↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第18章 決戦、二千年の旅路の果てに
PR
116/164

第116話 空に満ちる祈り

 アミリアが向こうから駆け寄ってくる。


 必死に風を切る足音が、胸の奥を震わせた。


 「アミリア……?」


 振り返った僕の前で、アミリアは息を弾ませながら立ち止まった。

 頬は赤く、肩で息をしながら、それでもまっすぐ僕を見ている。


 「お願いがあるの――ロキの飛竜に……乗せてほしい!」


 その声は震えていた。けれど、迷いはひとつもなかった。


 「聖浄院を離れてもいいの?」


 思わずそう聞くと、アミリアは涙で潤んだ瞳のまま、とびっきりの笑顔を見せた。

 子どものころ、ミース村で見せてくれた、あの笑顔だった。


 「賢者の……お勤めをいただいたの。」


 アミリアの頬は赤く、胸元を押さえる手が小さく震えている。

 それでも、まっすぐ僕を見ていた。


 その視線に、僕ははっとした。


 「もちろんだよ。いつか飛竜に乗せてあげるって約束したからね」


 その言葉を聞いた瞬間、アミリアの表情がふわっとほどけた。


 「……うん。お願い。」


 ――――


 ――竜舎まで、アミリアと並んで歩く。


 街の人々が復興に汗を流している。

 崩れた家の前で石を積み直す者、子どもを背負いながら水を配る母親の姿もあった。


 皆、疲れた顔をしていたが、壊れた街をもう一度立ち上がらせようと前を向いていた。


 その様子を見たアミリアは、胸の奥が静かに震えた。

 前へ進もうとする人々の姿が、祈りの光を捧げる決意をそっと強めていく。


 二人で並んで歩くなんて、いったい何年ぶりだろう。


 横目に映るアミリアの表情は柔らかく、優しさに満ちていて、ふと、リファーナさんの横顔が重なった。


 胸の奥が熱くなり、顔まで熱くなる。


 「どうしたの?」


 アミリアが首をかしげる。その仕草がまた、胸を締めつけた。


 「なんでもないよ。ただ……アミリアと、こんなふうに歩くの、本当に久しぶりだったから……」


 言った瞬間、アミリアの足がぴたりと止まった。

 頬がほんのり赤く染まり、視線が揺れる。


 「……私も緊張してる……なんでかな」


 その小さな声が、風に溶けていく。


 街の人たちがこちらに気づき、ざわめきが広がった。


 「あれ、水の賢者様?なぜこんなところに……」


 皆の視線がアミリアに向く。


 聖なる衣、清らかな佇まい、漂う魔力の気配――

 ただ街を歩いているだけで、いやでも人々の視線を集めてしまう。


 ――竜舎が見えた。


 僕が指笛を吹くと、奥で休んでいた飛竜のリオが、ぱっと顔を上げてこちらを向いた。


 大きな翼を揺らしながら駆け寄ってくる姿に、アミリアが小さく息を呑む。


 リオは僕たちの前でぴたりと止まり、まるで“待っていたぞ”と言うように喉を鳴らした。

 そして、背を低くしてアミリアが乗りやすいように身を沈める。


 「リオ……ありがとう」


 アミリアがそっと首元に触れると、リオは嬉しそうに目を細めた。

 その優しい仕草に、アミリアの表情もふわりとほどける。


 僕はアミリアの手を取って、背へと乗せるのを手伝った。

 アミリアの指先は少し震えていたけれど、その震えは恐怖ではなく――期待の震えだと分かった。


 僕が前に乗り、振り返る。


 「しっかりつかまっていて」


 アミリアの繊細な腕が、そっと僕の腰に回された。

 ぎゅっと、ためらいなく。


 その瞬間、心臓が跳ねた。

 アミリアの体温が、背中越しに伝わってくる。


 頬が熱くなるのを自分でも抑えられない。


 「ロキ……ごめんね。……慣れていなくて」


 アミリアの顔も赤い。

 けれど、その声はどこか嬉しそうだった。


 「大丈夫だよ……」


 そう言った瞬間、アミリアの腕に力がこもった。


 リオが大きく翼を広げる。

 風が巻き起こり、地面の砂が舞い上がる。


 街の人々が驚いて振り返り、水の賢者が飛竜に乗っている光景にざわめきが広がった。


 ――――


 ――バサァ!


 リオが地を蹴った。


 大地が一気に遠ざかり、風が身体を包み込む。

 翼が空を切り裂き、央都の上空へ――壮大に、力強く、飛び立った。


 飛び立つ瞬間、視界いっぱいに央都が広がった。


 陽の光が街を照らし、壊れた建物の影にも、復興の気配が確かに息づいている。


 瓦礫の間を行き交う人々の姿が小さく見え、そのひとつひとつが、まだ続いている日常の証のようだった。


 風が、山の方から吹いてくる。


 遠くには森や海――


 屋根が金色に輝く街並みが、まるで絵本の挿絵みたいに広がっていた。


 アミリアが風に髪を揺らしながら、小さくつぶやく。


 「……きれい……」


 その声は、風に溶けてしまいそうなくらい小さかった。


 けれど、僕にははっきり聞こえた。


 魔導学院の塔が陽の光を受けて輝く。


 そして――もっと遠く、もっと小さく、けれど、僕にはすぐ分かった。


 「見てアミリア。僕とアミリアの育ったミース村が……遠くに見えるよ」


 アミリアが息を呑む。


 「本当だ……あんな遠くなのに見える…こんなに美しい景色、見たのはじめて……」


 その横顔は、陽の光に照らされて淡く赤く染まり、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 リオは静かに旋回しながら、金色の空をゆっくりと進んでいく。

 風の音だけが、二人の間を優しく満たしていた。


 アミリアは胸元に手を当て、そっと目を閉じた。

 その瞬間、彼女の身体から淡い水色の光がふわりと立ち上がる。


 「……アミリア?」


 僕が声をかけると、アミリアは小さくうなずいた。


 「……ここから、祈りの光を皆に届けるの」


 アミリアの指先が空へ向けて伸びる。


 その動きは静かで、優しくて、まるで祈るようだった。


 次の瞬間――――


 アミリアの魔力が空に満ちた。


 水のように澄んだ光が、空いっぱいに広がり、

 やがて雨のように、央都全体へと降り注いでいく。


 ――光が、街を包んだ。


 壊れた建物の影にも、瓦礫の上にも、疲れた人々の肩にも、優しい光がそっと触れていく。


 街の人々が顔を上げた。


 「……賢者の光だ……!賢者様が……祈りを……!」

 「すごい……あったかい……!」


 アミリアの光に央都全体から歓声があがった。


 光は痛みを癒やし、心の奥の不安をそっと溶かしていく。


 ――聖浄院では、賢者たちが空を見上げていた。


 民の歓声とともに、賢者たちも口元を緩める。


 その光は、リリーナのもとにも届いた。


 母を失い、胸の奥に小さな影を抱えていた少女。


 光が彼女の頬に触れた瞬間、リリーナは目を見開き、ゆっくりと微笑んだ。


 「……あったかい……」


 その様子は、まるで光の女神が、母の愛を少女に届けるようだった。


 空の上で、アミリアは小さく息をした。

 光が央都を包み込む光景を見下ろしながら、僕の背にそっと額を寄せる。


 「ロキ……あなたと一緒に来られてよかった……」


 その声は、祈りの光よりも優しくて、胸の奥に深く染み込んだ。


 ――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。