第123話 姫の涙と剣聖の義憤
――円卓の間に、重い沈黙が落ちる。
二千年という時の隔たりを越えて、今、彼らの前に突きつけられた真実。
それは、単なる過去の出来事ではなかった。
アスピア戦士団がなぜ剣を掲げたのか。
なぜ、かつて人々を守るはずだった者たちが、世界に刃を向けるに至ったのか。
そして、自分たちが受け継いできた魔導の歴史に、何が欠けていたのか。
その答えが、六賢者たちの目の前にあった。
やがて、僕は静かに口を開いた。
「きっと、あの時なんです」
二千年前の光景を思い返しながら、言葉を続ける。
「アスピア皇国の禁足地で起きた出来事から、辛うじてつなぎ留められていた彼らの心は、少しずつ闇に染まっていったのだと思います」
僕は、無意識のうちに拳を握り締めていた。
「彼らの誇りが傷つけられたまま、その痛みは置き去りにされた。
その責任の一端は、僕にもある……」
そして、顔を上げた。
「だから、同じ剣士として、けじめをつけなければならないと思います」
僕は六賢者を見渡した。
「ガルディウス帝国は、ヴァルシエル王朝と、彼らが生み出した厄災を滅ぼすため、必ず動くはずです。
そうなれば、大結界を守護するエルミナ共和国も、この聖浄院も、必ず標的になる」
――そのとき。
レイン先生の傍らで、リリーナが小さく口を開いた。
「レイヴンは……レイヴン隊長は、本当は優しいの」
円卓の間にいた全員が、幼い姫へと視線を向けた。
「六駒のみんなも、たくさん遊んでくれた」
リリーナは、懐かしい日々を思い出すように、ほんの少しだけ微笑んだ。
兵舎に忍び込んで、みんなに遊んでもらったこと。
お母さまには、ひどく叱られてしまったけれど、それも今となっては楽しい思い出だった。
お母さまと森で花を摘んだとき、護衛の戦士たちにもサンドイッチを分けて、みんなで一緒に食べたこと。
そして、折り紙で作った勲章を贈ると、みんながとても喜んでくれたこと。
どれも、リリーナにとっては大切な思い出だった。
けれど、ふと周囲を見渡したリリーナは、そこに笑顔がないことに気づいた。
大人たちが語るのは、国を奪い、世界に刃を向けた凶戦士たちの姿。
それが間違いだとは、リリーナにも言えなかった。
実際に、アスピアの戦士たちは世界に戦いを挑んだのだから。
それでも――。
リリーナにとって、レイヴンたちは恐ろしい凶戦士などではなかった。
一緒に遊んでくれた、優しい人たちだった。
その笑顔が、少しずつ消えていく。
大きな瞳に、みるみる涙が浮かんだ。
今にもこぼれ落ちそうな、大粒の涙。
それでもリリーナは、唇をきゅっと結び、懸命にこらえていた。
自分の国の戦士たちがしたことを、なかったことにはできない。
みんなが怒り、悲しみ、戦わなければならない理由も、きっとある。
だからこそ、リリーナは何も言えなかった。
ただ、かつて自分に優しくしてくれた人たちまで、すべて悪い人だったことにはしたくなかった。
「リリーナ様……」
アスピア魔導兵団のガーベル隊長が、痛ましげに呟いた。
その隣で、レイン先生は静かに幼い姫を見つめていた。
リリーナが戦士たちの罪を否定しているのではないことも、彼らと過ごした日々まで否定したくないのだということも、察していたのだろう。
レイン先生は何も言わず、ただ、その小さな肩にそっと手を添えた。
――レイン先生は、静かに目を細めた。
そして、再び六賢者へと視線を向けた。
「恐れながら、皆様に申し上げます」
その声には、先ほどまでとは違う、鋭い響きが宿っていた。
「ガルディウス帝国の誕生は、魔導社会が抱えてきた負の側面を映し出すものでもあります」
一同を見渡しながら、レイン先生は言葉を続けた。
「アスピア戦士団が闇に堕ちたのも、魔力を持たぬ者を蔑み、その誇りを傷つけてきた魔導社会の驕りが招いた帰結」
円卓の間に、再び緊張が走った。
しかし、レイン先生は言葉を濁すことなく続けた。
「我ら剣の一族も、アスピアの時術の一族も、大賢者ラズウェル様の使徒として、その志を守り続けてきました」
レイン先生は、そっとリリーナへと目を向けた。
「だからこそ、リリーナ姫の母君、エレオノーラ殿下もまた、自らの命を懸けて世界を守ろうと使命を全うされたのでしょう」
リリーナは、レイン先生の胸に顔を埋めた。
レイン先生は、再び六賢者へと視線を向けた。
「その想いは、六賢者の皆様の始祖たる大魔導士エルド・ゴーレンス様も同じだったはずです」
その声音には、賢者の始祖に対する敬意が込められていた。
「エルド様は、魔工学と時術を生涯にわたって探究された、比類なき叡智をもつ大賢者様の思想を受け継ぎ、魔導学院を創立した。
――やがて訪れる厄災の復活に備え、才ある若者たちを分け隔てることなく育てることに尽力されていたはずです」
その言葉に、レイモンド学院長は静かに目を見開いた。
――魔導学院の大教室。
魔法科の各属性科を象徴する徽章が並ぶ中、落ちこぼれと蔑まれている魔工科を象徴する"歯車と砂時計"の徽章が、なぜか『中央』に掲げられている。
学院長は、その意味を改めて噛みしめるように、そっと目を伏せていた。
――その光景を見つめながら、僕はふと思った。
エルド……どこかで聞き覚えのある名前だと思っていた。
そう。二千年前。
リファーナさんの執務室を訪れた、ひとりの少年。
粗末な軍服に身を包みながら、彼女を憧れの眼差しでまっすぐに見つめていた、幼いエルド君。
あのときの僕は、知らなかった。
彼が、魔導学院を創立する人物になることも。
彼が、リファーナさんの想いを受け継ぎ、誰もが学べる場所を未来へ残してくれることも。
そして、その場所が――僕自身の居場所になることも。
「……そうだったんだ」
思わず、声が漏れた。
魔力を持たず、居場所を失いかけていた僕。
そんな僕が、剣を学び、仲間と出会い、自分の道を見つけることができた魔工科。
目頭が熱くなる……
僕は、リファーナさんにずっと守ってもらっていたんだ。
――――――




