさわしい者と、大賢者ラズウェル様に認められた証なのです」
そして、再び六賢者を見据えた。
「もし、エルミナ共和国が、勇者ローディン様と大賢者ラズウェル様のご意志を汚すような国に成り果てるのならば、アスピア戦士団が手を下すまでもありません……」
レイン先生の声が、円卓の間に響き渡る。
「このレインが、己の剣をもって、その驕りを正すことになるでしょう。
――努々、お忘れなきよう」
六賢者を前にしても、レイン先生の声音に揺らぎはなかった。
魔導の頂点に立つ賢者たちを相手に、一歩も退くつもりはない。
その静かな佇まいには、剣聖の末裔としての誇りと、自らの剣に対する絶対の自負が滲んでいた。
この男ならば、本当に己の剣をもってそれを成し遂げかねない。
――この場にいた誰もがそう感じていた。
勇者と大賢者への絶対の忠義、そして己の剣技を信じて疑わぬ剣聖の姿を前に、円卓の間は圧倒された。
――――――
――――――
――やがて、雷の賢者ライゼルが口を開いた。
「レイン殿の言葉、深く胸に刻もう。
我らは今一度、魔導の民が本来あるべき姿を見つめ直さねばならぬ。
魔力の有無によって人を分け隔て、誰かの誇りを踏みにじるような過ちを繰り返してはならない」
その声音には、自らの社会が歩んできた道への反省と、同じ過ちを繰り返すまいとする決意が込められていた。
魔法文明に絶大な影響力を持つ六賢者。
その立場にありながら、魔導の社会に根づいた歪みを正せなかったことを、彼らは改めて重く受け止めていた。
他の賢者も、魔導師団の幹部たちも、誰一人として軽々しく口を挟もうとはしなかった。
――――――
僕は、そんな彼らを見渡し、静かに口を開いた。
「レイン先生。僕は、もう大丈夫です……。
以前の僕は、魔導社会を憎んでいました。
でも、大賢者ラズウェル様に救われ、二千年前の世界を見たことで、勇者と大賢者が戦っていた本当の敵を知ることができました」
自分の胸の内を確かめるように、言葉を続けた。
「だから、ガルディウス帝国の……アスピア戦士団の彼らを、ただ倒すことだけが正しい答えだとは思っていません」
僕は腰の剣に手を添えた。
「二千年前の世界で、僕は彼らの誇り高い姿を目の当たりにしました。
彼らは、古代兵器に正面から立ち向かい、アスピア皇国と、その民を守ろうとしていた……」
その言葉に、リリーナがはっと顔を上げた。
「あの姿を見た以上、彼らと命を懸けて戦い、どちらかが倒れるだけの結末にはしたくないんです。
できることなら、彼らが再び剣を鞘に収められる道を探したい」
彼女の瞳には、まだ涙が残っていた。
けれど、その奥に、かすかな光が宿り始めていた。
アスピア戦士団が選んだ道の全てを肯定することはできない。
それでも、彼らが再び剣を収める未来があるのなら――。
リリーナは、僕の言葉を胸に刻むように、じっとこちらを見つめていた。
「それと――大賢者ラズウェル様は、生涯にわたって厄災を滅ぼすための研究を続けていたはずです。
僕は、内偵の傍ら、ラズウェル様が残してくれた古代文明の足跡を追います。
そして、いつか厄災ガイアビナスを倒すために――剣の修行を続けながら旅をするつもりです」
それは、僕自身が選んだ道だった。
賢者ライゼルは、しばらく僕を見つめていた。
その眼差しには、若き剣士の覚悟を見定めるような厳しさと、その決意を受け止めようとする静かな敬意があった。
やがて、賢者ライゼルはゆっくりと頷いた。
「分かった。君の決意を尊重しよう。だが、すべてを一人で背負う必要はない。
何か困ったことがあれば、いつでも我らを頼るといい」
その言葉に、ほかの賢者たちも静かに頷いた。
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