第117話 七色の約束 【第一幕 完】
リオは央都の上空をゆっくり旋回し、祈りの光が街に満ちていくのを見届けると、静かに翼を傾けた。
その時――
アミリアが何かを指さした。
「ロキ……あそこ……」
夕陽に照らされた小さな丘があった。
草が金色に揺れ、誰の気配もない。
リオが静かに降り立つと、そこには淡い光を受けて咲く花畑が広がっていた。
白い花びらが風に揺れ、光の粒のようにきらめく。
まるで、さっきアミリアが空から降らせた祈りの光が、そのまま地上に咲いているみたいだった。
アミリアは息を呑む。
「……こんな場所があったんだね……」
僕はうなずいた。
「子どものころ、ミース村の森で摘んだ花だね。アミリアのお母さんが好きだった花……」
アミリアはそっと花に触れた。
指先に触れた花びらが、水の魔力に応えるように淡く青く光る。
「……この花……懐かしい……」
アミリアの"髪飾り"がそよ風に揺れ、まるで息づくように輝いた。
――それは、かつて勇者ローディンが、大賢者リファーナ・ラズウェルに贈った髪飾り。
花言葉は 永久の愛。
その髪飾りのモチーフとなった白い花は、いま、この丘に咲き誇る花と同じものだった。
そして、この白い花は、ローディンが愛したカイエン国の婚姻の儀で、花嫁の花冠にそっと編み込まれていた一輪。
二千年の時を越えて、その想いはアミリアの髪の中で今も静かに光り続けている。
――ローディンさんとリファーナさんの宝物。
そして、その光を受けて微笑むアミリアは、僕にとっても大切な存在だ。
――――
そよ風が丘を抜け、金色の草木をやさしく揺らした。
光の花畑が風に合わせて波のようにきらめき、二人の足元に淡い光が流れていく。
「……アミリアとの約束……守れたかな」
アミリアはその光の中で立ち止まり、胸の前でそっと両手を重ねた。
そして、迷いのない、静かなうなずきを返した。
「…………ロキは、ずっと守ってくれてたよ」
その声は、風よりも柔らかく、祈りの光よりも温かかった。
アミリアの視線が、まっすぐ僕を見つめた。
逃げ場のないほど澄んだ瞳。その奥に映るのは、僕だけだった。
アミリアの頬が、ほんのり赤い。
陽の光の名残と、胸の奥の熱が混ざったような色。
(……ドキドキする。)
胸の奥が熱くなる。顔が、どうしようもなく熱い。
風がそっと吹き抜け、光の花畑が揺れる。
――アミリアは一歩、僕に近づいた。
ためらいも、迷いもなく、そして――アミリアの腕が、僕の胸の前でしっかりと回された。
アミリアの体温が、そのまま僕の心臓に触れるみたいに伝わってくる。
僕も、ぎゅっとアミリアを抱きしめ返した。
その瞬間、アミリアの肩がわずかに震え、僕の胸元にそっと額を寄せる。
アミリアの瞳がゆっくりと閉じられた。
心臓の鼓動が、互いに触れ合うほど近い。
風の音も、花畑の揺れる音も、すべてが遠くに消えていく。
"勇気”を出して、僕はアミリアの頬に手を添えた。
「アミリア……大好きだよ」
「ロキ……私も……」
そして――そっと、口づけをした。
それは、言葉よりも静かで、確か。
二人の愛にふさわしい、そっと触れ合うかたちだった。
祈りよりも優しく、ただ二人だけの時間が、静かに流れていく。
離れ離れだった日々の隙間を埋めるように。
アミリアは目を閉じたまま、僕の胸元にそっと額を寄せた。
その小さな温度が、失われていた時間をゆっくりと取り戻していく。
この瞬間が、どうか終わらずに続いてほしい――
それが、二人の心からの願いだった。
――――――
あの日、故郷の村で、離れ離れになり、止まっていた二人の時間は再び動きだした。
未来は、この日を境に、途切れていた道がそっとひとつに繋がるように、二人で歩む道へと戻っていった。
アミリアは胸の前でそっと両手を重ねた。
風に揺れる光の中で、母から聞かされ、ずっと自分を励ましてくれた"子守歌"を、静かに口ずさむ。
『英知の賢者は夜道を照らし
虹の剣は勇気を示す
厄災断つは虹の刃
怖い夜でもひとりじゃない
七つの光があなたを守る……』
陽の光が降り注ぐ花畑の中、語り継がれてきた子守歌に寄り添うように、アミリアの髪飾りが、”七色"に輝いていた。
それは、幼い頃に交わした二人の"約束"が、決して色褪せることなく、今もここにあることを物語るように。
二人の想いを祝福するかのように、優しい風が、丘を静かに吹き抜けていった。
――――
『無色の勇者と七色の約束』 第一幕 完




