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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第18章 決戦、二千年の旅路の果てに
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第108話 戦場に落ちる恋心

 ―――― 


 向こうから、魔工科のニールとルミ、そしてリオナが駆け寄ってくる。

 いつも明るくて気さくなニールだが、その表情は強張っていた。


 「ロキ……どこに行ってたんだよ。心配したじゃないか」


 普段の軽い調子はなく、声がわずかに震えている。


 隣でルミが胸に手を当てた。


 「本当だよ。ずっと探してたんだよ……」


 僕の心に、申し訳なさが走る。


 「心配かけてごめん。どうしても……僕がやらなきゃいけない気がして」


 その言葉に、ニールとルミは息を呑んだように目を見開いた。


 少し離れた場所で、リーフとジョシュアが立ち尽くしていた。

 かつて僕を嘲笑していた二人は、僕の剣を見つめたまま、無言で佇んでいる。


 同級生たちのヒソヒソ声が、あちらこちらから囁やかれた。


 「何が起こったの……?」

 「魔欠のロキだよ……あいつ、剣で魔獣を全部倒したみたいだ……」

 「彼、魔法が使えないんだよね。そんなことできるの?」


 その声は、今までの嘲笑ではなかった。

 ただただ、魔欠の出来損ないと呼ばれていた同級生への恐れと驚き――

 そして、理解の追いつかない戸惑いだった。


 そして――


 リオナが、僕を見つめていた。


 学院トップの炎の才女。

 猛毒大蛇(ベノムサーペント)に襲われた薬草採取の実習の後から、貴族としての尖った雰囲気がなくなり、地味な魔工科の学習にも参加するようになった彼女。


 今は、胸の前で指を握りしめていた。


 「ロキ……」


 その瞳は、今にも涙がこぼれそうだった。


 驚き、安堵、尊敬――そして、もう隠しきれない想い。


 死と隣合わせの緊張の中で、ずっと胸の奥にしまっていた感情が抑えきれず、滲み出ているようだった。


 リオナの頬が、月光に照らされてわずかに赤く染まる。

 そして、その声は戦場の喧騒にかきけされながらも微かに聞こえた。


 「……あなたが危険な目に遭ってしまうのが怖い」


 胸の奥が熱くなる。思わず息を呑んだ。


 「リオナ?……」


 彼女は、手を胸の前に置き、僕をまっすぐに見つめた。


 「……あなたのことが好き。」


 「え……」


 心臓が飛び跳ねた。


 リオナは続ける。


 「ロキがアミリアさんのことを想っているのは知ってる……。

  でも……もう言えないかもしれないから」


 その言葉は、夜風に溶けて消えた。

 けれど、僕の胸の奥に、確かに届いていた。


 顔が熱い。

 頬が真っ赤になっているのが自分でもわかる。


 リオナの言葉が胸の奥に落ちて、しばらく動けなかった。

 

 けれど――。


 次の瞬間、遠くで魔獣の咆哮が響いた。

 結界が軋む音が夜気を震わせる。


 僕は、戸惑いを振り払うように息を吸った。


 「……リオナ。ごめん。何て言ったらいいのかわからないや……

  でも、今は行かなきゃいけない」


 声が震えていたのは、恐怖ではなく、胸の奥に残った彼女の真っすぐな言葉のせいだった。


 リオナは目を伏せ、かすかに微笑んだ。

 そして、その瞳から、一筋の光が堕ちた。


 「分かってる。こんな時に困らせてしまって……ごめんなさい」


 その微笑みは、泣きそうなほど優しかった。

 決して実らぬ恋であると、受け入れるかのような――静かな強さがあった。


 僕は剣を握り直す。


 (行くんだ。今は迷っている時間はない)


 リオナの健気な想いが胸に残ったまま、僕は振り返らずに駆け出した。


 夜風が頬を打ち、魔獣の咆哮が近づくたび、戦場の気配が全身を包んだ。


 ――――


 僕は次の戦場へ向かって走った。


 そして、僕の意図を察した飛竜(リオ)が低く鳴いて降下する。


 僕はリオの姿に気づき、その背に再び飛び乗った。


 ――リオが翼を広げ、夜空へと上昇する。


 向かう先は、青い雷光が脈動する聖浄院。


 風を切る音の中で、レイン先生がふと、満足そうに息を吐いた。


 「本当に……カイエンの剣技を得とくしてきたのですね。」


 その声は、どこか寂しげで、それでも嬉しさを隠しきれなかった。


 「もう、あなたに……私は必要ないようですね……」


 夜風に揺れるその横顔は、弟子の成長を誇りに思う師の顔だった。


 僕はあわてて言葉を返した。


 「そんなことないです。まだ剣の基礎を……リュウさんに――その……"リュウ・カグヤ"さんに教わるので精いっぱいで。」


 言いながら、レイン先生の横顔がふと、リュウさんと重なった。

 遠くを見るような、何かを赦すような、遥か遠い先祖の罪。


 勇者ローディンと、カイエン国の戦士への贖罪。

 そして、“逃げた剣聖”の一族として背負ってきた影。


 同じ"カグヤ"の姓を持つレイン先生は、まるで長い旅路の終わり、ようやく全て成就したかのような満足した表情だった。


 風が、そっと頬を撫でる。


 ――――――


 次の瞬間――


 ワルキューレが、ついに目の前に姿を現した。


 青い雷光が脈動し、夜空そのものが震えている。


 レイン先生が、短く息を吸った。


 「封印術師は私が始末します……魔法封じの術者を倒せば、六賢者や魔導師団の魔力が復活する」


 その声は、戦場の只中とは思えないほど落ち着いていた。


 「君は、ワルキューレを頼みます。その剣なら、古代兵器の装甲を断つことができる」


 僕は力強くうなずいた。


 「……リリーナはリオの背中にいて」


 リリーナが、胸に手を当てて小さく返事する。


 「はい。わかりました。」


 その声は緊張していたが、健気で、まっすぐだった。


 僕はリオの首元に触れた。


 「……リオ、リリーナを頼んだよ」


 リオが低くうなり、応える。


 ――――


 ――次の瞬間、リオが高度を落とし始める。


 聖浄院の上空に差しかかったところで、レイン先生が迷いなく飛び降りた。

 その背中は、もう“弟子を守る師”ではなく、剣聖の血を継ぐ戦士そのものだった。


 レインは、戦場を見下ろして息を呑んだ。


 「魔獣の数が多い……魔導師団も壊滅か……」


 聖浄院への魔獣の侵入を防ぐため、セルド隊長やミル副隊長たちが必死にバリケードを築いていた。

 だが、その顔には限界が滲んでいる。


 魔法が封じられた隊員たちが、次々と魔獣の餌食となっていく。


 聖浄院を包み込むように広がる“魔力の霧”。


 その中心に――封陣法師、ラガール・フォスが立っていた。


 レインの目が細くなる。


 (魔法封じの術が解ければ……戦況は逆転する。)


 レインは一歩、前へ出た。


 「あなたの相手は私です」


 霧の奥で、ラガールがゆっくりと顔を上げる。


 「逃げたかと思えば……また貴様か」


 レインは、静かに息を吐いた。


 「誰が逃げると言った……」


 その声音は、普段の穏やかさとはまるで違う。

 深く、冷たく、底に火を宿していた。


 「カイエン国の先祖の無念……今ここで晴らしてくれる」


 その一言に、二千年の血の記憶が滲んでいた。


 普段の穏やかなレインではなく、カイエン国の戦士が現代に姿を現したようだった。


 霧が揺れ、ラガールの口元がゆっくりと歪む。


 「……そういうことか。貴様はエグザリアに滅ぼされたカイエンの末裔だったか」


 湿った霧の奥から、ねっとりとした声が響く。


 「ならば、私がその“残り火”を、ここで根絶やしにしてくれるわ」


 霧が濃くなり、魔力が地を這うように広がる。


 「……いざ」


 ――その瞬間、霧が爆ぜた。


 黒い封陣が地を走り、レインの足元へ絡みつくように迫る。


 ラガールの指先がわずかに動く。


 「幻霧拘束魔法(フォグ・チェイン)」


 空間を縫うように、封印の鎖が何本も走った。


 レインは風のように身を翻し、最小の動きでそれらを断ち切る。


 ラガールの目が細くなる。


 「沈め」


 地面から黒い陣が一斉に噴き上がり、レインの身体を呑み込もうとした。


 だが――レインの姿が霧の中でふっと消える。


 ――次の瞬間、ラガールの背後に風が走った。


 「……なっ」


 レインの声が、静かに落ちる。


 「遅い」


 ザシュ!


 刃が、霧そのものを断ち割るように振り抜かれた。


 ラガールの身体がわずかに揺れ、次の瞬間、首が静かに地へ落ちる。


 血しぶきは霧の中に消え、何かが“断たれた音”が戦場にひびく。


 ――封印の霧が、ゆっくりと晴れていく。


 レインは剣を収め、静かに息を吐いた。


 「……カイエンの雪辱……ここに一つ…」


 誰に向けた言葉でもない。

 ただ、カグヤの一族が負った宿命に、血の底からこぼれた独白だった。


 レインは空を見上げる。


 そこには、青白く脈動するワルキューレと、その正面へ向かうロキの姿。


 「……行きなさいロキ。あとは君に任せました」


 ――――

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