第108話 戦場に落ちる恋心
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向こうから、魔工科のニールとルミ、そしてリオナが駆け寄ってくる。
いつも明るくて気さくなニールだが、その表情は強張っていた。
「ロキ……どこに行ってたんだよ。心配したじゃないか」
普段の軽い調子はなく、声がわずかに震えている。
隣でルミが胸に手を当てた。
「本当だよ。ずっと探してたんだよ……」
僕の心に、申し訳なさが走る。
「心配かけてごめん。どうしても……僕がやらなきゃいけない気がして」
その言葉に、ニールとルミは息を呑んだように目を見開いた。
少し離れた場所で、リーフとジョシュアが立ち尽くしていた。
かつて僕を嘲笑していた二人は、僕の剣を見つめたまま、無言で佇んでいる。
同級生たちのヒソヒソ声が、あちらこちらから囁やかれた。
「何が起こったの……?」
「魔欠のロキだよ……あいつ、剣で魔獣を全部倒したみたいだ……」
「彼、魔法が使えないんだよね。そんなことできるの?」
その声は、今までの嘲笑ではなかった。
ただただ、魔欠の出来損ないと呼ばれていた同級生への恐れと驚き――
そして、理解の追いつかない戸惑いだった。
そして――
リオナが、僕を見つめていた。
学院トップの炎の才女。
猛毒大蛇に襲われた薬草採取の実習の後から、貴族としての尖った雰囲気がなくなり、地味な魔工科の学習にも参加するようになった彼女。
今は、胸の前で指を握りしめていた。
「ロキ……」
その瞳は、今にも涙がこぼれそうだった。
驚き、安堵、尊敬――そして、もう隠しきれない想い。
死と隣合わせの緊張の中で、ずっと胸の奥にしまっていた感情が抑えきれず、滲み出ているようだった。
リオナの頬が、月光に照らされてわずかに赤く染まる。
そして、その声は戦場の喧騒にかきけされながらも微かに聞こえた。
「……あなたが危険な目に遭ってしまうのが怖い」
胸の奥が熱くなる。思わず息を呑んだ。
「リオナ?……」
彼女は、手を胸の前に置き、僕をまっすぐに見つめた。
「……あなたのことが好き。」
「え……」
心臓が飛び跳ねた。
リオナは続ける。
「ロキがアミリアさんのことを想っているのは知ってる……。
でも……もう言えないかもしれないから」
その言葉は、夜風に溶けて消えた。
けれど、僕の胸の奥に、確かに届いていた。
顔が熱い。
頬が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
リオナの言葉が胸の奥に落ちて、しばらく動けなかった。
けれど――。
次の瞬間、遠くで魔獣の咆哮が響いた。
結界が軋む音が夜気を震わせる。
僕は、戸惑いを振り払うように息を吸った。
「……リオナ。ごめん。何て言ったらいいのかわからないや……
でも、今は行かなきゃいけない」
声が震えていたのは、恐怖ではなく、胸の奥に残った彼女の真っすぐな言葉のせいだった。
リオナは目を伏せ、かすかに微笑んだ。
そして、その瞳から、一筋の光が堕ちた。
「分かってる。こんな時に困らせてしまって……ごめんなさい」
その微笑みは、泣きそうなほど優しかった。
決して実らぬ恋であると、受け入れるかのような――静かな強さがあった。
僕は剣を握り直す。
(行くんだ。今は迷っている時間はない)
リオナの健気な想いが胸に残ったまま、僕は振り返らずに駆け出した。
夜風が頬を打ち、魔獣の咆哮が近づくたび、戦場の気配が全身を包んだ。
――――
僕は次の戦場へ向かって走った。
そして、僕の意図を察した飛竜が低く鳴いて降下する。
僕はリオの姿に気づき、その背に再び飛び乗った。
――リオが翼を広げ、夜空へと上昇する。
向かう先は、青い雷光が脈動する聖浄院。
風を切る音の中で、レイン先生がふと、満足そうに息を吐いた。
「本当に……カイエンの剣技を得とくしてきたのですね。」
その声は、どこか寂しげで、それでも嬉しさを隠しきれなかった。
「もう、あなたに……私は必要ないようですね……」
夜風に揺れるその横顔は、弟子の成長を誇りに思う師の顔だった。
僕はあわてて言葉を返した。
「そんなことないです。まだ剣の基礎を……リュウさんに――その……"リュウ・カグヤ"さんに教わるので精いっぱいで。」
言いながら、レイン先生の横顔がふと、リュウさんと重なった。
遠くを見るような、何かを赦すような、遥か遠い先祖の罪。
勇者ローディンと、カイエン国の戦士への贖罪。
そして、“逃げた剣聖”の一族として背負ってきた影。
同じ"カグヤ"の姓を持つレイン先生は、まるで長い旅路の終わり、ようやく全て成就したかのような満足した表情だった。
風が、そっと頬を撫でる。
――――――
次の瞬間――
ワルキューレが、ついに目の前に姿を現した。
青い雷光が脈動し、夜空そのものが震えている。
レイン先生が、短く息を吸った。
「封印術師は私が始末します……魔法封じの術者を倒せば、六賢者や魔導師団の魔力が復活する」
その声は、戦場の只中とは思えないほど落ち着いていた。
「君は、ワルキューレを頼みます。その剣なら、古代兵器の装甲を断つことができる」
僕は力強くうなずいた。
「……リリーナはリオの背中にいて」
リリーナが、胸に手を当てて小さく返事する。
「はい。わかりました。」
その声は緊張していたが、健気で、まっすぐだった。
僕はリオの首元に触れた。
「……リオ、リリーナを頼んだよ」
リオが低くうなり、応える。
――――
――次の瞬間、リオが高度を落とし始める。
聖浄院の上空に差しかかったところで、レイン先生が迷いなく飛び降りた。
その背中は、もう“弟子を守る師”ではなく、剣聖の血を継ぐ戦士そのものだった。
レインは、戦場を見下ろして息を呑んだ。
「魔獣の数が多い……魔導師団も壊滅か……」
聖浄院への魔獣の侵入を防ぐため、セルド隊長やミル副隊長たちが必死にバリケードを築いていた。
だが、その顔には限界が滲んでいる。
魔法が封じられた隊員たちが、次々と魔獣の餌食となっていく。
聖浄院を包み込むように広がる“魔力の霧”。
その中心に――封陣法師、ラガール・フォスが立っていた。
レインの目が細くなる。
(魔法封じの術が解ければ……戦況は逆転する。)
レインは一歩、前へ出た。
「あなたの相手は私です」
霧の奥で、ラガールがゆっくりと顔を上げる。
「逃げたかと思えば……また貴様か」
レインは、静かに息を吐いた。
「誰が逃げると言った……」
その声音は、普段の穏やかさとはまるで違う。
深く、冷たく、底に火を宿していた。
「カイエン国の先祖の無念……今ここで晴らしてくれる」
その一言に、二千年の血の記憶が滲んでいた。
普段の穏やかなレインではなく、カイエン国の戦士が現代に姿を現したようだった。
霧が揺れ、ラガールの口元がゆっくりと歪む。
「……そういうことか。貴様はエグザリアに滅ぼされたカイエンの末裔だったか」
湿った霧の奥から、ねっとりとした声が響く。
「ならば、私がその“残り火”を、ここで根絶やしにしてくれるわ」
霧が濃くなり、魔力が地を這うように広がる。
「……いざ」
――その瞬間、霧が爆ぜた。
黒い封陣が地を走り、レインの足元へ絡みつくように迫る。
ラガールの指先がわずかに動く。
「幻霧拘束魔法」
空間を縫うように、封印の鎖が何本も走った。
レインは風のように身を翻し、最小の動きでそれらを断ち切る。
ラガールの目が細くなる。
「沈め」
地面から黒い陣が一斉に噴き上がり、レインの身体を呑み込もうとした。
だが――レインの姿が霧の中でふっと消える。
――次の瞬間、ラガールの背後に風が走った。
「……なっ」
レインの声が、静かに落ちる。
「遅い」
ザシュ!
刃が、霧そのものを断ち割るように振り抜かれた。
ラガールの身体がわずかに揺れ、次の瞬間、首が静かに地へ落ちる。
血しぶきは霧の中に消え、何かが“断たれた音”が戦場にひびく。
――封印の霧が、ゆっくりと晴れていく。
レインは剣を収め、静かに息を吐いた。
「……カイエンの雪辱……ここに一つ…」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、カグヤの一族が負った宿命に、血の底からこぼれた独白だった。
レインは空を見上げる。
そこには、青白く脈動するワルキューレと、その正面へ向かうロキの姿。
「……行きなさいロキ。あとは君に任せました」
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