第107話 帰還、満ちる勇気と神鋼の刃
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ツキヨミの力が、時の因果の座標を結び、僕の身体は二千年の時を越えていく。
――光がふっと消えた。
目を開けると、そこは、ダンジョンの入口の祭壇。
レイン先生とリリーナが、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
すごく懐かしい……
白い影が視界に入った瞬間、僕の心臓が大きく跳ねた。
白虎がこちらを振り向く。
柔らかな毛並み、澄んだ瞳、アスピア神殿で、ついさっきまでそこにいた聖獣と同じ。
「ツキヨミ……」
思わず、その名が漏れた。
「え?」
リリーナが首をかしげ、白虎の首元に両腕を回し、頬をすり寄せる。
「この子はミミーだよ?忘れちゃったの?」
レイン先生も、不思議そうに僕を見る。
ふと体を見ると、小さかった少年の手足ではない。
いつの間にか、元の体に戻っている。
指の長さも、腕の重さも、見慣れた“自分”の感覚。
(……戻ってる?)
戦いの最中では気づかなかった違和感が、ここでようやく形を持った。
ミミーが、ほんの一瞬だけ僕の方へ視線を向けた。
鳴きもしないし、動きもしない。
けれど、その一瞬の静けさに、二千年前の気配が重なった気がした。
(そっか……ミミー。君は、ツキヨミの……)
胸の奥がざわつく。
(……僕にとっては、数か月ぶりだけど……この二人にとっては、ほんの一瞬前の続きなんだ)
言葉にできなくて、僕は小さく首を振った。
レイン先生の視線が、ふと、僕の腰の"剣"へ落ちた。
――錆びていたはずの古い剣。
しかし今は、刃の奥に沈んだ光が脈打つように揺らめき、オリハルコンの剣が、空気を震わせるような重い輝きを放っていた。
まるで、剣そのものが呼吸しているようだった。
「……この剣……この輝きはまさか……神鋼オリハルコン……」
レイン先生の額から汗が一筋おちる。
そして、静かに言葉が落ちる。
「……ロキ君。大賢者の導きを――勇者ローディンの意思を継いできたのですね」
その声は驚きではなく、確信に近い静けさを帯びていた。
その横顔が、カイエン国の剣聖リュウさんと重なって見えた。
ミミーが、そっと僕の足元に寄り添う。
「ロキお兄ちゃん……だいじょうぶ?」
その声音は、ただの心配で、過去を知っているような素振りはない。
僕は小さく息を吸い、微笑んだ。
「……うん。大丈夫。お待たせ」
リリーナはぱっと笑顔になった。
「何にも待っていないよ。ロキおにいちゃん、すぐそこにいたもん」
その無邪気な笑顔に、ほんの一瞬だけ、アスピア神殿で見たルナさんの面影が重なった。
ローディンさんの意思、リファーナさんの愛、リュウさんやルナさんたちの願い。
それらが、胸の奥でひとつの線になって繋がっていく。
二千年の旅が、ようやく自分の中でひとつに繋がった気がした。
……心の霧が、すっと晴れていく。
僕が心の奥底に隠していた黒い感情はもうない。
リファーナさんが灯してくれた一番大切なもの。
――――"虹の勇気"が灯った僕の体に力がみなぎる。
空の向こうで、青い雷光と雷鳴が響く。
夜空の奥で、ワルキューレの脈動がゆっくりと明滅していた。
アミリアは、あの結界の中で、必死に戦っている。
“エグザリア・ジーク”の亡霊は、……必ず僕が倒す。
腰の剣が、青い雷光の光を受けて ドクン…… と脈打つように光った。
血潮のようにゆっくりと明滅する。
まるで、厄災に滅ぼされた古代戦士の怨念”が、“宿敵を早く斬らせろ”と息づいているようだった。
僕は深呼吸をし、胸の奥で覚悟を固めた。
「レイン先生。ジークとの決着をつけます。」
僕がそう告げると、レイン先生は、うれしそうに、静かにうなずいた。
リオがゆっくりと身を沈め、僕たちを乗せるために大きな翼を半ば畳む。
レイン先生はリリーナを抱き寄せ、そのままリオの背へと足をかけた。
僕も続いて、リオの首元へ手を添えながら乗り込む。
――夜風がひゅう、と吹き抜けた。
次の瞬間――リオが地面を強く蹴った。
バサッ。
夜の空気が一気に流れ込む。
リオの翼が大きく広がり、その一振りで風が巻き上がり、僕たちは、瞬く間に地上から離れていった。
――リオは夜空の風を裂き、あっという間に エルミナ央都の上空へと到達した。
懐かしい街並みが、無残に焼け落ちていた。
視界の向こう、聖浄院が見えてくる。
その上空には、不気味に古代兵器ワルキューレが浮遊し、青い雷光を放ちながら聖浄院を攻撃していた。
アスピア神殿の壁画に描かれていた魔獣や"浮遊する花"が脳裏をよぎる。
その時――
眼下に、セントラルパークで避難する学院の生徒と住民が見えた。
無数の魔獣が彼らを取り囲んでいる……
炎の光がちらつき、悲鳴と魔獣の咆哮が夜気を震わせる。
レイン先生の目が鋭くなる。
「まずいですね……取り囲まれている!」
ミール先生をはじめ学院の教師たちが、魔獣の群れに押されながら必死に応戦していた。
そのすぐ後ろで――ニール、ルミ、そしてリオナ。
見慣れた同級生たちが、必死に魔獣の攻撃を防いでいる。
僕をいじめていたリーフやジョシュアたちでさえ、顔を強張らせながら魔獣に必死に杖を向けていた。
炎と悲鳴が交じり合い、セントラルパーク全体が揺れている。
だが数が多い。結界が軋み、教師たちの息が荒い。
――リオが低く唸る。
僕はうなずき、剣の柄を握りしめた。
(手間取っている時間はない……)
「レイン先生。ここは僕に行かせてください。リリーナをお願いします!」
その言葉に、レイン先生の鋭かった目が、ふっと揺れた。
驚きと、誇りと、覚悟が一瞬にして混ざり合う。
言葉はなかった。しかし、静かに、強くうなずいた。
その表情は、"巣立ち"を見守る者の目だった。
僕はリオの背から飛び降りる。
着地と同時に、剣を振り抜く。
――ザシュッ。
体が軽い。
一体、二体、三体……魔獣の動きが止まって見える。
魔獣の屍が次々と転がる。
リリーナがリオの背から身を乗り出す。
「ロキお兄ちゃん……すごい……!」
その瞳は、星のようにきらきらと輝いている。
剣を振るうごとに刃が月夜に反射する。
剣が吸い込まれるように魔獣を切り裂く。
ただ、手ごたえがない――剣は満足していない。
魔獣をいくら斬り伏せても、オリハルコンの刃の奥に触れる“気配”は、まるで動かない。
月光が刃に落ち、黒い刃文がゆらりと揺れた。
それはただの光の反射のはずなのに、焦れるように鈍い黒光りが、わずかに脈を打つように見えた。
(……この剣が求めているのは違う)
この剣が生まれた時代の “本来の敵”。
――早く寄こせ、宿敵を斬らせろ。
刃を握る手の奥から告げてくる気がした。
戦場を駆け抜ける。
剣を振るう度に、魔獣の四肢が飛び散り、血飛沫が夜風に散った。
避難していた学院の生徒や住民たちは何が起きたのか理解できない。
ただ、目の前で次々と魔獣が切り裂かれ、崩れ落ちていく。
同級生たちが、息を呑んで口を開いた。
「魔欠……のロキ……?」
目の前の光景の理解が追いついていない表情。
――そのとき、ミール先生が、息を呑む音が聞こえた。
驚きが、ほんの一瞬だけ先生の顔を固まらせる。
「ロキ……!? お前か、無茶をしやがって……!」
いつも僕を支えてくれた人の驚きと、心配と、止めたい気持ちが、その表情にすべて滲んでいた。
「先生……勝手なことしてすみません。でも……」
その声は、“魔欠の出来損ない”と呼ばれ、泣いていた少年のものではなかった。
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