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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第17章 古代の記憶が宿る皇都
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第102話 古代の壁画が示すもの

 ――その日の夕刻


 宮殿の侍女たちが食事を整えてくれた。

 ミレーヌ皇女が、僕たちの旅の疲れを気遣ってくれたのだ。


 与えられた部屋で、僕は窓辺で、月夜の皇都を見下ろした。

 遠くに広がる街の明かりと、かすかな賑わい、その光と音が、自分の世界の夜景を思い出す。


 どこか落ち着く気配だった。

 

 同時に、宮殿の静けさが胸にしみる。

 こんな場所で夜を過ごす日が来るなんて、人生で二度とないだろう。


 未来へ帰る――その言葉は、まだ現実として掴めない。

 レイン先生と、未来の巫女リリーナに送り出されたあの瞬間が、ふいに脳裏をよぎる。


 その記憶の余韻に身を預けながら、僕はしばらく月を見つめていた。


 ――――――


 翌朝、僕とリファーナさんは、ミレーヌ皇女のご厚意に預かり、アスピア神殿へと赴いた。


 皇都の中心にそびえるその神殿は、どこか神秘的で、歴史の重みを感じさせる。

 中に入ると、広い空間が静かに広がり、白い柱が天井の遥か上まで伸びていた。


 奥には光の女神アルテミナの巨大な像が立っている。

 その足元では聖火がゆらめき、炎のかすかな音だけが響いていた。


 参拝者がちらほらと歩いていたが、誰もが声を潜め、神聖さを壊さないようにしているようだった。

 神殿の奥は許可がないと入れないらしい。


 警備兵とリファーナさんが短く言葉を交わすと、警備兵は「どうぞ」と言って道を開けてくれた。


 空気がひんやりとする。


 静まりかえった回廊を抜けると、”巨大な壁画"が部屋いっぱいに広がっていた。


 「―――――」


 こんな壮大なものを目にするのは、生まれて初めてだ。


 淡い金と黒の線で描かれた古代の絵。


 それは“神話の断片”のように曖昧で、象徴的だった。

 ところどころ朽ちてはいるが、その価値が計りしれないことは僕にも分かる。


 向こうに、巫女のルナさんの姿が見えた。


 ルナさんの隣には、神々しい白虎が寄り添っている。


 ルナさんの繊細な手が白虎の頭を撫でると、白虎は目を細めておだやかな表情を見せた。

 不思議と、神殿に差し込んだ光が、白虎の周囲だけわずかに歪んで見える。


 ルナさんの瞳がゆっくりと開く。


 「ロキ様、リファーナ様。ようこそアスピア神殿へ」


 リファーナさんが静かに頭を下げる。


 「邪魔をしてしまいましたね……」


 ルナさんは穏やかな笑顔で返す。


 「かまいませんよ。ゆっくりご覧になってください」


 そう言うと、白虎がリファーナさんのお腹にそっと頭を寄せた。

 まるで、その中に宿る小さな命を慈しむように。


 その様子を見ていたルナさんが、静かに微笑んだ。

 そして、壁画を見つめながら、静かに言葉を落とす。


 「ここは“時の回廊”です。世界でも希少な、古代の記憶が残る遺跡――。

  歴代の巫女が魔力を整え、聖獣と心を通わせてきた場所です」


 ルナさんは、静かに姿勢を正し、壁画に視線を移す。


 「これは、アスピア皇国に残る最古の壁画です」


 白い石造りの壁一面に古代の絵が刻まれ、色はほとんど失われているが、輪郭だけははっきりと残っていた。


 中央には、杖を持つ女性が描かれている。

 女神を象ったものなのだろうか。

 その姿は、民へ祝福を与えているように見えた。


 その背後には、巨大な“何か”が描かれているが、掠れていて判別できない。

 ただ、その手前には、空を舞う花のつぼみや、沢山の魔獣のような影が女神へ迫っていた。


 ただの絵のはずなのに、胸の奥がざわつく。

 描いた者が、恐れるべき存在を後世に伝えようとした――

 そんな気配があった。


 ふと目につくのは、女神の後ろに立つ剣を持つ人々。


 その剣先からは、七筋の光が伸びている。


 ルナさんの澄んだ声が、神殿の空気に溶けていく。


 「この壁画は、女神様が民に加護を与え、平穏と繁栄をもたらす様子を示していると言われています。

  一方で、その平穏を侵す厄災が背後から迫っているのです」


 剣を持つ人々へ、ルナさんの指先がそっと向けられる。


 「彼らは『ネイ・ガイア』

  ――古代語で、ガイアを“無色”に還す者という意味です」


 胸の奥で、冷たい影がそっと揺れた。


 「ネイ・ガイア……?」


 ルナさんは静かに続ける。


 「アスピア皇国の源流となった古代アルテミナ神殿は、光の女神を最初に祀った場所です。

  神官は、女神の背を守るように七筋の光の剣で厄災を祓う古代戦士《ネイ・ガイア》を“光の使徒”と呼んでいたようです」


 ルナさんの瞳が、わずかに揺れる。


 「七色の魔力を断つ剣技を振るい、虹の勇者と称えられたローディン様――

  そして、その御意思を継ぐロキ様の起源こそ、まごうことなき光の使徒なのでしょう」


 顔がまた熱くなる。


 「い、いやいや! 僕なんて……!」


 思わず声が裏返った。必死に否定する。


 「僕は……学院で魔欠の出来損ないって呼ばれていて……!

  簡単な魔法すら使えなくて光の使徒なんて、絶対に違いますから!」


 言えば言うほど空回りしていく。


 その様子を見ていたリファーナさんが、ふっと微笑む。

 まるで、幼い子どもが慌てているのを優しく見守るような、あたたかな笑みだった。


 ルナさんも、祈りの姿勢のままそっと目を上げ、僕の必死さを受け止めるように、静かに微笑んだ。


 ルナさんの視線が白虎に向く。


 リリーナと仲良しのミミーに似ている。


 「この子は、ツキヨミ……時の流れに触れる力を宿しております。」


 ルナさんの言葉を聞いた瞬間、未来で僕を待ってくれているリリーナの姿がふっと胸に浮かんだ。


 七歳のあの子が、僕を過去へ送ってくれた。


 (リリーナってとても凄い子だったんだ……)


 ルナさんが、ツキヨミの体をなでる。


 「ツキヨミは、時空に干渉することができ、周囲の空間が歪みます」


 ルナさんは静かに微笑む。


 「ローディン様は、ツキヨミの姿を見ながら、時の理の悟りを開かれたようですね」


 リファーナさんが、そっと僕の剣に視線を落とす。


 「ローディンは剣を振るとき、”相手がゆっくりに見える”なんて言っていたことがあった。

  ……最初は熟練の剣士特有の感覚なのかと深くは考えなかった。」


 リファーナさんはツキヨミを見つめ続ける。


 「でも、ローディンが古代兵器を瞬く間に切り伏せる様子を見て、光る剣を振るう時のローディンは、確かに時の流れが違っているように思えた。

  高速で放つ剣の光……その“光”が 時の理を解く鍵なのではないかと私は考えているわ」

 

 ルナさんは静かに言葉を紡ぐ。


 「光に迫る速さで抜く剣技……それは、並大抵の努力で成せる技ではございません。

  たゆまぬ鍛錬の果てに、ローディン様は、時の理の真理に至られたのでしょう。」


 ルナさんが、そっと僕の剣に視線を落とした。


 柄が、淡く光を帯びる。


「ローディン様の剣を受け継がれたロキ様……あなたにも、女神の光がきっと応えてくださいます。」


 まるで、僕を励ますような声音だった。


 その瞬間、ツキヨミが足もとに寄り添ってきた。

 まるでツキヨミも応援してくれるようだった。


 僕は胸の奥にある気持ちをそのまま口にした。


 「……ローディンさんに、恥ずかしくないように……僕、頑張ります」


 その様子を見て、リファーナさんが静かに微笑んだ。

 言葉はなくても、その微笑みがすべてを肯定してくれているようだった。


 神殿の奥では、聖火がかすかに揺れている。


 その光が壁画の古い線を照らし、静けさの中に、どこか温かな気配が満ちていた。

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