第122話 魔欠けの少年への密命
――聖浄院・円卓の間
そこには、六賢者が座していた。
中央に座す雷の賢者ライゼル。
腕を組み沈黙する土の賢者ガルド。
興味深そうにロキを見つめる火の賢者イグナ。
そして全てを見透かすような眼差しを向ける闇の賢者ノクス。
水の賢者アミリアの姿もあった。
雷の賢者ライゼルが、招かれたロキたちへと視線を向ける。
「急な呼び出しとなり、申し訳ない。
先の戦いにおける貴殿らの奮闘には、心より感謝している」
その声音には、労いと敬意が込められていた。
しかし、感謝を伝えるためだけに、彼らを呼び寄せたわけではない。
賢者ライゼルは一拍置き、表情を引き締めた。
「アスピア皇国で起きたクーデター。
我々は、新たに誕生したガルディウス帝国の動向を注視している。
しかし、現時点でおおっぴらに軍を動かすことはできない」
円卓を囲む者たちの間に、緊張が走る。
「帝国戦士団の剣技には、並大抵の魔法は通用しない。
魔導師団の中でも、彼らと正面から渡り合える者はそう多くない」
円卓の端に控えるラミル師団長とセルド隊長も、神妙な面持ちで押し黙っていた。
アスピア魔導兵団壊滅の報告を受けた今、その言葉を軽々しく否定できる者はいなかった。
賢者ライゼルの視線が、僕とレイン先生へと向けられた。
「だが、お二方の剣技であれば、帝国の戦士たちを相手にしても遅れを取ることはあるまい」
やがて、賢者ライゼルは本題を切り出した。
「――ロキ・グレイシア。君には、帝国内への潜入と内偵を依頼したい」
思いもよらぬ言葉に、僕はわずかに目を見開いた。
賢者ライゼルは、僕の反応を確かめるように一度視線を向けてから、説明を続けた。
「まず、囮として魔導師団を国境付近に配置する。
帝国軍も、魔導師団の動きには警戒するはずだ。
――その裏で、師団の"闇の隊"を潜入させる。
帝国軍は、闇の隊こそが斥候の本命だと考えるだろう」
賢者ライゼルの目が、まっすぐ僕を捉えた。
「そして、さらにその裏をかく。
――君には単独で帝国領へ潜入し、その内情を探ってもらいたい」
円卓を囲む者たちの視線が、僕へと集まった。
「あくまで目的は内偵だ。
学生の君ならば、魔導師とは違って目立ちにくい。
それに、その剣であれば、万が一の時も、帝国の戦士と渡り合えるだろう」
賢者ライゼルは、静かに息を吐いた。
「我々は、ガルディウス帝国が何を考えているのか、その真意を知りたいのだ」
その言葉を聞き、僕は円卓に並ぶ賢者たちの顔を見渡した。
その中に並ぶアミリアと目が会った。
アミリアは俯き、膝の上で握り締めた拳を震わせていた。
「ロキ……ごめんなさい。こんな危険な任務を、あなたに背負わせてしまって……」
その声には、僕を危険な場所へ送り出さなければならない苦しみが滲んでいた。
僕は静かに首を横に振った。
「アミリア、いいんだ」
彼女の目を見つめ、僕は穏やかに答えた。
「いずれにしても、このままじゃ世界はめちゃくちゃになる。誰かが動かなきゃいけないんだ」
「でも……」
アミリアは、それ以上言葉を続けられなかった。
結果として、闇の賢者ノクスの見込みどおりとなった。
「僕も今年で学院を卒業だ。卒業したら、君の役に立ちたいと思ってた。
少し早くなったけど、エルミナに、そして君に危険が及ぶかもしれない今だからこそ、僕は喜んで行くよ」
世界が滅びれば、彼女だって無事ではいられない。
そう告げてから、僕は過去の記憶を思い起こした。
「それに……アスピア戦士団のクーデターは、実は僕も無関係とは言えないんだ」
円卓の間にいる者たちの視線が、一斉に僕へと集まった。
「どういうことだ?」
誰かが問い返す。
僕は一度、アミリアへと視線を向けた。
彼女もまた、黙って僕を見つめていた。
「……僕は、リリーナの時の魔力によって、二千年前の時代へと遡りました」
その瞬間、円卓の間の空気が変わった。
「二千年前、だと……?」
火の賢者イグナが思わず声を漏らした。
土の賢者ガルドもまた驚きを隠せず眉をひそめる。
唯一、闇の賢者ノクスだけが静かに目を細めていた。
この世界の魔導の頂点に立つ六賢者にとっても、過去への時間遡行は容易に受け入れられる話ではない。
まして、それが二千年前という、現在のエルミナ共和国が興されていなかった時代だというのだから、驚きも当然だ。
僕は構わず、話を続けた。
二千年前の世界で、僕が大賢者リファーナ・ラズウェルと出会い、彼女と過ごした日々。
彼女が何を考え、何と戦い、何を守ろうとしていたのか。
そして、アミリアが勇者ローディンと大賢者ラズウェルの血を受け継ぐ子孫であること。
すべてを話し終えたあと、僕はアミリアの、七色の糸を編み込んだ髪飾りに目を向けた。
「君のその髪飾り……リファーナさんへ、ローディンさんが贈ったものなんだって」
アミリアは、はっと息を呑んだ。
「二千年前に、二人が交わした想いの証なんだ。……永久の愛、って」
アミリアの指先が、そっと髪飾りに触れた。
二千年もの時を越えて、自分のもとに母から受け継がれてきたもの。
その小さな飾りに、二人がどれほどの想いを託したのか。
アミリアの肩が、かすかに震えていた。
彼女は髪飾りに触れたまま、何も言わなかった。
ただ、その瞳には、抑えきれない想いが静かにあふれていた。
僕はさらに、二千年前のアスピア皇国で目にした出来事を語った。
――禁足地で何が起きたのか。
戦士たちは何を知り、何を奪われ、どのように誇りを傷つけられていったのか。
ヴァルシエル王朝の魔導士の暗躍。
命を賭して戦ってきたアスピア戦士団に対する民の仕打ち。
二千年前のアスピア宮殿の夜、彼らが抱いた憎しみ。
長い年月を経て、いかにして現在のクーデターへとつながっていったのか。
それは、歴史書に記された出来事とは異なる、僕自身がその目で見てきた真実だった。
話が進むにつれ、皆の表情から余裕が消えていった。
ある者は眉間に深い皺を刻み、ある者は何かを確かめるように目を閉じた。
そして、話の終わりが近づく頃には、誰もが口を挟むことなく、僕の言葉に耳を傾けていた。
やがて、僕はすべてを語り終えた。
最後の言葉が消えたあとも、誰一人として口を開かなかった。
いつも陽気なミール先生も腕を組み、難しい顔で床を見つめている。
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