↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第17章 古代の記憶が宿る皇都
PR
103/140

第103話 アスピア戦士団

 僕たちがアスピア神殿を後にすると、慌ただしい足音が街の中で響いていた。


 さっきまでの静けさが嘘のように、数名の兵が宮殿へと走っていく。


 リファーナさんが小さく眉を寄せる。


 「……何かあったのかしら」

 

 僕とリファーナさんは、急ぎ宮殿へ向かった。


 ――宮殿の広間に入ると、すでに数名の将校や士官が集まり、緊迫した空気が漂っていた。


 その中央で、ミレーヌ皇女が報告を受けていた。


 僕たちに気づくと、静かに視線を向ける。


 「ロキ様、リファーナ様……」


 皇女は報告書を閉じ、静かに言葉を継いだ。


 「アスピア北方山脈の禁則地に、不穏分子が立ち入ったとの報告がありました。禁則地は古代遺物の眠る地……調査隊を向かわせるところでした」


 ミレーヌ皇女はわずかに目を伏せる。


 「国を預かる者として……このような事態をお見せしてしまい、恥ずかしく思います」

 

 その言葉に、広間の奥で控えていたアスピア戦士団が一歩前に出た。


 隊長と思われる男性が、静かに膝をつく。


 「皇女殿下。禁則地の調査は、我々アスピア戦士団にお任せください」


 その声音には、揺るぎない誇りがあった。

 

 広間の反対側で控えていた魔導兵団の一人が、わずかに眉をひそめる。


 言葉にはしない。


 ただ、“なぜ戦士団が先なのか” という空気が、広間の温度を変えた。


 戦士団の数名も、それに気づいたように視線を返す。


 互いに一言も発しないのに、魔法と剣の立場の違いが、静かにぶつかり合う。


 皇女はその空気を感じ取ったのか、少し疲れた様子で息を整えた。


 「……オーウェン隊長の戦士団に任せます」


 「は!」


 魔導兵団の士官は黙って頭を下げたが、その沈黙には、“納得ではなく、従うだけ” の色があった。


 オーウェン隊長は立ち上がり、出陣のために踵を返す。


 ――その途中、ふと僕の剣へと視線を落とし、静かに目が合った。

 その一瞬、胸の奥がざわついた。


 静かだが、僕に思うところがあるような目。


 まるで、自分たちの領域に踏み込んできた者を、静かに測るような目だった。


 「リファーナさん……あの隊長さん、僕のことが嫌いなように感じました……」


 リファーナさんは小さく首を振る。


 「ええ……。アスピア戦士団とは、色々あって……」


 そこまで言うと、リファーナさんはそれ以上語らなかった。

 その沈黙が、かえって重く感じられた。


 ――――――


 僕たちは謁見の間を後にし、静かな宮殿の庭園へと歩みを進めた。


 白い石畳の道を抜けると、中央に大きな噴水が見えてくる。


 リファーナさんは、その噴水の縁にそっと腰を下ろした。


 「ごめんね、ロキ……少し……疲れてしまって……休ませてくれるかしら」


 「はい、大丈夫ですか?」


 (……リファーナさんも疲れるんだな)


 「ええ。ありがとう」


 庭園には、小鳥のさえずり、噴水の水音、遠くで衛兵たちが交わす声が穏やかに響いていた。


 リファーナさんは小さく息をついて、過去を見つめるように語り始めた。


 ――――――


 オーウェン隊長は、大昔からアスピア皇国に仕える“戦士の一族”とのこと。

 一説には、カイエン国の剣士と同じ系譜だと伝えられているようだ。


 魔法文明の時代、戦士たちは不遇の立場に置かれ、誇りだけを支えに耐え続けてきた。


 かつて、ミレーヌ皇女の外交護衛としてオーウェン隊長率いる戦士団が同行していたことがあったという。


 その際、長期遠征で消耗しきっていた彼らに、運悪く危険度S等級の魔獣、レオ・バジリウス(獅翼蛇獣)に遭遇してしまったようだ。


 アスピア皇国に向かって旅をしていたローディンさんとリファーナさんが、偶然その場に遭遇し、結果としてローディンさんが魔獣を斬り伏せたようである。

 

 しかし、それは戦士団が弱かったからではない。

 アスピア戦士団は、遠征中、皇女を守るために、何度もジーク聖兵との戦闘を重ね、すでに限界だったようだ。


 アスピア皇国の戦士団の高名は、遠く離れたカーネスト帝国にも届いていた。

 ローディンさん自身も、オーウェン隊長の剣技には深い敬意を抱いていたという。


 しかし、皇女を危険に晒したことで、アスピア戦士団は面目を失った。


 ミレーヌ皇女は彼らの働きを認めたが、国民からも魔導兵団からも嘲笑され、誇りを深く傷つけられてしまったようだ。


 ――その後、“ラグナ戦役”と呼ばれる大規模な衝突が起きた。


 アスピア西方、ラグナ平原で、ラーカンクス王国が突如侵攻。

 主力の魔導兵団は別戦線に出払っており、皇都に残されたのは予備兵や少年兵ばかりだった。


 絶望的な状況を迎え撃ったのは、皇都防衛の任に就いていた、わずか三十名の戦士団。


 アスピア聖剣の光る剣技で魔族を斬り伏せ、侵攻軍の突破を許さなかった。


 その最前列に立ち続けたのがオーウェン隊長だった。


 ラーカンクス国は業を煮やし、暗殺者を宮殿へ送り込んだ。


 だが、接近にいち早く気づいたオーウェン隊長は、命をかけて皇女を守り抜き、刺客を討ち取った。


 その献身に、皇女は勲章を授けた。

 それは戦士団の誇りを今につなぐ唯一の証となったようだ。


 しかし、戦いのあと、戦士団には噂が流れた。


 暗殺者を宮殿に紛れ込ませたのは、オーウェン隊長の失態だった――と。


 ラーカンクス国が送り込んだ暗殺者は、カーネスト軍の“影の隊”でさえ遭遇したら最後と恐れる存在。

 怠慢で片づけられる相手ではない。


 それなのに、噂はまるで真実のように広まり、戦士団の働きまで“魔導兵団の功績”として語られるようになった。


 ミレーヌ皇女は否定した。


 「戦士団は私を守ってくれた」と。


 それでも噂は止まらず、勲章でさえ“疑惑の勲章”と囁かれ続けてしまったようだ。――――


 リファーナさんの言葉は淡々としているのに、どこか痛みを含んでいた。

 その痛みは、静かに胸の奥へ沈んでいく。


 戦士団が背負ってきた重さが、ゆっくりと形を持って伝わってくるようだった。



 ――リファーナさんの話を聞いて、オーウェン隊長の視線が再び胸に刺さった。


 ずっと馬鹿にされてきた……悔しい気持ち、オーウェンさんの気持ち……痛いほどよくわかる……


 ――――――

 

 その瞬間。噴水の水面が揺らいだ。風も止み、鳥の声も消える。


 「……え?」


 僕が顔を上げた瞬間、地面が ドンと一度だけ揺れた。


 広場の人々がざわつく。


 「地震……?」


 「いや、違う……何だ今の……」


 リファーナさんが立ち上がる。その表情が強張っていた。


 「……魔力が揺らいでる……」

 

 ――次の瞬間


 北側の山脈の方角で、青い雷光が天へと突き上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。