第119話 世界を揺るがす号外
共和国歴2000年。
僕は18歳となり、魔導学院の6年生に進級した。
ジーク教の侵攻から半年。
街にも、以前のような平穏な日々が戻ってきていた。
おびただしい数の魔物や飛び交う魔法の光。
あちこちで上がる火の手。
あの時の騒動が、まるで嘘のようだ。
――今は、学年合同の大教室で歴史の授業を受けている。
コレッタ先生の声が教室に響き、黒板には次々と文字が刻まれていく。
二千年前の魔導大戦。
エルミナ共和国の建国。
その後の魔法社会の発展。
以前なら、どこか教科書の上だけの出来事に思えて、少し眠たくなってしまうような話だった。
けれど――。
二千年前。
皆は知らないけど、僕は過去の世界を旅した。
この国の礎を築いた大賢者ラズウェル……リファーナさんと過ごした、帝都での日々。
あの時代を実際にこの目で見てきた今となっては、教科書に書かれた歴史も、以前とは違って見える。
あの後、リファーナさんはどう過ごしたのだろう。
リファーナさんのことだから、きっと生涯の最後まで、古代文明の謎を追っていたのだと思う。
もう一度、リファーナさんに会いたい。
今度は泣きべそをかいていた少年ではなく、一人前の男になって。
いつかローディンさんのように強くなって、もう一度、僕の姿を見てもらいたい。
――――
――ふと窓の方へ目を向けると、魔法科の女子生徒と目が合った。
彼女は、ほんの少し微笑んで会釈してくれた。
あの事件から、同級生に意地悪を言われることも少なくなった。
この学院に入学した時は、「魔欠けの出来損ない」と言われ、毎日が辛かった。
卒業まで頑張れるのか、不安だった。
だけど、レイン先生に出会って剣の道を進み、魔工科のミール先生、ニールやルミ、リオナ、そして街の工房の職人さんたち――。
たくさんの素晴らしい出会いがあった。
そのおかげで、ここまで頑張ってくることができた。
今では、この学院に入れて、本当によかったと思っている。
卒業まで、あと1年。
もう少し頑張ろう。
――でも、学院を卒業したら、僕はどうするんだろう。
真剣に進路も考えないと……。
アミリアの手伝いができる仕事があればいいんだけど。
――――
キーン・コーン。
授業の終わりを知らせる魔導ベルの音が響く。
それと同時に、コレッタ先生が教科書を閉じた。
礼を終えると、教室のあちらこちらから生徒たちの声が響く。
「やっと終わった。歴史の授業は眠たすぎ」
「今日は金曜だし、夕食にでも行かない?」
休日前とあって、皆うれしそうに、そわそわしている。
――僕も、街で軽く食事をしてから、レイン先生の孤児院へ稽古に行くことにしよう。
――――
――――
荷物を片付け、男子寮を後にした。
通りに出ると、陽射しが街を照らしている。
季節はすっかり、夏の陽気に近づいていた。
戦禍で破損した街も、ほとんどが復旧を終え、商店にも以前のような活気が戻っている。
――僕は一人、街を少し歩き、通りにあるレストランへ入った。
ここは、魔工科のニールやルミと初めて食事をした店だ。
値段も学生向けで、味もボリュームも満足できる。
あれから、僕のお気に入りの店になっていた。
店内には、学院の生徒たちのグループが何組かいて、楽しそうに会話をしながら食事をしていた。
「ロキ……君、一人?」
後ろから声を掛けられた。
振り向くと――。
教室で目が合った、魔法科の女子生徒だった。
たしか……。
「雷属性科のサラさん……?」
自信なさげに名を応える僕の反応を気にする様子もなく、彼女は気さくに尋ねてきた。
「今日は、ニールとルミは一緒じゃないんだ」
「この後、用事があって、今日は一人なんだ」
すると、彼女の視線が僕の腰に下げた剣へ落ちる。
「そうだ。あの時は、助けてくれてありがとう」
「え……?」
「ちゃんと、お礼を言ってなかったから」
彼女は少し照れたように笑った。
「その剣……いつも持ってるよね」
「……うん。とても大事なもので……」
今では、その名すら残っていない。
二千年前、厄災を退けた勇者ローディンの意思が宿る剣。
そして、リファーナさんから受け継いだ、命よりも大切なもの。
「そうなんだ……」
彼女は剣を見つめ、それから僕の顔を見る。
「じゃあ、またね」
――彼女は笑って、友人たちの席へ戻っていった。
――――
「彼、魔欠けのロキ?」
「うん。あの事件の時、助けてくれたから、お礼を言ったの。
彼は気づいていなかったみたいだけど……」
「へえ……。ロキって、すごく変わったよね」
「うん。入学したころは、魔法も使えないし、頼りない感じだったのに……」
「何か、たくましくなったよね。孤高の狼って感じで」
「うん……正直に言うと、ちょっと……かっこよくなったかもって思ってた」
――――
――――
僕は料理を待ちながら、窓の外を眺めていた。
すると――。
通りから、大きな声が響いてきた。
「号外! 号外です!」
見ると、新聞売りの男性が号外を手に、通りを走り回っている。
何だろう……。
その声につられるように、号外新聞を手にした学生たちが、店の中へ入ってきた。
「アスピア皇国って、救援に来たエルミナ共和国の友好国だよな?」
「そうだよ。いったい何があったんだ?」
アスピア皇国……?
その名が聞こえた瞬間、僕の心臓が跳ねた。
リリーナの国で、何かあったの?
学生たちが、号外新聞を囲むように集まっていく。
「戦士団のクーデターって……どういうこと?」
「アスピア皇国軍って、まだ戦士が残ってたの?」
「いきなり皇都を制圧したって? 魔導兵もいたんじゃないのか?」
店内のあちらこちらから、驚きと戸惑いの声が上がる。
「これ、ただのクーデターじゃないみたいだぞ」
号外を読んでいた男子生徒が、声を震わせた。
「戦士団が宮殿を占拠して、世界に宣戦を布告したって……」
「えっ……。エルミナにも攻めてくるの? また戦争が始まるの?」
店内が、静まり返った。
――――
僕は立ち上がった。
(アスピア戦士団……嫌な予感がする……)
二千年前の皇都に、僕が残してきてしまったもの――。
(レイン先生のもとに急がないと……。リリーナは大丈夫かな)
僕が剣に触れると、剣が何かを訴えるかのように脈打った。
――ふと、視線を感じた。
サラと目が合う。
さっきまでの笑顔は消えていた。
僕の様子を見ていたサラが、心配そうな表情で声をかけた。
「……ロキ、大丈夫?」
その声に、僕は一瞬だけ足を止めた。
「ごめん。急がないと」
それだけ告げると、僕は勘定を済ませ、レイン先生の孤児院へ駆け出した。
――――




