第109話 沈む古代兵器
霧が風に流され、ゆっくりと形を失っていく。
霧が完全に消えたとき、遠くで魔導師団の魔力が再び立ち上がる気配がした。
(レイン先生が封印術師を倒したんだ……)
リオの翼が、風を切り裂く。
視界が一気に開けた。
見えた―――
青白く脈動するワルキューレ。
そして聖浄院。
大結界の中心で、アミリアたち六賢者が魔法障壁を張っている。
青い雷光が何度も降り注ぎ、障壁が軋むたび、賢者の身体がわずかに揺れる。
六賢者の杖先が震え、炎、雷、土、水、闇……
それぞれの魔力が細い糸のように結界へ注ぎ込まれていく。
――ただ、背中に冷たいものが走る。
(……なんだ、この違和感)
胸の奥がざわつく。
二千年前のアスピア禁則地で、古代兵器コロッサスと対峙した時に感じた、あの、気持ちの悪さ。
視線をワルキューレへ向けると、ワルキューレの上に人影が見えた。
ジーク教 教皇"ラジーク"
青い光を浴びながら、その輪郭はゆらぎ、ジークの“怨念”のように見える。
ラジークは杖を掲げ、魔力をワルキューレへ流し込んでいた。
杖先から落ちる魔力の糸が、花弁の付け根の"魔工核"へ吸い込まれていく。
ワルキューレの青い脈動が、一段と強くなる。
――見えた。
僕は剣を握り直した。
「リオ、ワルキューレの根本に近づいて。
奴の弱点を切る。……リオなら雷光を避けられる」
リオが震えた。だが、すぐにそれを押し殺すように、短くうなった。
その声に迷いはなかった。
「僕が飛び降りたら、リリーナと安全なところまで離れて」
リリーナが、リオの首にぎゅっとしがみつく。
小さな指が震えているのに、その瞳だけはまっすぐだった。
ワルキューレの雷光が、空を裂く。
リオの翼が大きくはためき、僕たちはその光の奔流へ向かっていく。
別れの際のリファーナさんの言葉が頭をよぎる。
『ワルキューレの弱点は、花が開いた後に露わになる“付け根”。そこに魔工核があるわ』
――――
――ワルキューレの傘の根本で、青白く脈動する"芯"が目前に迫る
リオの背から、僕は飛び降りた。
――六賢者が、空を駆ける僕たちの姿に気づいた。
「……あれは」
アミリアが大きく目を見開く。
「まさか……ロキ?」
つぼみの奥、脈動する“芯”が青い魔力をはらんで震えている。
―――魔工核を捉えた。
「七理の法剣――雷の刃」
皆の時間が止まったような静寂が、戦場に“音”として落ちる。
ワルキューレの青い雷光が一瞬だけ収束すると同時に、僕は両の手で剣を振り下ろした。
「雷鳴斬!」
――剣が光る。
落下速度をそのまま刃に乗せ、全力で振り抜いた。
魔工核へ刃が届き、硬質な手応えがあった。
――次の瞬間、核がまっぷたつに割れた。
――――
――――
落下していく僕を、リオが滑空し、その翼で受け止める。
リリーナが安堵と不安が入り混じった複雑な表情で僕を見つめる。
「お兄ちゃん。やったよ。あの大きいの止まった……」
ワルキューレの脈動止まり、雷光が空から消えた。
――巨大なワルキューレが空中で傾く。
教皇ラジークの表情が驚愕の色に変わる。
「ば……ばかな。ワルキューレが……何が起きた……!」
落ちていくワルキューレの残骸が、青い光を散らしながら空を裂く。
――轟
轟音が大地を揺らし、地上の建物を押しつぶす。
城塞攻撃型魔導兵装ワルキューレ。
"神の雷光"を冠し、魔導大戦で世界を蹂躙した巨大な古代兵器が沈んだ。
―――――
六賢者はその光景を見つめていた。
僕の剣へと視線が集まり、六賢者のひとりが、低く言葉を発した。
「魔欠の少年……ワルキューレを切ったのか」
魔法封じの霧が晴れ、六賢者の身体を縛っていた重圧が消えた。
魔力が一気に流れ込む。
結界が、再び強く脈動した。
アミリアはすぐに動いた。
倒れた魔導師団の隊員へ駆け寄り、慈愛に満ちた手で治癒魔法を施す。
「大丈夫……すぐに治ります」
その魔力は、傷より先に心を温めるような優しさを帯びていた。
――――
しかし――魔獣の数が多い。
六賢者は結界を再構築し、魔導師団が必死に応戦するが、押し返すには足りなかった。
その時――
大地を揺らすような無数の足音。
空気が震え、大地が低く唸る。
次の瞬間、地平線の向こうから“魔力の奔流”が押し寄せた。
魔力の矢が降り注ぎ、魔獣の群れを切り裂いていく。
アスピア皇国の魔導兵団である。
先頭の魔導士が杖を掲げ、声を張り上げる。
「アスピア魔導兵団、エルミナ共和国との盟約により参戦する!」
その宣言が響いた瞬間、戦場の空気が一変した。
魔導師団の士気が一気に跳ね上がる。
炎が咆哮し、風が駆け、雷が走り、水が舞う。
――――
その光の中で、ジーク教皇 ラジークの影が、ゆらりと立ち上がる。
「よくもワルキューレを……」
ラジークは怒りで震えている。
僕は剣を握り直す。
「勇者ローディンが守った世界。
エグザリア・ジークの思いどおりにはさせない。」
その一言で、ラジークの表情が怒りに震えた。
「ローディン……!」
その名を吐き捨てるように言う。
「その名を聞くだけで……はらわたが煮えくり返るわ……!」
ラジークの声が低く、地を這うように響く。
「エグザリアの"理想"、エグザリアの“悲願”……。
我らが積み上げてきたものすべてを踏みにじったのは、忌まわしいローディンだ!」
僕は、その名を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに熱くなった。
「勇者ローディンの意思は僕がつなぐ!」
その一言が、ラジークの逆鱗を正確に突いた。
「小僧ォォォッ!!」
雷光が爆ぜ、ラジークの杖から奔流のように放たれる。
青い稲妻が地を焼き、空を裂き、戦場全体が震えた。
――剣を振る。
剣が脈動し、ラジークの魔力を切り裂く。
――衝撃。
雷と剣がぶつかり合い、閃光が戦場を照らした。
六賢者も思わず目を細める。
光の奥で交錯する力は、魔法文明の常識から外れていた。
かつて賢者たちが師から聞かされた“魔導大戦の伝承”。
そこには、厄災を封じた大賢者の傍らに剣士の従者がいたと語られていた。
賢者たちはそれを、おとぎ話の一節にだけ登場する、大賢者に仕える名もなき剣士だと思っていた。
だが今、雷撃の奔流を前にして、剣が真正面から魔力を押し返している。
ラジークの魔力は決して弱くはない。
それはある程度の力量がある者であれば容易に分かる。
その異様な光景に、誰もが“伝承の意味”を初めて理解し、思考を奪われた。
――エルミナ共和国で当たり前のように語られてきた歴史は本物だったのか。
二千年の間に歴史が変遷してしまったのではないか。
魔導大戦の真実――正史はどうだったのか。
魔欠の少年が振るう剣を前にし、誰も思考を止めることができなかった。
雷鳴のような衝撃が地を伝い、剣圧が空気を押し返す。
戦場のざわめきが止まり、皆の視線が一斉にロキへと吸い寄せられる。
そこに立つのは、魔法文明が忘れかけていた“戦士”という存在そのものだった。
アミリアがロキを見つめる。
「ロキが、あんなに戦ってるなんて……」
魔導師団のセルド隊長やミル副隊長も、無意識に声を落とした。
「ロキ……負けるな」
――ラジークが叫ぶ。
「なぜだ?なぜ魔法が断たれる!」
雷撃が雨のように降り注ぎ、一本一本が魔獣を焼き尽くすほどの威力。
雷光が頬をかすめ、皮膚が焦げる匂いがした。
それでも止まらない。
僕の想いに呼応するように、オリハルコンの刃が青白く光る。
ラジークの顔に焦りが出る。
「……これではまるで、エグザリア軍史の汚点――崩走のカイエン戦役!」
ラジークが杖を構え、全魔力を集中させる。
杖先に巨大な火球が浮かぶ。
「二千年の祈願……こんなところで敗れてたまるか!!」
――僕は静かに息を吸う。
剣が僕の意識と同調するように脈動する。
「焔熱斬!!」
――光る。
赤い光が、ラジークの魔法を切り裂いた。




